待ち望んだのは

斉賀 朗数

待ち望んだのは

 二月二十八日、二十三時五十九分。

 毎年このタイミングになると、時計を見つめ続けてしまう。

 カチリという軽い音。長針が短針に重なる。

「うるう日になったね」

 僕の部屋には物が少ない。そのせいでやけに声が響く。

「四年に一度だもんね。やっと来たって感じ」

 当然、彼女の声も同じように響いた。

「こんな時間だけど、お腹空いてない?」

「空いてる!」

「実はもう用意してるんだ」

「やったあ。食べよ食べよ」

 彼女は僕よりも早く立ち上がると、食器や箸を用意しだす。そんな彼女の一挙手一投足を仔細に観察しながら、冷蔵庫からカプレーゼや生ハム、ポテトサラダなんかを取り出してテーブルに並べた。その隙に彼女は冷蔵庫からチューハイとビールを取り出していて、僕の方を見ながらそれはをちらつかせる。本当に彼女はお酒が好きだったから、早く飲みたくて仕方がないのだろう。

 プシュッという軽い音が部屋に響く。

「あっ、フライングしたね」

 ニヤッと笑いながら缶のままでチューハイを呷る彼女は、とても嬉しそうだけど意地悪そうな表情で僕を見ている。

「乾杯は二本目で」

「はいはい」

「はい。は、一回」

「はいはい」

「一回って、いってるのに」

 そういってむくれる彼女だが、こちらに近付いてきて、むくれた様子でビールを渡してくれる姿すら愛おしい。

 そしてまた冷蔵庫に方に戻っていく。きっと一本目のチューハイを飲み切ってしまったのだろう。

 プシュッという音が続けて二回部屋に響いた。乾杯の合図だ。

「乾杯」

 近付いてくる彼女がいう。

「乾杯」

 やっと椅子に腰を落ち着けた彼女の持つ缶と僕の持つ缶が、アルミ特有の軽い音で乾杯を告げた。

 これこそが幸せだな。

 僕はビールを、いつもより勢いよく喉の奥へと流し込んだ。

「お酒強くないのに、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」

 言葉とは裏腹に、ふわふわとしていく思考。

 彼女の髪の毛。彼女のおでこ。彼女の目。彼女の鼻。彼女の唇。彼女の顎。彼女の鎖骨。彼女の胸元。

 意識が暗闇へと落ちていく。




 ○




「また四年経ったのか」

 四年に一度、見る夢。僕にはうるう日を心待ちにしたくなるような、素敵な思い出なんてない。それにお酒をよく飲むような女性と付き合った経験もない。

 なにより彼女なんてできたこともない。

 それなのにどうしてこんな夢を四年に一度とはいえ、見続けるのだろう。

 外はまだ暗い。スマホの画面を見ると、日を跨いで三月一日の午前二時を少し過ぎていた。

 もう一回寝ようと思ったのに、妙に丑三つ時だということを意識してしまい眠気が飛んでいく。

「あれ?」

 日を跨いで、三月一日。

 丸二日も寝ていたのか?

 確かに僕は、二月二十八日に眠りについた。

 それなのにどうして、三月一日になっているんだろう。

「四年に一度、必ずうるう日が来るわけじゃないって知らなかった?」声。声声声。女、女女女。女の声。が、近くから、後ろから、同じ布団の、後ろから。後ろから。

「うるう日が来ないかわりに私が来てあげたの」

 この女は誰だ。

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待ち望んだのは 斉賀 朗数 @mmatatabii

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