第十四話:大事での冗談

  午後五時三十分 京賀国 “御視察地もくてきち


 ようやく『御視察』の地である――『大事だいじ』に着いた一行。



 大事……尽子から南に位置する地。古来から経済及び文化面で尽子みやこと結びつきが強く、現時点の京賀国にとっては尽子みやこに次ぐ重要拠点でもある。



 一行はそこの政庁の一室で、ご当地の知事と囲炉裏いろりを囲んで、鍋を食している。

 その光景は、ささやかながら和やかものであったと“思われている”。



「俺は氏が『』、名が『倭畿わき』、あざなが『仙水せんすい』!

 前の日本にいた時の名前は『植原うえはら』だっけど、仙水でいい!

 まぁ言うまでもないけど、この辺の知事(正式職名は『京賀国地方知事』)をやってる。

 真藤おまえと同じ転移者なんだ。よろしくな!」


 真藤しんどうに対して、十代後半の若者のように砕けた感じで自己紹介する仙水。

 肩まで届く長髪を後ろで結い、顔は中性的でまだ十代のようなあどけなさが残る青年。


 性格は冷静沈着だが、めんどくさがり。数年前に日本から京賀国外に転移してきた。

 そして転移から数日後に陽玄ようげんの父に発見されて、京賀国ここに至る。

 ちなみに実際の年齢は二十で、同じく転移者の妻がいる。妻との子供もいる。



「初めまして。真藤ひびきと申します! よろしくお願いします!」

 堅苦しく、仙水に自己紹介を返す真藤。まるで面接に来た受験生の如し。


 これを受けた仙水は「いいよ、いいよ。そう緊張するなよ!」と微笑と共に返す。

 だが、真藤は「はっ、はい……」と堅苦しそうに苦笑いをするだけ。



 ――初対面の奴には、緊張するタイプかな……。と真藤の苦笑いを見て察した仙水。

 こういう緊張をほぐすには、陳腐だが冗談を言って笑ってもらう手がある。


 早速、とっておきの冗談きりふだを思いついた仙水は真藤に対して――

「そうだ。気をつけるなら、お前の隣にいる『貴狼きろう』の兄貴に気をつけな!

 普通に他人の“人としての人生”破壊できるから!」と笑いながら冗談を跳ばしてみる。


 すると真藤は「あはははっ……!ご冗談を!」と自身の緊張を弾けさせる。

 これに確かな感触を覚えた仙水。これに貴狼とうの兄貴がどうツッコむかと期待しながら、仙水かれは視線を貴狼の方へ映してみるが……。



「……」

 今、仙水の視界に映っている貴狼は――沈黙を守りながら、黙々とおわんに移した鍋の具を口に運んでいるだけ。ツッコむ気配なぞ微塵も感じられない。

 その目はただひたすらに――虚ろ。その内心には口内からの――旨い! というときめき。


「「……」」

 二人で並んでいる陽玄と鋒陰ほういんも、一切の動揺をすることなく、貴狼と同様に黙々と食べているだけ。年代的に食べ盛り真っ只中。食べる行為ことにも夢中な年頃。



「「……」」

 京賀国重鎮三人の沈黙に動揺して、黙り込んでしまう仙水と真藤。気まずい。


 ここで真藤が食事中ながらも腹をくくって「あの~、否定しないんですか?」と貴狼に訊いてみた。これに貴狼だけでなく、鋒陰と陽玄の二人も反応していく。


 ず、「別に……。本当のことだし……」と貴狼。

 ――何か最初の言葉、前の世界で聞いたことあるっ! と内心でツッコむ真藤。


 次に「じ、実は……。ずっと前から……そうだと思っていた……」と陽玄。

 ――嘘付け! と同じく内心でツッコむ仙水。陽玄の動揺を見逃していない。

 加えて――完全に食の世界へ逃げているな……。と結論付けた。

 実際にこの結論は正解。現時点での陽玄の食の異様な早さがそれを物語っている。


 最後とどめに「ってか……。実際に見た経験ことあるし!」と平然な鋒陰。

 ――それ、一番いっちゃ駄目ダメ! と同時に内心でツッコむ仙水と真藤の両者。


 結局、真藤の勇気は、軽い気持ちで一個のボールを投げてみたら……。

 無垢むくな気持ちが込められた三個の爆弾が返ってくるという散々な結果となった。



「「……」」

 再び押し黙ってしまう羽目になる仙水と真藤。


 ――冗談なんだよね!? と内心で無理やり前向きポジティブに考える真藤。

 ――皆が結託してのブラックジョークなんだよね!? となおも頑張って考える。

 しかし、真藤が動揺しているのは目に見えている。何せ、お椀を持つ手が震えている!


 ――誰か「今の冗談だよ!」とか言えよ! と内心で沈黙を拒絶したがっている仙水。

 ――食べる気なれねーよ! とその心中に響く叫びは止まってくれない。

 この時の、仙水かれの目には焦りの色しか映していない。


「……」

 一方、貴狼は黙々と陽玄と鋒陰のお椀に、鍋の具を配している。

 もちろん、その後は貴狼のお椀に具を入れる番である。

 完全に料理が旨すぎて、食べる行為ことが目的になっている。



 ――この際、誰か何とか言ってよ! と真藤が……!

 ――冗談でもいいから! と仙水も部屋内の沈黙に耐えられなくなった、その時!


「……試しに人間やめて、アンデッドとしての人生を始めてみるか?」と貴狼が沈黙を破る。

 その果てしなく虚ろなまなこに、じっと真藤を映して。


「「……!!」」

 動揺に耐えられず、声が出ない真藤。そして仙水も焦りながら、黙って彼を見守る。

 それから間もないうちに――貴狼が「冗談ジョークだよ……」と言って食事を続ける。



 ――やっぱり、冗談いらない……。と結局は“旨さ故の沈黙”という現象を快く歓迎し始めることを覚えた真藤であった。無論、この点は仙水も同様だった。


 一方、貴狼も内心で――パンチが効きすぎた……。と後悔していた。

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魂魄双伝~祖国統一編~ 希紫狼 @s13166

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