第十三話:血布党

  午後一時三十分 京賀国 “御視察地”までの道中 

  ※太陽の位置と真藤しんどうの持参してきた時計から正確な時間を計ることに成功


 休憩地点で昼食を済ませ、食休み(昼寝)を終えて、再び目的地に向かう一行。

 少し慣れたのだろうか。真藤が午前の移動の時からやや流暢りゅうちょうに――

「ところで、『佞邪ねいじゃ救国政府』とは?」と貴狼きろうに尋ねてきた。


佞邪救国政府そいつらのことを話す前に、先ずは『血布けっきん党』という集団ものども……。ならず者共から話さなければならんな!」と貴狼は話し始める。


「けっ、『血布党』……?」と初めて訊いた言葉を、意味が分からぬまま復唱する真藤。

 そんな真藤かれに対して、貴狼は憎々しげに眼光を鋭くして――

「そいつらは“万民の平等”を掲げる――反君主主義者共の集まりよ!」と教えた。


 その時の彼の目は、まるで凶悪な犯罪者集団を教える時の目。

 党とは名ばかりで、所詮は破落戸ゴロツキ共の集まりだと言わんばかりの勢い!

 その目に真藤は気圧けおされそうになるが、すぐに持ち直した。

 貴狼が発した『万民の平等』というキーワードが、真藤の記憶を揺さぶったからである。



 それ故に、真藤は必死に頭を抱えて、転移前の世界の記憶を探ってみるものの――

「『万民の平等』……ですか。前の世界にも似たような。それでろくでもない集団がいたような、いなかったような……」と思い出すことができない。



 この前世の中世の時代レベル(日本の場合だと戦国時代)の世界に“転移してきた者”。

 すなわち、転移者は当然ながら転移前の世界の記憶を持っている。

 その記憶をもって、この世界で活躍できるかといえば――そうとも限らない。

 少なくとも、その転移者もの達にとっては残念ながら。


 実は……転移してきたは良いが、その転移のはずみで前の世界についての記憶を一部、またはその全てを忘れてしまう者も少なくないのだ。


 無論、『忘れる』ということは、“思い出す”ことも可能である。

 だが、それには何かしらの“きっかけ”は必要な時が多く、思い出さないまま記憶喪失者して保護される者も少なくない。思い出しても一般人として身を隠す者も然り。

 そのような両者はまとめられて――「隠れ転移者」と呼ばれている。



 結局――『転移者』と言えども決して、万能な存在とは言えないのだ。



「う~ん、う~ん……」と頭を抱えたまま、何かを思い出せない苛立ちにさいなまれる真藤。これなら、無理に思い出す必要はないのではないか……?

 こんな真藤に貴狼は――なんか、ヤバそうな気がする……。と内心で危機感を覚える。


 それと同時に半ば呆れた果てていた貴狼かれは何事もなかったかのように――

「その昔――この国が日汎じっぱん国の一諸邦、一地方だった時の話だな。

 血布党そいつらは結成当時から――日汎の王を打倒せん! とくわだてていた。

 ある時、奴らはその当時に大陸を治めていた『さい』という王朝と結託した!

 そして王都を中心に、日汎全域に革命を起こして、上陸してきた『災』と挟み撃ち。

 ものの一か月間で日汎国を打倒してしまった訳だ!」と続けることにする。


「今でも血布党かれらはいるんでしょうか……?」

 ようやく自身から湧き出た苛立ちから解放された真藤。

 先程のことが嘘のようにケロッとして、今の話について質問までしている。

 無理もないとはいえ、苛立ちから解放してくれた貴狼に対して、感謝と言う感情なぞ毛頭ない。それほどまでに今の真藤かれは純粋。


 これに対して貴狼も、真藤の状態に意識が向かないまま――

「いや、いない。結んでいたはずの『災』に裏切られてな。

 打倒した翌日、戦勝式典を挙げてる最中に攻められ、その大半が皆殺しにされた。

 今いるのは、その残党か、その名を借りて利用する馬鹿だけよ!」と続ける。

 顔に「ざまぁみろ!」と言わんばかりの不敵な笑みを張り付けて……。


「すると、閣下。今いる血布党かれらとは、昔からの生き残りか、ただ名前を借りてる――本来の集団とは無関係な集団。武装勢力ということなんでしょうか?」

 この貴狼の顔に真藤は――君主主義者かな……。と不気味に思いつつも問答を続ける。


「そういうことだ、真藤。もっとも、その『どちらか』はどうでもいいがな」

 貴狼も笑顔をはがして、真藤との問答を繰り返し応じていく。


「血布党については、大体ですが分かりました。それで、閣下。

 血布党かれらと佞邪救国政府にはどんな関係があるんでしょうか?」

「血布党は――佞邪救国政府の前身。正確には前身の内の半分よ」

「『前身の内の半分』……? どういう意味でしょうか?」

「奴ら――血布党は蜂起ほうきの為の頭数を増やしたいが為に、他の反君主主義集団と組んだのだ。その政党は、『畔河はんが主民党』と呼ばれていた。

 確か……今から四年ほど前の“出来事こと”だったな」

「その二つの勢力が合同してできたのが、今の『佞邪救国政府』という訳ですね!

 この点は前の世界の『ドイツ社会主義統一党』と似ていますね!」


 この真藤の台詞せりふに、貴狼は驚きと感心混じりに――

「よく知っているな! お前の前の世界じゃ、その党は旧東ドイツの支配政党だったろう!」と反応してみせる。その勢いは真藤の馬に跳び乗らん程だ。

 こんなに反応するとは……。この様子から当の貴狼ほんにんもよく知っているようだ。


 そして真藤は「小学生の頃から地理と世界史が好きでして……」と照れてみせる。

 こんな真藤かれに貴狼が楽し気に笑みを浮かべて、茶化すように――

「それでドイツの歴史を勉強をしたことがあるという訳か?」と再度いてみる。

 その結果、真藤は「あはは……」より一層照れて苦笑するばかりである……。



「では真藤、こんな歴史ことは知ってるか? ベルリンの壁が崩壊したきっかけは?」

「はい。シャボウスキーさん(当時の東ドイツの報道担当者)の勘違いですよね。

 確か、海外への旅行の自由化の発効日を間違えて発表して――」


 この真藤の回答に「そんな歴史ことまで知っていたか!?」と驚嘆する貴狼。

 真藤も驚いて「逆にこの世界の方って、そんなことまで知っているんですか?」と返す。


「俺のように前世の記憶がない者でも知っている者はおる。特に知識人に多いな。

 実はこの世界には……異界の歴史について書き記した書物等は沢山あってな。

 そこから異界やその国々を研究する学問が、この世界中に普及しているのだ!

 俺も前世で学びきれなかった歴史ことはそのような書物で学んだ!」

 この貴狼の発言に「そうなんですか!?」と瞠若どうじゃくする真藤。

 今度の真藤かれの驚き様は、彼自身の馬が気を取られる程であった。


 それから両者は話はドイツの歴史(近代以降)を中心に花が咲くことになる。

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