第十二話:親しまれる――姫

  おそらく午前十一時頃 京賀けいが国 某所(“御視察地”までの道中)


「あの~。すいません……」

 慣れない乗馬に苦労しながら、貴狼きろうに声を掛ける真藤しんどう

 掛けられた貴狼ほんにんが「何だ真藤! 遠慮なく言ってみろ!」と促してみる。


 すると真藤はなおも乗馬に苦労しながらも、すぐに促された通りに――

「こっ、これ……本当に『遠足』……何でしょうか!」と言ってみせた。



 京賀国の首都みやこである『尽子じんし』をって、もう一時間。


 同国の君主である陽玄ようげんの御視察の随員メンバーは、以下の通り。

 陽玄かれの師の鋒陰ほういん。同国の摂政である貴狼。

 加えて、数日前に同国に転移してきたばかりの真藤らの計三人――だけでない。

 彼らは飽くまで“主要”な随員メンバー


 これらに、京賀国における“親衛隊”ともいえる『えい団』が加わっている。

 この国において、完全充足の一個“団”の総兵力はちょうど“千人”。

 つまり、全随員の合計は千人以上! これぞ、一字一句違わない――『大名行列』!


 ちなみに陽玄に仕えている紫狼しろう時狼じろうは連絡要員として尽子みやこで待機。諸外国の使者や有力商人との接待たいおうする役目も担っている。



「正確には“御視察”だ! とはいえ、一応“遠く”まで“足を運ぶ”のだから、『遠足』といっても過言ではあるまい!」と貴狼はそう言って真藤に通すのみ。


 これには真藤かれが「は、はぁ……」と弱々しく返事をしてしまうのみ。

 この時点で薄々――何かあるな……。と察してはいるが、それを問う勇気はない。

 何しろ真藤おのれは保護されたばかりの身。その立場は弁えている。

 それ故に反応リアクションに困ってしまうのも無理はないことである。



 この移動時の主要随員の内、陽玄の馬車に同乗しているは鋒陰のみ。

 残りは皆、馬に乗って移動しているか、それ以外は徒歩。


 貴狼は陽玄の馬車に同情できる地位にあるし、真藤の同乗も許可できる。

 しかし、この世界の武官たる者、乗馬に慣れていないと様々な面で不利。

 緊急事態における連絡や脱出は勿論だが、何より諸外国の者達に見くびられる。

 ――見くびられると不利な時に見くびられては困る。

 そんな考えに至った貴狼は、先ずは乗馬の面から真藤を鍛えていた。


 そんな馬上の両者を、馬車の窓から見ていた鋒陰は――

真藤あいつを弟子にする気満々だな。貴兄(貴狼)は!」と呟いた。

 この呟きを聞いた陽玄は「左様か……」と呟くのみ。

 ――戦乱に巻き込む人間は増やしたくない。というのが陽玄かれの本当の私心。

 しかし、今の京賀国そこくにそんな余裕はない。

 貴狼が真藤かれを戦力して認識した以上、陽玄はその私心を抑え込む他ない。



 今も一行の威厳を支えるひづめの足音。その数は二百を超える!

「パカッパカッパカッパカッ!!」と周囲によく響かせることこの上ない!

 これに八百程度の「ザッザッザッザッ!」という徒歩の音が加わっている。


 これらの音の主である衛団が擁する五個隊千人の内、一個隊(この国では二百人の部隊)は騎馬部隊。つまり、陽玄が率いる『大名行列』は二百頭以上の馬を引きつれている。


 そんな両種類の音を聞いていく真藤。しばらくして真藤かれはあることに驚く。

「道にいる人たちはみんな頭を下げてますね……!」

 真藤かれの言葉通り、道中で見かける人達や一行の道上にいる人達のほぼ全員が、一行に対して頭を下げていた。その中には少数だが土下座までしている人もいた。


 これらの事に対しに貴狼はいつものことだと言わんばかりに平然と――

「一応、『君主の行列を妨げてはならぬ!』という法はある。だが、『頭を下げろ!』という法まではない。皆、各々の好きなようににやっておる!」と答えてくれる。

「それほどまでに、殿下は“おそれられて”いるんでしょうか……?」

「その『おそれ』はどっちの“おそれ”か? “恐怖”のほう意味ほうか?

 それとも“畏敬いけい(心から服従し尊敬すること)”の意味ほうか?」


 この貴狼の質問に対する質問に、真藤は狼狽うろたえながらも――

「もっ、もも、もちろん――『畏敬』の方です!!」と答える。

 ――もし、『恐怖』で答えたら、陽玄くんしゅへの失礼にあたる! と考えたのだろう。

 貴狼はその通りに推測しながらも、えてそこには触れずに――

「まぁそうだな。確かに民達は、公(陽玄の敬称)のことを少なからず“畏れて”いる。

 だが、それよりも“親しみ”の方が上回っているな」と平然と続けることにする。

 ちなみにこの台詞セリフにある『親しみ』は、可愛らしい古参のマスコットキャラに向けられる――安心が込められた“ほんわか”な感情に似ている。

 何せ国内の民の陽玄に対する渾名あだなが「鉄面姫」。「姫」様扱いだもの。


 だが、この世界に転移してきたばかりの真藤は、そんなことを実感することなく――

「そうですか……」と乾いた心で答えるのみ。理解には時間がかかることだろう。

 その直後に真藤かれはあることが気になって、貴狼に――

「ちなみに、『公』って“公爵こうしゃく”殿下なんでしょうか?」と訊いてみる。

「いや、爵位そのものは“伯爵はくしゃく”だ。

 ただ、民のほとんどが――殿下のことを『公』と呼ぶから、自然と政庁内や宮中内でもそう呼ばれるようになっただけのことよ……。国外の少数の者達もそう呼んでおる」

「そういえば……この国を取り巻く情勢ってどうなっているんでしょうか?

 昨日より前にお世話になった方々にお話を聞いた限りでは、『この国とその隣国に挟まれた地域で反乱が起きている!』としか分からなくて……」


 この真藤の質問に、貴狼は憎々しげに口元をゆがませて――

「そうだ! 今――京賀国とその隣国の佞邪ねいじゃ国の間にはある“反乱勢力”が存在している! その反乱勢力――いや、“奴ら”は自らを『佞邪救国政府』と“自称”している!」と答えてみせる。無論、その目は少しも笑っていない。



 どうやら、貴狼はその『佞邪救国政府』とやらを“目の上のたんこぶ”扱いしている。

 さらに真藤が「その『自称』とは……?」と貴狼に深くいてみる。

「考えてもみろ! そっちが前にいた世界……日本くにで分かるように話せば、国の一地方がテロリストに乗っ取られて、そこが分離独立しようとしている。

 普通に考えて、受け入れられるか……? そもそも、交渉とかするか……?」


 この貴狼の問いに、真藤は前の世界を思い出しながら「絶対に無理ですよね……」と苦笑せざるを得ない。それに下手な返答をしたら何をされるか分からない。

 当の貴狼も前世を思い出しつつ、「そういうことだ!」と吐くばかりであった。

 ――テロリストとの交渉の先に……平和的な解決があるかもしれんが……。

 そのような今は絶対に選べない選択肢カードについて考え……苦悩しつつ……。

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