第十一話:平成二十九年からの転移者

 一方、貴狼きろう月華げっかに案内されている最中に、彼女に向かって――

「例の転移者の――元の世界での出身地は分かったか?」と訊いてみる。


 すると月華の口から「『日本』のようです」という答えが返ってくる。

 これに貴狼は思わず、静かに目を見開いて驚くと――

「……『日本』か。懐かしき――かつての故郷くによ……」と呟く。


 この時の貴狼かれの頭には――緑に覆われた山々や、太陽光を反射する都会の建造物ビル群といった光景が映し出されている。加えて不愉快な思い出も……。


 月華も「閣下もですか! 実は私も、前世はその“国”の者でした……」と微笑を浮かべて呟く。初耳だったのか、この呟きに貴狼は「へっ!?」と小さく素っ頓狂な声を上げる。

 ――薄々気づいてはいたが……このタイミングで、こんなあっさり……!? という感じで。



 それから両者は例の部屋の前に着いた。実際に。

 その貴狼の心中は――どんな奴かな? と“わくわく”と“どきどき”が混ざっている。

 例えれば遠足を前日に控えた子供のようなところだろうか‥…。


 そんな貴狼の心中を察することなく、「こちらです!」と月華が部屋の障子を開けた。

 その奥を除けば、丸眼鏡を掛けた一人の青年が正座しており、そのまま――

「――は、初めまして!!じっ、自分は真藤しんどう……真藤ひびきと申します!!

 年は十八で、前の世界では“浪人生”でした!!」と畏まって自己紹介をしてみせる。


「……」

 ――ストレートに『浪人生』とか言うか、普通……?と呆れる貴狼。

 しかし、真藤が不愉快に感じないように、開きそうになる口を必死に閉じ続ける。


 そして、包み隠さず己をさらけ出してくれたのだと肯定的ポジティブに考え直し――

「俺がこの国の『摂政』を務めている火虎高貴狼かここうきろうという者だ!

 氏――まぁ名字が『』、名――いみなが『虎高ここう』。そしてあざな――別名が貴狼という者だ!」と真藤に自己紹介を返した。


「せ、せっ、『摂政』って……!?」

 貴狼の肩書に驚いて動揺を抑えきれない真藤。真藤の時代の日本くにで聞き慣れない言葉とはいえ、歴史上では“重職”ということは理解している。

 そんな真藤を尻目に、貴狼は素早く真藤かれを観察してみる――。



 彼の顔立ちは中性的な童顔で、体格は華奢きゃしゃ。服装によっては女性に見える程。

 黒長髪の持主だが、その長さは――後ろで縛るにはやや足りない。


 目立たぬように、服装は此方こちらの世界の物に合わせて、深衣しんい(ワンピース型の衣服)を着用している。おそらく、月華が自身の夫の古着を貸したのだろう。

 ――道理で、どこかで見たことがある服だ。と貴狼は思った。



 ここで、真藤かれの見た目についての情報を整理できた貴狼は――

「念のために重ねてくが、転移者で間違いないな?」と月華に問うてみると……。

「はい、出身は『東京』と申しておりましたから間違いありません。

 他にもわたくしからいくつかの質問を致しましたが――全て前世でしか知り得ない名前や用語ばかりでした。おそらく、閣下が思う前世の日本に近いかと……」

「『真藤』――『響』……とやらが転移してきた年代は分かるか?」

「前世の『平成二十九年』から――と真藤ほんにんが……」

「他には何かあるか?」

「彼は転移してきた当時から、直感で“魔法”が使えるようです!

 今は回復系のみですが、他の系統も使える見込みがあります!」


 この月華の返答に、貴狼は思わず口元を緩ませて――

「これぞ――『前世』でいう“チート”という天恵ものよ! ありがたや、ありがたや……!」と小さく叫んでしまう! これに真藤は不安を覚えるばかり……。



 この世界にも『魔法』という非現実的で超常的ファンタスティックな力は存在する。

 だが、それを行使できる人物は限られており――ある程度の訓練が必要である。


 ――稀に『転移者』で転移した直後に『魔法』が使える人物がいると上配(陽玄ようげんの父)殿下から拝聞したことがあるが、会うのはおそらくこれが初ぞ! と貴狼は内心で喜びを抑えきれない。何せ、回復魔法を使える貴重な人材を発掘できたのだ。



 そんな貴狼に向かって、今度は月華がかしこまって――

「摂政閣下! 私から一つご提案がございます!」と声を上げた。


 これに貴狼が嬉々として「言ってみろ!」と応じると――

「この『真藤響』という者も“御視察”に連れて行ってはどうでしょうか……?

 昨日に保護されるまでは、首都ここの民が真藤かれの世話をしておりました。

 それで本人が『この国の民に恩を返したい!』と申しておりますので、これを機に……」


 ――月華め……本人には真実を伝えず、俺に判断を委ねて来たか……。と貴狼は月華の提案を察した。“御視察”を名目にして真藤を戦に連れていきますか? ということだ。


 ――平成の者をいきなり戦に連れて行くのも……。と考えて気が引ける貴狼。

 だが現在いまの状況では……一人でも人手が欲しいのも事実。


 ――ダメ元で訊いてみるか。と月華の意見を呑み、真藤にその件を訊く決心を固める。

 それから間を全くおかずに、貴狼かれは「真藤よ!」と呼んでみせた。


 そして「はいっ!!」と再び畏まった真藤に対して、貴狼は正座して畏まってから――

「俺は主君と共に、大変――“危険な遠足”に行かねばならない!

 その危険を承知で――我々に付いてきて、是非その力を貸してはくれまいか?」と深々と頭を下げてみせる。これに合わせて月華も「私からも……」と頭を下げた。


 この国で高位の者達の頭を下げさせてしまった故か、真藤は大慌てで――

「はっ、はい!! 微力を尽くして参ります!!」と深く考えずに承諾――してしまった。

 これが吉となるか凶となるかは――真藤ほんにんのみが判断することだろう……。


 尤も真藤を誘った当の貴狼ほんにんは――大丈夫かな? と心中でやや焦っていた。



 それから、陽玄のもとへと貴狼に連れられた真藤は――

「真藤響と申します。よろしくお願い申し上げます!」と陽玄かれに挨拶。

 この時の真藤の陽玄に対する印象は――雪の女王様というよりは、お姫様みたいだ。

 つ――人形ドールだ……。と陽玄の現実離れした美しさに圧倒されていた。


 そんな真藤に陽玄は微笑を浮かべて――

「余がこの京賀国くにの君主を務める零魂陽玄れいこんようげんだ。

 氏が『れい』、名は『こん』。字が『陽玄』だ。よろしく頼む!」と返した。

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