第十話:友にして師

  第八話からの続き(おそらく、まだ九時台) 京賀国 政庁


 話を再び京賀国に戻せば、貴狼きろう時狼じろうに向かって――

「時狼、お前が鋒陰しどのの一家の面倒を見ろ!」と命令している最中である。

 時狼が「よろしいので?」とき返すと、貴狼の口から――

「訊きたいことはあるが、どうせ一家まるごと登用される身だ――問題ない!」

 これに時狼は「承知しました!」と応えて、門の方へ向って行く……。


 そんな時狼かれに「ちゃんと監視もしておくのだぞーっ!」という大声が飛んできた。

 声の主は、あろうことかくだんの一家の一員である鋒陰ほういん

 万が一のこと考えるはいいとして、それを大声で言うのはどうか……。

 時狼は「両親が聞いたら――泣くぞ……!」と小さく呟きながらその場を辞していった。


「「……」」

 陽玄と貴狼も心から時狼の心中に同意していた……。無言のまままで……。

 ちなみに鋒陰の両親が、彼のあの『監視』の一言を聞いたら実際にそうなってしまう。

儂の家族あいつら、意外と子供だから」と後の鋒陰の言であった……。



「摂政閣下、それともう一件申し上げる案件ことが御座います!」

 続いての月華げっかの言葉に、キョトンとした顔で「何だ?」と訊いてしまう貴狼。

 鋒陰の両親の件は予測していたので、全く動じなかった。

 だが続いての彼女の言葉には、想定はしていても予測は全くしていなかった。


昨日さくじつに“転移者”と思われる者を保護致しました。

 許可を頂ければ、ここにお連れ致しますが……」


「「!」」

 月華の返答を聞いて、微かとはいえ心中で――マジか!? と動揺してしまう貴狼。

 そんな貴狼かれを含めて、部屋に残っている全員も然り。

 その証拠に、彼らは皆一様に体が停止している……。

 まるで一瞬だけ……誰かが時を止めたかのように……。



 その中から真っ先に硬直を解いたのは鋒陰である。

 彼は五秒もしない内に停止を解くと、すぐに陽玄に向かって、やや小さめの声で――

「ねぇ、『転移者』って、ひょっとすると“異世界”とやらから“転移”してきた人のこと?」


 この鋒陰の質問に、自身の硬直を解いた陽玄も小さめの声で――

「そうだ。この国には、かって予の父上が国外よそから見つけて、本邦ここに連れてこられた者が多くいる。だが、この国で『転移者』が見つかったのは……。

 きっと、初めてのことだ……!」とかすかに驚きながらも答える!



 この直後に、貴狼は件の『転移者』に会う決心をして――

「分かった。この際は俺が直々に会おう! 案内を頼む!」と月華に令を下す。

「はっ! では、別室にて待たせておりますので、そこにご案内します!」

 月華はそう言葉を残して、一旦辞していく。

 貴狼も「紫狼しろう、残っている仕度のほうは頼んだぞ!」と令を残す。

 この先も陽玄には“予定”がある。だって、君主だもの。


 紫狼は貴狼に「はっ!」と応じた直後に、陽玄に向かって――

「殿下! そろそろ“御視察”の仕度を致しませんと、予定より遅れてしまいます!」とやや焦りながら促す。その顔も微妙に困った状態になっている……。



 ――こんな時に、『視察』ねえ……。と紫狼のこの言葉を聞いて何かを察する鋒陰。

 それと同時に薄ら笑いを浮かべて、何かを企んでいる顔つきになる。

 幼い故に、やや不気味に見えてしまうのは気のせいか……。



「分かった。直ちに仕度に向かう!」と紫狼に応じた陽玄。

 そこへ鋒陰が嬉々として笑みを浮かべて割り込んで――

「ねえ、儂も“御視察”とやらに一緒に行っていいもよいか!?」と両者に訊いてきた。


 これに紫狼がやや戸惑いつつも、「殿下、如何いか様に?」と陽玄に尋ねると――

「構わん、できれば予備の馬も用意してやれ!」と陽玄は返す。


 この時の陽玄の顔はいつもの如く鉄面であるが、内心は快い。つまり先の返答は承諾。

 まるで「一緒にピクニックに連れてって!」と頼んだ友人を連れて行く気分。


 その結果、紫狼は「ははっ、直ちに手配致します!」と応じた。

 これを聞いた鋒陰はその年齢に相応ふさわしく――

「やったぁ!」と小躍りしてはしゃいでみせる。

 そこへ陽玄が「師よ、一緒に馬車に乗るか?」と重ねて尋ねてみる。

 この時の陽玄かれの顔は凛とした鉄面ではなく、穏やかな微笑を浮かべている。


「いいの?」と鋒陰が小躍りをピタリと止めて、真顔で尋ね返してみる。

 陽玄はこれに、穏やかな笑みのまま「もちろんだ!」と返してみせる。

 鋒陰は「わーい!」と喜びながら小躍りを再開する。


 そんな鋒陰かれを尻目に、紫狼が陽玄に向かって――

「それにしても良いのですか、一緒にお連れして……。

 確か、師殿にも御両親がいるのですから、“許可”の方は……」と訊いてみた。


「!」

 これが耳に入った鋒陰。小躍りを止めて、笑みを浮かべながら――

「黙っておいて問題ない! 知られても――たかが“視察”だ! 笑って、許してくれよう!」と断言してみせる。しかし、その目は両親をどこか小馬鹿にしたようなもの

 これに紫狼は「はぁ、左様ですか……」と呆れて受け入れるばかりであった……。



 それから陽玄と一緒に馬車に乗ることになった鋒陰。

 馬車を見た鋒陰の口から「ほえーっ……」という驚嘆の声が漏れた。


 陽玄の馬車の外見は――前世で見た西部劇に出てくるほろ馬車。

 この時の鋒陰の心中は――君主が乗るにしては、ちと地味な気がするな……。


 その社内の床は畳で、御者席の付近に席が四つ取り付けられている。

 しかもその四つの席全てにシートベルトが付いている。

 車内に乗る際は靴は脱いでおく必要があり、靴は車載の靴箱に収納可能。


 馬車自体そのものに至っても特別で、防火や抗菌に優れ、雷や津波も敵ではない。

 おまけに小都市をまるごと吹き飛ばせる爆発にも耐えることが可能。

 このような規格外の性能を誇る馬車だが、その代償コストも規格外。

 貴狼のコネでどうにか一台だけ調達できた次第。当然、君主専用として運用されている。


 また、この馬車とは別に、移動式トイレの機能を担う馬車も視察に同行する。抜かりなし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る