第九話:佞邪国の首都――「丘幸」

 さて、ここで京賀国の宗主国である『佞邪ねいじゃ国』の話をさせていただく。


 佞邪国は京賀国の西に位置する隣国で、邦玖ほうきゅう島(別称は治全ちぜん島)北部に点在する諸邦の連邦国家である『ちょう』という王朝の筆頭国でもある。

 それ故に『長』の最高執政官である『丞相じょうしょう(宰相)』は、佞邪国の君主が代々継承している。結果――長王朝は佞邪国の下からの支配を受けていた。



 そして、その国の首都みやこである『丘幸きゅうこう』は、大陸諸国との貿易や文化交流の窓口ともいえる港湾都市であり、この『長』においても最大の都市である。


 さらにそこが、大陸諸王朝の内の一朝の血を引く「天子(皇帝)」の都でもあるということで、都心の建物の半分程度が“主に木材を使用する日汎じっぱん様式”ではなく“主にせん煉瓦れんがの一種)を使用する大陸様式”となっている。


 余談だが、そのまた半分程は、はるか昔に日汎を侵略してきた大陸の軍隊によって、建てられたものである。その時から時が流れて、今に至っては外国人街も造られた。

 それ故に異国情緒に溢れるみやことして繁栄を享受している――はずだった……。



  午前(おそらく九時頃) 佞邪国 丘幸 丞相府


「はーっ、はっはっはっ!! 全くもって――愉快、愉快っ!! 我が世の春よ!! 常に!!」

 自らの私邸で座って盃を片手に、複数の側近に囲まれながら、高笑いしている男。


 この男こそが“長王朝の丞相”にして“佞邪国の君主”。

 氏は『とう』、名は『こう』、あざなが『釣幻ちょうげん』という者。

 元々――彼の一族の氏は「小咲おざき」であったらしいが、日汎王国の崩壊時に豪族として成りあがると同時にその氏を捨てて現在の氏に改めてしまったらしい……。



 彼は四年ほど前に政敵てきを言葉通り“皆殺し(主に病気や事故死に見せかけての暗殺)”にして丞相に就いた頃から、側近達を招いてはこの宴会を行い続けている。

 その当時は“週一”のペースであったが、現在では“週三”にペースアップ。


 それに加えて、週一に釣り、週一に狩猟、週一にショッピング、週一に自宅で静養。

 真面まともに仕事をする時間はほぼない。ここまでくると、ぶっちゃけ――うらやましく思えてしまう。暴君の贅沢――ここに極まれり! という程度レベル

 しかも、週六の娯楽の費用のほぼ全てが――諸侯や領民から徴収した税でまかなわれている。その余りは、もちろんのこと彼の一族や側近たちが着服している。


 その上、いざ仕事をするとなったら、増税や領民達に無益な労役を命令する等、真面まとも政治ことをしてきていない。ちなみにその程度レベルは――ほとんど!

 最早……完全に『無能な暴君』であり、自身の領民達にさえ、そう思われている。


 挙句の果てには、長王朝の皇帝しゅくんに無断で、大陸の王朝に進貢(貢物を捧げること)。その王朝から返礼品として「陸軍少将」といった階級を賜った始末。

 それと同時に半ば名誉職だが、「駐尽特命全権大使」として外交官を兼ねる身となった。


 現時点では大陸の朝廷は色々と忙しいので、釣幻に命令する気がない。

 しかし、釣幻は全力を出せば大陸の朝廷から「僭称君主を討つべし!」といった命を引き出して、合法的に長王朝の帝位を奪取することができる。少なくとも可能性はある。


 以上のことから、長王朝宮中からも以下の如く警戒されている。

 ――釣幻こいつ、絶対に裏切るぞ! 絶対に帝位狙ってるぞ!

 ――機会があれば、「大陸の朝廷からの命」として陛下を……!



 余談だが実は大陸は今、戦乱の真っ最中。

 大陸の王朝から見た東西南北の内、平穏な方角ところは旧日汎王国がある東側のみ。

 そんな東側諸国と友好関係を保てるなら、軍階級や官職なんて簡単に贈ってくれる。

 どんな超大国でも全方位が戦線となるのは――無謀……。



「はーっ、はっはっはっはっ!!」と高笑いが止まらない釣幻かれに――

「丞相(宰相)閣下、此度こたび様な朝から宴会でしょうか!?」と一発の諌声かんせいが室内に聞こえてきた。その声の主は釣幻の一人息子。

 彼は氏が『とう』、名は『しゅう』、字が『俊雄しゅんゆう』という者。


 佞邪国の世子せいし(跡継ぎ)にして、『尚書令しょうしょれい』という官職を務めている。長王朝内では他国の『筆頭閣僚』や『官房長官』に相当する重職である。

 結果――真面に仕事をしない父に代わって、長王朝と佞邪国の政務を代行している。

 それ故に父とは違い、非常に忙しい身である。それも物心が付いた時から……。

 俊雄かれは今日も仕事の合間に、朝から宴会を催す釣幻ちちいさめる。


 しかし酔っている父は、息子の多忙さを露程も知らずに陽気にさかずきを――

「なんだぁ、俊雄? お前も飲みたいのか? ほれ、構わんぞ!」と勧める始末。

「遠慮させて頂きます! それにしても、税をこのように浪費しては――」

「構わん構わん、どうせ諸侯共や庶民達からの税だ!! 気にするな、俊雄!!

 絞っても絞り切れまいよ!! はーっ、はっはっはっはっはっ!!」


 普段、息子の口応えにはキレる父こと……釣幻であるが、今は酔っているため寛容。

 だが本音をまるごと口にしてしまっている。それも声を大にして……。

 とはいえ、長王朝内の諸侯や各領民にとっては周知の事実なのだが……。



 そうして高笑いを決め込んでいると思われる釣幻だが――

「そういえば俊雄よ、“あの件”はどうなっておる……?」という質問と共に、鋭い眼差しを自身の息子――俊雄にむける。その目は全く酔っている者の目ではなかった!


 そんな眼差しの釣幻もちぬしから質問された当の俊雄も――

「まだ伝令が来ていませんが、計画通りなら事を起こしている最中です!」という返答と共に、より一層真剣な眼差しを返す。だがその内心で静かに恐怖を覚えている……。

 そして、釣幻は「猛己やつのことだ……、すぐに政変を済ますはずだ……」と独白。



 お分かりだろうか。この釣幻こそが、佞邪救国政府分裂の黒幕である。

 前々から、救国政府に猛己てしたを潜ませ、京賀国からの独立政権を樹立させる。

 そして、機を伺って猛己が救国政府にクーデターを起こして政権を掌握。

 そうして掌握された政権は全領域ごと、佞邪国に献上する手はずとなっている。


 そうすれば、京賀国の領土を文句も言わせずにさらえる。

 この手のことには無駄に狡猾な釣幻。外交にも自信がある。


 しかしながら、この計画の全ては既に京賀国の貴狼きろうに知られている。

 同時にその貴狼かれに計画を利用されているとは露程も思ってもいないので――

「くくくっ、吾輩わがはいは最強の臣下を持ったものだ! ――ははははははっ!」と釣幻はしばらくは笑いを止められなかった。“ある意味で幸せ”と言える瞬間……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る