第八話:知事殿下

  同日(多分十時過ぎ) 京賀けいが国 尽子じんし 政庁


 勅書の件からしばらくして……鎮圧の準備を終えた月清げっしんが――

「では、出撃して参ります!」と陽玄ようげんら京賀国首脳部に挨拶を送った。


 当然、その大広間の上段の間には――京賀国ここの君主である陽玄が座している。

 そのすぐ近くには摂政の貴狼きろうが。陽玄の師の鋒陰ほういんが座している。



 ちなみに紫狼しろうもすぐ近くに座して、“秘書”として任務を遂行中。

 その任務ないようは待機等だが、緊急の際は内外との連絡業務に従事する。


 時狼じろうに至っては、少し離れた席で“宮宰きゅうさい(侍従長)” として任務を遂行中。『宮宰』という職の割に、この直前では軍事関係の雑務を担当していた。

 それほどまでに京賀国は人件費を節約して、軍資金を捻出していたのである……。



 これから戦に向かおうとする月清さいしょうに対して、貴狼は――

「宰相殿下。重ねて……“鎮圧”戦に時間を掛けてはならんぞ!」と注意事項を述べる。


「はい、時間を掛ければ我らの宗主国そうしゅたる佞邪国ねいじゃも……我が領土(現佞邪救国政府の占領地域)を占領――いえ、確実に奪いに来ることでしょう!」

 忌々しげな目で断言する月清。完全に宗主国である『佞邪国』を目の仇にしている。

 この理由は後々に明らかになる故に、一旦置いておく。


 少なくとも現時点では、月清のみならず。

 京賀の君主である陽玄や同じく貴狼を含む京賀国の首脳部一同。

 そして鋒陰を含む京賀国の民一同までもが、佞邪国の首脳部に好印象を抱いていないことを――覚えておくに越したことはないだろう。



「左様! 一度奪われでもしたら二度と戻ってくることはないと思ったほうがいい。

 万が一に取り返せるとしても、先々の返還交渉はかなり面倒なことになろう……。

 だが焦ってはいかん! 少なくとも、焦る必要はない……!

 焦らずに自棄やけを起こさなければ……。

 必ずや我らが練ってきたの計画の通り、賊共を鎮圧できる!

 さすれば、民や領土とちもそっくりそのまま戻ってくる!

 故に宰相殿下、余分な力は抜いておくことだ……」

 貴狼が月清にそう助言アドバイスして、彼の肩に「ポン」と手を置いた、その時!


「失礼つかまつります!」

 その場の全員に聞き覚えのある女性の声が、外から障子を通してこの部屋に響く。

 声の主は、直隷(首都圏)を預かる知事にして、月清の妹である『月華げっか』だ。



「これは知事殿下! 如何いかがなされた!?」と時狼が月華に尋ねてみると――

「殿下と摂政閣下に――“御伺いすべき”件が御座います!」と返ってくる。

 これに時狼じろうが、貴狼の方を向く。後の対応を求めている様だ。

 貴狼は時狼に向かって、大きく手を開いてみせる。この合図は「待たせろ!」である。



 そして、「しばし待たれよ!」という時狼の声が聞こえる中、貴狼は――

「宰相殿下、此方こちらに構うことはない! 今は“戦”のみに!」と月清を激励する。


 これに続いて、陽玄も「叔父上、最後まで見送れずに――申し訳ない……」と月清に残念そうな顔を見せる。もっとも君主故に感情を抑えてか、その程度は若干である。

 今の彼の頭には、万が一でも月清が“帰ってこない”事態みらいが離れていない。


 それを見透かしているのかは定かではないが、月清は陽玄かれに向かって――

「そのことで、殿下が御気になさる必要は御座いません!

 こうして殿下と言葉を交わせるだけでも……わたくしは幸いです!

 では、これにて――」と優しく声をかけると、笑顔のまま部屋を後にする。



 紫狼の「ご武運を……」と声が聞こえる中、月清は外の廊下へ続く障子を開けた。

「兄上……」

 そこにはもちろん、彼の妹にして、京賀国の『直隷(首都近辺)知事』である月華の姿が。


 彼女は氏が『』、名が『らん』、そしてあざなが『月華』という者。

 齢十五歳にして既婚者で子供もいる。この世界の高貴な女性としては早い部類ほう


 兄の月清と同じく、ウェーブのかかった銀長髪の美少女である。

 また気品があり、スタイルも良く、物静かそうな見た目の雰囲気の持ち主でもある。

 無論、月清が兄ということは、彼女は陽玄の父方の母にあたる。



「行って参るぞ、月華……!」と出撃の挨拶をする月清。

 そんな月清あにの耳を月華は「兄上、少しお耳を――」と拝借する。

 これに月清かれが――何事か?と思いながら月華の話を聞いてみた。

 すると急に顔を強張らせて――

「その件は分かった。では、留守の件も頼んだぞ!」と月華に告げるや、足早に出撃!


 この月清あにの後ろ姿を見た月華は――

「安心して行ってらっしゃいませ、兄上!」と挨拶を送った。

 この直後に貴狼が、月華に向かって直接「どうしたのだ、知事殿下?」と訊いてきた。



「はっ! 宮殿ここ門前もんぜんに見知らぬ平民の一家がいまして、問い質したところ『息子が中に入っていった』とのことで……」

 この畏まった月華の返答を聞いて、今度は鋒陰が――

「ひょっとしてその『一家』って……両親と子供達を合わせて、全員で四人程度ではないか?」と彼女に訊いてみた。完全に心当たりがある者の訊き方である。

 すると当の彼女から「何故そのことを……!」という驚きの声が漏れた。


「それと、その『子供達』って、全員みんな儂よりも幼かった?」

 再度の鋒陰の問いに、彼女は「言われてみれば、確かに……」と心当たりがある素振りを見せて、「それに『息子の母』と名乗る者が貴殿(鋒陰)に似ていた……」と続けた。


「十中八九――お前の家族だな! その『一家』とやら……!」

 これら一連のやり取りを見た貴狼が、鋒陰に向かってこのように直言してみた。

 すると当の直言された鋒陰ほんにんは「ま、まぁね……!」と苦笑してみせた。



 それから程なくして、鋒陰かれの家族も陽玄に仕える身となる。

 そして、鋒陰かれと同じくその家族も……陽玄を君主として仰ぐ国に影響を与える官爵を帯びる身分に大化けする未来ことになる。

 とはいえ、この時点では誰もそのような未来ことを想像することすらなかった……。

 当然、鋒陰かれとその家族全員自身もその例外ではなかった。

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