第七話:鎮圧の勅書

  同時刻(多分九時過ぎ) 京賀けいが国 尽子じんし 政庁


 話を京賀国に戻せば、既に軍議を済ませていた部屋内の一同。

 その中でも月清げっしんに至っては、持参してきた『巻物』状の大きな地図を――クルクルと無心に収めているところである。



 軍議と言っても、所定の作戦内容を確認する程度の簡単なものだったのだ。

 必要な道具もの月清かれが持参してきた地図一つで事足りた。



 そして月清が地図を収めた。その瞬間ときを見計らって貴狼きろうが――

紫狼しろう、例の“勅書ちょくしょ”は用意してあるな?」と紫狼に尋ねた。


 紫狼かれ貴狼あにきぶんの真剣みに溢れた視線にたじろぎはしなかった。

 だが、ある一抹の重圧プレッシャーを覚えてしまう。

 ――いよいよ、軍を動かすか……! とそう直感できた紫狼。


 大小問わず多くの準備を重ねてきたが、今も――吉を目指して努力する段階。

 ここ数年の努力が吉と出るか、凶と出るか? すなわち――報われるか、水泡に帰すか?


 紫狼かれは「はっ、ここに!」と予め用意していた“勅書”を両手で貴狼に手渡す。



 勅書――といえば、君主からの直々の命令を下達するための文書に他ならない。

 ――今日の軍議の流れから、命ぜられるはただ一つ! と、月清は『勅書』という言葉を聞いた瞬間、自身の身に緊張感が走るのを覚える。



 その直後、貴狼が月清の方に顔を向かって「月清――いや、宰相殿下!」と一声。

 これに月清は緊張した面持ちで「はっ!」とこたえる。


「今……私の手にあるのこの勅書! これには『佞邪ねいじゃ救国政府』とやらを僭称せんしょうするぞく共を鎮圧せよ! という命令が明記されている!

 宰相兼“中校尉(中団の指揮団)”として、直ちに“中団”を率いて出陣!

 所定の作戦に従って敵を撃滅するのだ!」と貴狼は両手で、勅書を月清に手渡した。



 貴狼の発言の中にあった『団』といえば、それは一個千人規模の部隊を意味している。

 前世の軍隊で言えば、『大隊』から『連隊』に匹敵する規模。

 一小国の京賀国にとっては、大規模と言える規模ものだ。

 京賀国以外の周辺諸国でもこれを基準とした部隊編制を採用している。



 現在、京賀国には以下の諸団がある。

 えい団、団、中団、団の四つである。

 その中でも『中団』は、京賀国にとっては主力中の主力。

 それを動かすという事実だけで、今回の鎮圧の本気度が伺える。



 なお、『校尉』とは『団』を率いる部隊長の職名である。

 前世の軍隊の階級で言えば――『少佐』、『中佐』、『大佐』等の『佐官』に相当する。



 貴狼から勅書を受け取った月清はかしこまって――

「この破闇はおん(月清の氏名)、勅命をつつしんで拝受します!

 必ずや賊共を打ち滅ぼして御覧にいれます!」と意気込む!


 その意気込みに貴狼は「うむ」と感心した直後、今度は陽玄ようげんに対し――

「殿下。殿下から何か御言葉は御座いますか?」と尋ねる。



 すると、陽玄は落ち着いた面持ちで「コクリ」とうなずくと――

「叔父上――いや、宰相!」と月清に向かって口を開く。


 この時に『宰相』と言い換えるあたり、ここか先は“君主”として話をするつもり。

 これを察した月清は「はっ!」と改めて畏まる。


「“戦”においては、例え相手が素人しろうとでも手を抜くことはない。

 遠慮なく、貴公の“手腕”を振るうがよい! 月清!」

「はっ、殿下!」

「だが、不要な戦は避けよ! そして――その判別は宰相。貴公に一任する!」

「御意! 肝にめいじ致します!」



 この両者のやり取りを見届けた貴狼は、あまり間を置かずに――

「宰相殿下! 京賀公殿下が、何故なにゆえに『不要な戦』を避けねばならぬか――分かるか?」と月清に尋ねてみると……。


「はっ、賊共の手中にある兵や民は、元々は京賀の者達。

 ここ数年――賊共の乱れたまつりごとこうむり、疲れた彼らの心は賊共から離れて、我ら京賀に戻りつつあります!」と月清が勢いよく答え始める。


 その目の輝きは「『彼ら』を救いたい!」と語っているように見える。

 これに貴狼は「うむ」と応えるのみ。今はそれだけでいい。



「しかしながら、彼らを必要以上に傷つけ倒してゆけば、より一層疲れた彼らの心は京賀から離れ、賊共の方に戻ってしまう可能性があります!

 だからと言って、これを理由に戦で手を抜いては、自軍の兵に負担をい、賊共が調子に乗ることも考えられます! それに敗戦しては京賀に更なる危機が訪れます!

 以上のことから、戦の“質”を下げることは絶対にできない!

 ならば、戦の“数”だけでも下げ、賊共の手中にある兵や民への負担を抑えることです!」



 以上の月清の答えに貴狼は「うむ」と感心の声を漏らして――

「その通りだ、宰相殿下。“戦”の回数はな……少ないに限る!

 付け加えて――我が軍がいくら“精鋭”と言っても、“戦”の数が多ければ疲弊する。

 そして、“その後の戦”では取り返しのつかない事態になりかねん……」と応えた。


「……!」

 月清も自らに芽生えた重圧プレッシャーを抑えて、静かにうなずいた。


「では、これにて一時解散! 直ちに各々の準備に取り掛かるぞ!」

 こうして、貴狼のこの一言で御前会議が終わった。

 そして、瞬く間にこの部屋にいた全員が去っていった……。


 今、もぬけの殻となったその部屋に、歴史が表立って動いた形跡は――残っていない。

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