三角の降る季節
林きつね
三角の降る季節
「三角――?」
「ええ、はい。そうです。三角です」
旅行先で出会った少女、カシワはそう言った。
たまには仕事を忘れて羽を伸ばそうと訪れた田舎で、道に迷っていた所を案内してくれた彼女は、この村の特色ついて教えてくれた。
いい時期にこの村に来ましたね――というお決まりのようなセリフから始まったそれは、いささか俺の常識からは外れたものだった。
「四年に一度、この辺りには三角が降るんです」
「その三角ってなんだよ」
「これです」
そう言ってカシワが懐から取り出したのは、確かに、三角としか言いようがない、黄色い三角形だった。
「これが……降るのか?」
「ええ、振ります」
「空から?」
「ええ、雨みたいに」
……都会からの観光客を騙すドッキリかなにかだろうか……?
そう思って周囲を見渡すと、ところどころに、さっきカシワが懐から取り出したような三角が落ちている。
ドッキリにしてはやけに凝っているが……。そして、道を歩いて行くと、その三角が山積みになっているところがあった。
怪訝な顔をしている俺に気がついたカシワが言った。
「ああ、あれは三角かきの跡ですね」
「三角かき」
「一昨日は、結構な量が振りましてね。ほら、道に放置してると危ないじゃないですか、下手すりゃ車がパンクして大事故のもとです」
「そりゃあ、三角だしなあ……」
神妙そうに語るカシワは、嘘をついているようには見えないが、まさか本当に――
「いってえ?!」
「あらら、当たっちゃいましたか」
頭にきた鋭い衝撃。頭頂部に手を当てて見ると、なにかが乗っている感触。
恐る恐るそれに目をやると、ああ、案の定三角だった。
「誰の悪戯だ?!」
「や、だから空から降ってくるんですって」
「そんな馬鹿なことがあるかっ痛あ!」
「ありゃりゃ……運がない……」
また三角が頭に当たった。
慌てて辺りを睨みつけるも、これを投げるような人もいなければ、俺の頭の上に落とせるような高い場所もない。
「まさか……本当に空から……」
「だっから、最初からそう言ってるじゃないですかー、これだから都会さんはー」
「都会さんて……」
「ビルに囲まれてるから視野も狭くなってしまうんですね。あーやだやだ、見てください私達田舎の民を、この雄大に広がるよう自然のようなおおらかな心を持っていますよ。都会如きのようなあいったあ?!あっだ!」
二個連続命中。
とても痛そうにうずくまるカシワ。
「人を馬鹿にするからそういう目にあう」
「ええい、やかましい!――っていうかこれちょっとやばいですよ!」
そう言って、カシワはいきなり俺の手を引いて走り出した。その途中、三角が何度か空から地面へと降っているのをこの目で確かに見た。
カシワに手を引かれて来た先は
「傘屋?」
「そう。予報では今日はほとんど降らないだろうって言ってたのに当てになりませんよ全く。ほら、降ってきた」
店内から外を見ると、まるで小雨のように、先の尖った三角がパラパラと降り注いでいた。外に出ると死ぬんじゃないかこれ。
「オバチャン、傘二つ!」
「あいよ……」
気がつけば、カシワは恰幅のいい女性から傘を二本受け取っていた。
慌てて財布を出す俺に、カシワは「いいよいいよ、駄菓子ぐらいの値段だから」と言って、一本差し出してきた。
こんなものであの三角をしのげるのだろうかと、疑問に思い受け取る――
「重っ?!」
とんでもなく重かった。
持つには持てるが、これを広げて頭の上で指すのは少し……というかだいぶ厳しい。
カシワは半眼になって言う。
「そりゃそうですよ……雨じゃないんですから……。普通の傘なんて役に立ちませんよ」
「そうは言うけど……これはちょっと……無理……」
情けない姿だとは思う。けれど、これを普通の傘のように片手で扱えるさっきの女性もカシワも絶対におかしいと思う。
「もー……しょうがないですねえ……おばちゃーん! 一本返す!」
カシワは俺から傘を取り上げて、店の中に立てかけてから外に出る。
そして、ずいっと身体をこちらによせて、手を高く上げて、俺と自分の身体が傘に収まるように広げた。
「仕方ないから……これで行きます……」
つまり、相合傘というやつだ。
「もっと身体寄せてください」
「いや……でも……」
「雨じゃないんですってば。気を使ってたら肩口ズッタズタになりますよ」
そう言われては、仕方がない。遠慮ガチに、カシワに身を寄せる。
そして、自分より背丈の高い俺に合わせて傘をさすのはさすがにしんどいだろうから、支え程度に俺も傘を持つ。
油断したら手と手が触れてしまいそうだ。
さっきまでの和気あいあいっぷりはどこへやら。
どこかぎこちなく、一つの傘の下でゆっくり歩いている。周りは三角だらけだ。
なんだか、妙にドキドキする。これはあれか、そう、許されることなのだろうか。
「そういえばさ、カシワちゃんっていくつ?」
「19ですけど……」
まさかの三つ下。いや、だからなんだというわけではないが。
というかもっと、中学生ぐらいだと思っていた。小柄な体をしているし、多分三つ編みが子供っぽさを後押ししているんだと思う。
でも、色が白くてとても美人だな。
「な、なんですか……?」
「いや、ごめん」
「やっぱり都会の女の方が綺麗だなあとか、そんなことを思っているんでしょう」
「思ってないよ……。正直カシワちゃんみたいな美人、都会でもあまりいないよ」
「へっ……」
「あっ……」
ゴホンと、咳払い。
なんだこれ。相合傘一つで世界が変わったかのような気分だ。
いや、まあ、ムードはないのだが。主に傘にビシバシあたって周りに散らばる三角のせいで。
「着きましたよ」
その一声と共に、傘が閉じられる。その代わりに、頭の上には屋根があった。
どうやら、目的地の民宿へと辿り着いたらしい。
「案内どうもありがとう」
「いえいえ。私もしばらくこの中にお邪魔します。そろそろ本降りになりそうなので」
「本降り……下手に外に出たら死にそうだな……」
「ええ……毎回何人かが……」
「そ、そうなんだ……」
聞きたくなかった情報だ。
そういえば、一番聞きたかったことをまだを聞いていなかった。
「これ、なに?」
強めに降り注いぐ三角を指さす。
「この辺りの土地神様はね、人間の感情が食べ物らしいんです」
「いかにも田舎らしい……」
「でも、苛立ちとかの悪感情はあんまり好きじゃないらしくて、食べないんですよ。だから、四年に一度の周期で、食べずに溜まった悪感情とかを降らすんです」
「それがこの三角……」
あたるとやたら痛いのも、悪感情だからか。
「ああ、後付け加えると、本降りの時は、なるべく心を無にした方がいいですよ」
「なんで?」
「本降りの時に強く感情が揺れたりすると、その感情がそのままその人の周りに降ってくるんです。この辺りのカップルの別れる原因第一位だったりしますよ」
「地味に凄く嫌だな!」
では、そろそろ中に入りましょうと、入口に傘を立てかけて、カシワは引き戸を開く。
そして、一歩踏み出した瞬間――
「きゃっ」
「危ない!」
足を滑らせて転びそうになったカシワの身体を慌てて受け止める。
なんだか抱きしめるような形になってしまったが、今は許してもらおう。
「あ、あ、ありがとうございましゅ……」
ザラララ――!
と、カシワのたどたどしいお礼の後に大きな音がした。なにかが降り注ぐような――ああ、本降りというやつか。
なんのけなしに、後ろを振り返ろうとした時――
「み、見ないで!」
カシワが叫んだ。その顔はどういうわけか真っ赤だ。
一体どうしたんだろうと、考えた視界の隅に、さっき降り注いだ三角が転がりこんできた――いや、その形は三角ではなく。
「あああああぁぁ――――」
綺麗なハート形だった。
三角の降る季節 林きつね @kitanaimtona
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