5.多重解決
「はじめに考えたのはAさんが去年までの三年間、他の店でケーキを買っていた可能性だ。つまらない仮説だが、否定する材料もない――今のところはね」
「今のところ?」
「後で。次は思いついた自分が嫌になるような仮説だ。Aさんにとって二月二十九日は、二月二十八日や三月一日では代用できる日ではなかったという仮説だ」
「代用できる日ではないってどういうこと?」
「Aさんは若い頃に離婚したそうだけど、そのきっかけが子どもの死産だったとしたら――そして、その日が二月二十九日だったとしたら? 彼女にとって、子どもの誕生日は絶対に他の日では代用できなかったはずだ」
町田がはっと息をのんだ。そういう答えは想定していなかったのだろう。
だからぼくは手のひらを強く握りしめる。町田が望んでいるのはつまらない答えや、悪趣味な答えなんかじゃないってわかっているのに、どうしても遠回りせずにはいられない自分への嫌悪のあまりに。
ぼくなんか放っておいて、もっとキラキラしてる誰かのところへでも行ってしまえよ。そう言いたくなる。でも、町田はまっすぐにぼくを見て言うのだ。
「生野の推理はそれで終わりなの?」
「……女子から男子に贈り物をするのって、勇気がいるんだよな」
ぼくが問いかけを無視してそう言うと、町田は虚を突かれたような表情を浮かべてから「そりゃあねぇ」と言った。
「内気な女子にとっては誕生日にプレゼントを贈ることさえしんどいかも知れない。でも、四年に一度しかない特別な誕生日なら、いつも以上に勇気をもらえるってこともあるかも知れない。それが一回目のバースデーケーキだったというのが、ぼくが最後に思いついた仮説」
「……一回目ってことは、二回目は違ったの?」
「ここからは妄想だけど、一回目のバースデーケーキの後も、二人の仲はなかなか前に進まなかったんだと思う。それが三年間の空白の理由。でも、この一年のうちに二人の関係が大きく進展する出来事があった。そういうタイミングで二月二十九日が訪れたなら――それは二人の新たな関係の始まりを祝す記念日となりうるんじゃないか?」
町田がぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「『メッセージプレートを二つまでつけることができる』と言ったよな。もう一つには何て書いてあったんだ?」
「これからも、末永くよろしくお願いします、って」
そう。町田はハッピーエンドの結末を知っていた。そこにたどり着いて欲しくって、ぼくに謎を持ちかけた。言葉にしてしまえば、それだけのことだ。
「さすがだね。探偵団を再結成した方が良いんじゃない?」
こういうのは推理とは言わないよ。問題編がおわるやいなやにこにこしはじめるんだから、悪い話ではないことぐらい察しがつくというものだ。
「じゃ、これ。依頼料」
町田はぐいと小さな袋を押しつけると、ダッシュで走り去っていった。
「ホワイトデー、期待しとくねっ!」
遠くでそんなことを言う。これはバレンタインじゃなくって、依頼料では? と突っ込む間もなかった。
袋を開けると、案の定ソレイユのプチチョコケーキが入っていた。四年ぶり――あのときは団長お疲れ様という名目だった――と同じ味は、苦くて、甘くて、やっぱりとても美味しかった。
閏年限定バースデーケーキ事件 mikio@暗黒青春ミステリー書く人 @mikio
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