金枝片
人生
四度目の挑戦、「私」にとって初めての邂逅
思うに、きっと私はテストというものを好きになっていた。
学生、若かりし時分にとって、テストといえばネガティブなイメージが付きまとうものだ。
己の学力を測り、成績を決定する。そのことに抵抗があるのは分かる。生憎と私は学校を途中で辞めてしまったために、当時の私のテストに対する感情は定かではないが――
今の私は思う。きっと私はテストが好きだ。
自分のこれまでの努力を評価する公的な機会。己の実力を試し、周囲とそれを競い合う。
今の自分の実力は如何ほどか――結果はどうあれ、それを知ることに私は至上の喜びを覚えるのだ。
かなうのならば上々だけど、かなわないこそより燃える。
二月二十九日――俗にゴーストデイと呼ばれる、四年に一度現れる二月の末日である。
あろうことかその日は、私の最も大切な人の命日だ。
月命日なら毎月訪れるが、あの人の死んだ二月二十九日は四年に一度しか訪れない。
だから――という訳ではないけれども。
その日、私はJIINに足を運んだ。
目的は、JIINの敷地内にある霊園――あの人の眠る場所。
瑞々しい緑の中に、いくつもの灰色の十字架が立ち並んでいる。
人工物で溢れているにもかかわらずひと気のない、静かで落ち着いた雰囲気を私は気に入っていた。
目指す墓標の周囲は開けていて、降り注ぐ陽光が青々とした芝生をきらめかせている。
夜に来るとその静けさが不気味に感じられたが、日中に来るとその印象は大きく変わるものだ。あの芝生の上で昼寝でもしたら、さぞ気持ち良いだろう。
思わず唇が緩むものの、今の私はマスクで口元を覆っている。この場所に不釣り合いな笑みは、今は誰の目にも入らない。
黒いスーツに身を包み、腕には花束をかき抱く。今の私は、親しい人の墓参りに訪れたしがない参拝客に過ぎない。
つかつかと歩を進めていた私は、それを目に留めふと足を止める。
私が昼寝を夢見た墓標の前に、黒い影が差している。
「…………」
それは、喪服を身にまとった長身の女性だった。
私の気配に気づき、その人はわずかに振り返る。
その顔は黒いベールに覆われていて、白いマスクで口元を隠す私とは正反対に、白い口元を晒していた。
薄いピンクの唇が、かすかに開く。
――四年に一度、その人は墓標の前に現われる。
名を、「
まるで彼女は、ある日を境に突然この世に現れたかのように、それ以前の記録がまったく存在しないのだ。
言い換えるならそれは、彼女はある日を境にこの世に誕生したということだ。
「こんにちは」
彼女が、口を開く。品のある、落ち着いた声だ。
「ええ、こんにちは」
私は、軽く驚いたような風を装って応えた。
彼女は、私を知らないだろう。
だけど私は不謹慎にも、この邂逅を待ち望んでいた。
四年に一度、あの人の墓参りに彼女がやってくることを、ずっと。
「お墓参り、ですか?」
私は尋ね、彼女を見、そしてその前にある墓標に目を向ける。
そこには、鮮やかな深紅色の花束が飾られていた。
「ええ、」
彼女は頷く。今日は、私の知人の命日なの、と。
「奇遇ですね、私もそうなんです――」
もしかして、あの人をご存知なんですか、と私は尋ねた。
「ええ、古い友人なの」
「そうなんですか……。知りませんでした、こんなきれいな方と知り合いだったなんて」
「ふふ、お上手ですね。あなたは、あの方とはどういったご関係で?」
「……あの人は、私の大切な人です。この世で、たった一人の」
私はこの四年間、ずっと彼女を――ヤドリギを、捜してきた。
しかし、彼女がこの世に現出するのはたった一日、それも四年に一度のこの日だけ。
一つ、聞いておこう。
「どうして、今日は墓参りにいらっしゃったんです?」
「故人を偲ぶためですよ。あの方は、四年前の今日……四年に一度だけの今日、亡くなったのですから」
そう答えてから、彼女は少しの間を置いて、
「こうして……あの方の死を悼むと、私は自身の生を強く実感するのです。あの方のぶんまで生きなければ、と。まるであの方に励まされているかのような心地になるんです」
「同感です。私も、今年こそは、と――そう、叱咤されている気分になります」
花束を手に、ヤドリギに向き直る。
「きれいな花ですね」
「ええ、そうでしょう――あなたのために、選んだ花だ」
その花言葉は、「復讐」という。
世間一般からすれば、それはきっと推奨されない行為だろう。
物語の定番文句、「復讐なんて意味がない」――それは、部外者だから言えることだ。
相手を殺しても仕方ない。失ったものは戻らない。
そういう、問題じゃない。
善悪や正否は関係ない。
復讐とは、いわば人生の節目である。
就学、就労、結婚、出産、育児――そういった、誰しもに訪れる人生の節目。その一つ。
ただ、他より少し強い意志が必要で、能動的であらねばいけないというだけ。
自らの気持ちに決着をつける、そのために必要な一つの契機。
なればこそ――
私はこの日のために、人生の全てを懸けてきた。
復讐の先に何があるのか、そんなものは全て終わった後に考える。
きっと疲れるだろうから、日暮れ前に赤く染まった芝生の上で目を閉じようか。
そして目を覚ましたなら、その日が私の誕生日。
花束に隠した撃鉄を起こす。
――私の名前は「
ずっとこの日を待っていた。
さあ存分に試そうか、今度の私はあなたを超える。
これは復讐、四年に一度の
「残念です」
――
「また四年後に」
金枝片 人生 @hitoiki
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