ウィークエンダー・ラビット ~スクールバスの怪談~

リューガ

全ての終わりなき物語に関わる人と、奇なる現実に立ち向かう人へ

その女性は、太っていることと、背が高すぎることを気にしています。

でもウエストはダイエットに成功してくびれてるし、背の高さは存在感あるし。

つまり、グラマスな美人。

すなわち、某動画投稿サイトで歌動画を投稿するのに、まったく問題ない。

だから、気にしなくて良いと思うんだけどな。

「思い切って話すよ〜♪

悪くとらないでね……」

その美女、月島 綾香さんの名曲は響き渡る。

明るかった歌声が、憂いを帯びていくところが、とってもスムーズ!

ああ、なのに何で我がハテノ市立ハテノ中学校の空き教室は美しくないんだ。

古くて傷ついたフローリング床と、端につまれた使わない椅子と机。

掃除はしたけど未だにホコリがあるような気がする、見るからにミスボラシイ室に。

日本の義務教育の敗北ではないか!?

「どうしたの、うさぎ。うなったりして」

親友のアンナがのぞき込んでいた。

安凪・トロワグロが青い瞳で。

「え? 私うなってた?」

心配そうに、うなづかれた。

きっと私は青ざめて、目の間にシワがよっていたんだろう。

対するアンナは、うらやましい。

アンナの黒い肌は、緊張からくる青ざめやシワはない。

フランスから来たママゆずりは、冬でも立派にメラニン色素を生成して、なまめかしいほどだよ。

いや、なべかしましい? なめこがまじい?

お、落ち着け!!

佐竹 うさぎ!!

そうだ。

関係ないことを考えて気をしずめよう!


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


バースト。

怪獣。

ハンター・キラー。

ウイークエンダー・ラビット。

バースト!

怪獣!

ハンター・キラー!

ウイークエンダー・ラビット!

①バースト

20年前に発生した世界規模での超常発生現象。

人間から、異能力者が現れた。

ここにも炎を飛ばす能力者、平 時鳳くんがいる。

この人たちは、国立の彼ら専門の学校、魔術学園に通っている。

関係はないが、あちらの空き教室は、どれでもゴー☆ジャス。

全面ガラス張りが円形で並び、絨毯はシミひとつなかったりする。

扱いが丁寧なのか、もしかすると、いつもリフォームしてるのかもしれない。

②怪獣

文字どうり、怪しい獣。

サイズはポケットに入るものから、普通の動物の姿をしたもの、何十メートルもある巨体のものもいる。

異能力者と同じ力を持ち、人間的な意思を示すこともある。

時には嵐や地震などの自然災害を引き連れてくる。

そして、その強大な力を狩猟に使う捕食者が、ハンター。

③ハンター・キラー

ハンターを狩る者。

私の週末の仕事。

④ウイークエンダー・ラビット

私の乗る巨大ロボット。

鉄板を溶接したゴツゴツ装甲は、首さえない。

鉄骨を組み合わせて防弾ガラスをはめ、各種センサーを詰め込んだキューポラだね。

せめてものオシャレに、鮮やかな赤に塗りぬいた。

格闘戦に特化した人型。ただし脚は逆関節。

バースト直後に計画がスタートした第一世代。

バーニング・エクスプローラー型2号機。

高さは53,1メートル。

重量1,822トン。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


ああ。

落ち着いてきた。


しめたカーテンの向こうは、もう真っ暗。

気温なら温暖化で暑くなるかもしれないけど、自転と公転を変える公害はないんだね。

今は11月の午後6時半。

集まったのは、6人の高校生と4人の中学生。

この街には高校と中学が2つづつあるから、制服は8種類。


それが、帰る間を惜しんでやって来た、私たちの動画制作集団「久近今来くきんこんらいシャイニー☆シャウッツ」

久遠刧来という仏教用語がある。

遥か彼方の、ずっと以前から。という意味。

私たちは、見ている人がもっと近くに感じてほしい。

いろんな物事を共有したいという願いを込めて、久近今来の言葉をつくった。

シャイニー☆シャウッツは、直訳すれば輝けるさけびたち。

未来への提言、みたいな意味をこめたつもりだよ。


私たちの住むのは、ハテノ市。

過疎になやむ日本の果て。

だから何かしようとすると複数の学校から集まったほうが都合がいいの。

その分、学校を飛びだした分、各々の技量と熱意は高いと自負しております。

今日はつぎの新作動画のテーマを決める、グループ内オーディション。

机に並んだタブレットとノートパソコン、スケッチブック、紐で閉じた作文用紙の束、それに立てかけられたギターはその証し。

その中で、自分の声だけで勝負する乙女がひとり。

それが月島 綾香さん!

市立ハテノ高校2年生!

「Don’t sleep through life。

Don’t sleep through love。

そばにいて」

ああっ。ステキ。

「Don’t sleep through life。

Don’t sleep through love。

信じて……」

綾香さんの歌が終わった。

歌にふさわしい割れんばかりの拍手と、ほめ言葉が響く。

綾香さんは、照れた様子でおじぎしっぱなしになった。

全くかわいいな……。


「つぎ。うさぎ」

リーダーに呼ばれた。

真脇 達美さん。

わたしが伸びた分、ますます身長差が開いた、小さな女の子。

ボーイッシュな短い髪。

その赤い髪から猫耳が、お尻からおなじ色の尻尾が生えた、いかにもケモノ耳キャラ。

頭に収まってるのはネコの脳と量子コンピューター。

いまのご時世、その容姿は全く珍しくない。

その全身が兵器だということをのぞけば。

彼女は魔術学園高校の制服は着ていても、生徒ではない。

備品、つまりペットという扱いになるんだ。


でもそんな事はどうでもいいんです!

彼女はかつて一世を風靡したスーパーアイドル!

引退してもなお、シャイニー☆シシャウッツを1日で10万回再生。

業界ベスト20から30クラスの人気チームに育てた立役者!

ギュ。

なにかに心臓を握られたみたいな、痛み。

そ、そうだ。

どれだけ一時的に落ち着いても、発表そのものには関係ないんだ。

お、おちつけ。

わたしは50メートル級、100メートル級どころか、1,000メートル級の怪獣にも立ち向かったんだぞ!

そ、そろそろ心のひとり語りにも、ああああああ飽きてきた。

そう自分に言い聞かせ、思い込ませながら、汗ビッショリの手で作文用紙をつかんだ。


「ハテノ中学校2年。佐竹 うさぎです。

特技は実家のファミレスで鍛えた料理です。

今回は、スクールバスの怪談からーー」

ぐ~~。

お腹のムシが、自己紹介をひきさいた。

クスクス笑いが這いよる。

「オイオイ。東京でのオークションじゃないんすよ」

ヤジだ。

この声、筋金 兼夫くん。

うちの中学の1年。

綾香さんのときとは違い、ヒソヒソヤジがジャマをする。

私はそれでも発表を続けた。

気をつけるのは、セリフの前に一呼吸おいて、それぞれにふさわしい声を入れること。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


人食いスクールバス

平成の大合併って、知ってますか?

バーストより少し前、日本中で小さな村や町が、一つにまとまるのが相次ぎました。

人口の少ないところでは、お役所があっても人がいない。

だったら一つにまとめて大きな役所にしようという政策です。

まとまったのは、学校も同じでした。

それまでの小さな学校は閉校になり、大きな学校が新しく建ちました。

伸びた通学路にはスクールバスが走ります。

始まりは、そんな時代のことです。

そのバスを通勤に使う1人の先生がいました。

名前は仮にA介としておきましょう。

A介先生は当時、とても厳しいことで有名でした。

体は熊のようにたくましく、声はカミナリを想わせるほど大きかったのです。

その先生が、マイクを持ってバスから叫ぶのです。

バス停にくると「あと10秒だぞ! 」と知らせます。

その声がまた凄まじく、遠くにいても内臓が不気味に揺れるほどだったと言います。

停車時間は10秒。

これは、A介先生が勝手に決めた時間です。

「9、8、7、6……話をするな! さっさと乗れ! 」

バスには子供だけではなく、大人も乗ります。

それでも態度は変わりません。

カウントダウンは、タイムウォッチを使って正確に測ります。

そして10秒たつと。

「3、2、1、ゼロ! 行ってよし! 」

目の前で駆込む子供がいても、突き落とす。

そしてバスを走らせるのです。

バスを運行しているのはバス会社の人。

A介先生に従う義理はありません。

他にも大人はいたし、マイクを使っているから外にも聞こえたはずです。

でも、見た目と声の恐ろしさで、誰も逆らえないのでした。

A介先生の言い分はこうです。

「時間を守ることは、社会において当然のことである。

ましてやバスは、時間を守ることが前提条件である。

それが、自分の教え子のせいで崩されるのは忍びない。

遅れた者は、親に送ってもらうかすれば良い。

社会のルールから外れると、さらに多くの人に迷惑がかかる。

その屈辱からルールを守る意思を養うのだ」

でも実際は、自分の見た目と異様な声で周囲を恐れさせ、その行動を子供たちへ責任転嫁しただけのものでした。

そんなバスの暴君にも、終わりの時がやってきました。

その日は、夏の暑い朝のことです。

A介先生は、汗をかきながらも叫びます。

「3、2、1、ゼロ! 行ってよし! 」

バスのドアが閉まり、走りだそうとします。

その時でした。

「先生! 置いてかないで! 」

遅れてきた子供が、飛び込んできました。

この子は仮に、B太郎としましょう。

A介先生は、顔を真っ赤にして怒鳴ります。

「ばかもの! お前にこのバスに乗る資格はない! 」


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


「なんでスクールバスの怪談ーー」クスクス。

またもや筋金くんのヤジ。

「何が悪いんだよーー」

相手は平くん。

筋金くんとは中1同士で仲がいい。

「うちは歌で有名なんであってーー」

「ヤジは禁止だと言ったはずだぞ」

アッサリ、筋金くんの声は真脇さんに引き裂かれた。

「怪談は嫌いなんすよ」

意外。筋金くんは引き下がらない。

それとも怖いもの知らずなのか。

「卑怯くさいっす。

幽霊でも妖怪でも、人間が知らなくて当然のことをネタに脅して。

じゃあ、なんで今まで知られなかったんだ。としか言えないっしょ。

なのに怖がる。しか選択肢がない。

無理やり怖がれ。と命令されてるみたいで嫌なんすよ」

……そんな薄い描写にしたつもりは、ないんだけどな。

それに、死角から襲われるのは交通事故にも通ずる、根源的恐怖だ。

そのとき、真脇さんに謝られた。

「うさぎ。ゴメンだけど時間をちょうだい」

私がうなづくと、真脇さんは改めて語りだした。

「こうも言ったはずだよ。

自分に関係のないことでも、相手の情熱に共感することはできるって」

またもヤジがくる。

「あったってしょうもない情熱もあるっしょ」

でも、真脇さんはそれを否定しなかった。

「確かにそうね。

私のウリは情熱的なこと。

ネコで兵器で、歌って踊れるという意外性。カリスマ性もある。

だけど、それだけでは何にもならない」

そして、ホワイトボードに歩いていく。

「考えてもみなさい。

10万回再生と言ったって、日本の人口である1億から見たら0.1%。

ファンが動画を一回だけ見て満足する事はありえないから、1人10回以上見たとする。

すると、私たちのファンは1万人を超えない事になる」

まるで視線が熱か圧力となって、私たちを圧倒するようだ。

張り切ってるのかな。

今日は魔術学園の音楽部たちがいないから。

彼らは今、ハテノ高校吹奏楽部をはじめとするライバルとの激戦を制し、県のクリスマスコンサートに向けて特訓中なんだ。

「そこから有料のダウンロード、コンサートなどに手をだす人となると、さらに少なくなる。

さらに人気なグループが20から30あるんだから。

彼ら以上の売上をだしたいなら、よほどタイミングよく発表するしかない。

でもそんな事は他も考えるから、事実上不可能だよ」

形が変わらない機械の目。そのはずなのに。

真脇さんの彼、鷲矢 武志さんは、その目がよっぽど好きなんだろう。

同じタイプのサイボーグボディに、ノーマルの高校2年の脳を収めた、その目は潤んで見えた。

あ、真脇さんの圧に対抗できる数少ない1人。

塚原 栄恵さんは兼夫くんをギロリと睨みつけている。

私の次に発表する予定だった、綾香さんの同級生で親友。

それにブラスバンド部内で綾香さんと2人だけの軽音班を立ち上げた、本気少女。

そのプライドはいかばかりであろう……。

「他の視点からも見てみましょう。

テレビ番組は、視聴率が1%になると打ち切りが話し合われる。

それでも1億人の1%なら、100万人。

動画投稿で300万回再生されれば超有名とされるけど、実際に見ているのが再生数の1割くらいだとすると、30万人にしかならない。

お金儲けするなら全然足りないよ」

今まで言った数字を、ずっと使われていないホワイトボードに書きつけていく。

本物の先生みたい。

そして数字で示される冷徹な事実。

それでも。

「でも、大きな影響力を持つ事はできる。良いことだってできるよ。

それは自分を持つこと」

そう。それがシャイニー☆シャウッツの理念。

「もともと世の中なんて謎だらけで合理的でも何でもないんだよ。

だからこそ、おもしろい。

東京スカイツリーは武蔵の国にあるから、634《むさし》メートル。

フルマラソンは42.195キロ。

不死身と言われるサイボーグでも死ぬのは怖い。

巨大ロボットのパイロットでも幽霊が怖い。

こういう荒々しいイラストレーターだって……」

そう言ってスケッチブックを開いた。

それは、筋金くんの物だ。

様々な背格好の人々。建物。車。

アクション漫画の模写などが、シャープでギンギンにとんがった絵で描かれている。

ウエディングドレスや魔法少女など、女の子が好みそうなものも一応ある。

でも、ドレスの柔らかなレースはギンギンにとがり、まるでハリネズミみたい。

ウイークエンダー・ラビットもあった。

赤い装甲をうねらせ、怪獣と戦うシーンを、4ページにわたって精密に。

……わたしに気があるのかな。

「これこそが生きる意味。生まれて来た目的!

そう言える個性を使うんだ」

真脇さんはそう言って締めくくると。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


わたしは幽体離脱したような、何者かの手に体から魂を引きずり出されたような気持ちを味わった。

生まれて来た目的。

その一言がわたしを過去に引き戻す。

わたしは本当の親を知らない。

物心ついたときには、ウイークエンダーとセット販売されるコントローラーとして育てられていた。

雨風はしのげたし、美味しいごはんもでた。

楽しい思い出を共有できる仲間もいた。

彼らのためならば、今からでも戦っても良いと思う。

育てたのはときの為政者と、お金持ち達たち。

多発する異能力犯罪に対抗したい。

しかもノーマルが侮られないため、異能力に頼らない戦力が欲しい者。

バーストで得た知見を、実際に試したい者。

両者は手を組み、自分たちが何者であるかを示すために、武器は巨大な人型にした。

はっきり言って、人型ロボットには無駄が多い。

それでも、そのとき得られた新技術があれば、補いがつくと彼らは考えた。

確かに、楽勝できる日もあった。

そんな日は、みんな誇らしかった。

まるで天から遣わされた天使の気分だった。

でも、あの日がやってきた……。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


「わかる! 分かるよ!! 」

イスを大きく鳴らし、アンナが立ち上がった。

その声と音で、わたしは暗い過去は、あれ? どこ行った?

「死が怖いなら、交通事故防止キャンペーンに協力すれば良い。

自分からは、得意の技術を提供すればいい!

そうすれば、自分のファンとキャンペーンの参加者。

合わせた数だけ影響を及ぼせる! 」

拳を握りしめ、アンナがシャウトする。

「そう! それよそれ!

人が増えれば力が増える。

あとは、より取り見取りよ! 」

真脇さんがうれしそうに肯定してる。

あれ、圧や熱に対抗できないのって、まさか私だけ?

「アンナちゃん、すごいわね」

綾香さんが目をパチクリさせてる。

よかった。私だけじゃない。

パワフルだなアンナ。

さっきは、救われたと言って良いかも!

ところがわたしの救い主は、魂が抜けたように、音を立てて椅子に戻る。

「ところが、ウチのパパはつまらないんだよ。

もう裏切り者よ」

気弱な話し方だ。

幽霊が取り付いて、乗っ取ったみたいに見える。

「ウチのパパは、バンドをやってたんだ。

『涼宮ハルヒの憂鬱』とか『らき☆すた』とかわかる?

そういうアニメの歌のカバーバンド。

その人気で市立中と高校で、軽音部を立ち上げたんだから、なかなかのもんだ。

しかも、魔術学園の大学生をお嫁さんにした。

今よりもっと差別がきつかった時代に、フランス語まで勉強してだよ」

パパさんの過去を語る時は、笑顔をが浮かんだ。

でも、ため息がそれを変える。

「それが今じゃ、パン屋のルーチンワーク。

カラオケさえ行かない。

バンドをする仲間がいないとか言い訳してるけど、今のご時世作詞も作曲もAIがやってくれるんだよ。

デモの歌つきで1時間かからず作れる。

そこから改良したって良いじゃない! 」

そうだ。

アンナのタブレットに入った新曲も、そうやって作ったんだ。

「パパは、昔の熱意を忘れてるのよ! 」

あの子は自分の根っこ、生まれた意味がなくなることを恐れてるんだ。

「耳がいたいな」

ガラガラと扉が開き、大人の男の人が入ってきた。

「あ! パパ! 」

アンナは、いきなり笑顔になった。

……いま、残像だ。顔に残像が見えた。

やって来たのはアンナのパパ、良輔トロワグロさん。

手にした大きなカバンを上げて見せた。

けっこう重そう。

「帰り、遅くなるだろ?

お腹が空きすぎると困ると思って、差し入れだ」

おおっ! とどよめきが起こった。

けど、それを追いやるシャウトがあった。

「さすがパパ! 愛してる! 」


アンナのパパが持ってきたのは、売れ残りのパン。

足りない分はおむすびを作ってくれていた。

「時鳳! カレーパン取りすぎっす! 」

「これが多いんだよ。偶然だよ」

「そこに愛はあるんすか!? 」

一部では見苦しい争奪戦が起こっている。

かと思えば、静かな雰囲気をまとった男性もいた。

鷲矢さん。

あのヤンチャな真脇さんとは、正反対の性格。

なのに付き合いきれるというのは、やっぱりすごいな。

その彼が、自分の頭ほどもある巨大なシュークリームを前に、何か考えている。

「考えてみれば、僕らにとって働くのも車を運転するのも、ファンタジーなのかもね」


「何? なんの話? 」

綾香さんと栄恵さんが寄ってきた。

「大人の事は、身近なようで分からないことが多い。という話」

鷲矢さんの一言で、教室が静まり返った。

わかるかも。

わたしもロボットのことをクラスメートと話していると、なんでそんなことも知らないの? って思うことがあるもの。

「腹が減ると、ろくな事を考えないって、本当っすね」

あの筋金くんも、何か感じたようだ。

静かな、しかし冒しがたい空気が生まれてくる。

わたしもその一部を、担えたらいいな。

「ど、どうしたんだ。みんな」

アンナのパパは、すっかりうろたえてしまった。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


もう、7時か。

差し入れを食べていたら、教室を借りる予定時間を過ぎてしまった。

わたしから後の発表は、明日へ持ち越し。

それと、これからはなるべく早く帰ろうと決まった。

大人を、家族の事を、もっと知りたいという気持ちが高まったから。

学校をでて、長い坂を下ればバス停がある。

朝の通学ラッシュにも切り返しが自由自在の、あき地付き。

そこでお別れだ。

ちょうど良くバスが入り込んできた。

明るい肌色に、そよ風を思わせる赤いラインの入った車体。

真脇さんと鷲矢さん、栄恵さんはそれに。

他にも5,6人乗り込んだ。

わたしは、空き地のすみに止まったトロアグロ家の車で送ってもらえる。

残りは歩いて。

バスが走りだす

そして数分後、車に乗ろうとした時、突然に携帯が呼んだ。

「真脇さんだ」

車に乗ってから応答する。

でも、聞こえてきたのは何かの砕ける音。

送られてきた動画も、なんだか分からなかった。

混乱の末……やっと連想できた。

咀嚼される口の中だ。

歯に見える青い物は、さっきのバスのシートで。

音も映像も、激しさを増していく!

この映像は、真脇さんの見て聞いたものを、そのまま送ってきてるんだ!

「た、大変だ! 」

シートが、真脇さんのパンチでひん曲がった。

そして振り向く。

そこでは鷲矢さんが同じように戦っている。

足元に栄恵さんや、巻き込まれた人たちを集めて庇っている。

真脇さんも駆け寄る。

『あんたは何!? どうしてこんな事するの?! 』

その真脇さんの叫びは、バスに向けられたものだった。

返事はない。

代わりに、金属の曲がるけたたましい音。

車体全体が狂ったように揺れ、縮みだしていた!

胃が、食べ物を砕くためうごめく。

そう連想できた。

その時、アンナのパパが車を動かし始めた。

「止めて。車を止めて! 」

急停車、急いで飛び降りた。

「お願い、何も聞かずに逃げて。さっきのバスからできるだけ逃げて!! 」

それだけ言うと、今度は家に連絡する。

『はい。割烹料理屋いのせんすです』

タイムラグなしでつながる。

これだからアンドロイドは素晴らしい。

「お母さん? ウイークエンダーをだして! 今ここに!! 」

後ろでアンナが呼んでいる。

「ねえ、何の話? 」

カミナリのような、目に焼きつくような白い光が見えた。

それは真っ直ぐ天を突き刺す、4本の弾道。

一瞬遅れて、熱で押しのけられた空気の音が。

バリバリ、ズドーンッ!

後ろで車が走りだす。

こっちはそれで安心……と思いたい。

『今のは真脇さんと鷲矢さんのプラズマレールガンの音? 』

お母さんには脳などの生体部分は無い。

完全な機械だから1発で脅威を感じ取ってる。

当然子供は作れないけど、嫁入り道具としてきた私たち3人がいるから大丈夫。

「そうだね。

わたしは市立高校の下のバス停にいるから、そこに下ろして! 」

消えたプラズマの軌道を、今度は二筋の赤い軌道が駆け上がる。

2人のジェットエンジンだ。

わたしはふたたび真脇さんと通信する。

軌道は鋭いカーブを描き、地上を目指す。

送られてくる暗視映像。

鷲矢さんが先行している。

背中には黒いカーボン製の鳥のような羽根。ジェットを吐く。

地上では、走って逃げる乗客たちがマークされている。

よかった。全員いる。

そしてバスは。

……あれがバス?

車体の色が違う。

さっき見た肌色に赤いラインが走ったものではなく、青一色に変わっていた。

前後左右についている黄色いマークは、通学路のマークだ。

日本のどこかのスクールバス。

でも内側にめり込み、うごめく姿は大蛇のようだ。

真脇さんと鷲矢さんの両手がバスを向く。

手のひらに、あの雷の力が高まる!

一瞬、4本の雷が真っ直ぐ飛んで。

バスの左側面が炎に包まれた。

きっとタイヤは吹き飛んだだろう。

ジェットがまた鋭い軌道を描き、上昇。

すぐに降下して、今度は右側面を焼いた。

(もう、あの2人で大丈夫じゃないかな)

そんな甘い考えがうかんだ。

でも、頭から追いだした。

大人しくネットや本に載っているだけが、あれの能力とは思えない。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


さっき話せなかった怪談の続き。

かいつまんで言うと。

①生徒ともみ合いになった先生は、夏場で汗をかいていたこともあり、外に転落。

②運のないことに、バスの運転手が慌てて、停車前にドアを開けてしまう。

③頭から転落した先生は、そのまま死んでしまう。

④それからと言うもの、先生は幽霊バスとなって各地に現れ、遅刻した生徒を乗せて、どこかへ連れ去ってしまう。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


どこかって、どこよ。

あのバスが本人の先生なら、後で聴いてみよう。

筋金くんの言うとおり、怪談は卑怯くさい。

だから、最後に脈を測るまでは安心できない……。

お化けの脈の測り方って、どうやるの?

ゴゴゴゴゴ

真脇さんたちよりさらに大きい、ジェットの音が近づいてきた。

お父さんとお母さんだ。

キッチン戦艦と誉れも高い、雷切がやってくる。

全長100メートル。

茶と緑のまだら模様。

幅広の胴体に左右に伸びた主翼。

我が割烹料理屋いのせんすが誇る宇宙急襲艦。

本当なら3機の巨大ロボを乗せられるけど、整備の関係で今日はわたしだけ。

降下のショックに備えて、物陰に隠れる。

激しい噴射が、雷切を空き地の上に制止させる。

胴体下が開く。

ワイヤーで降りてくるウイークエンダー・ラビット。

レーザープロジェクターで地上に立ち入り禁止の表示を描く機能もあるけど、あの威風堂々たる姿を戦場で見れば、近づきたがる奴はいないはずだよ。

雷切が飛び去る。

ウイークエンダーは、足のモーター音を響かせて、わたしを迎えるためにしゃがむ。

入口のある背中に向かって走りながら、1,612トンを支える足の裏を見た。

よかった。今日はメリ込んでない。

逆関節だから後ろに突きだしたヒザ。

その間を20メートルほど駆け抜け、内腿の足場を上がる、その時。

ウイーン

背中に隠れたトラックに積まれそうなコンテナが、自動でせり上がっていく。

「まさか! 」

コンテナの正面が、オバケバスの方を向いている。

目には見えないし、音は機械を冷やす換気扇だけ。

けどこのコンテナからは、重さ2トンのミサイルを2秒で焼き切る目に見えない光、レーザーがでている。

もちろん飛行中のミサイルだよ。

それが出ているということは……。


背中のハッチを開けて飛び込むと、まず人1人立てるだけの円筒形の空間がある。

ここで着替える。

制服を脱いでロッカーに放り込むと……先にヘルメットだけつけた。

ヘルメット・マウンティッド・ディスプレイ(HMD)があるから、内側に外の映像を映しだせる。

あとは、足から履いて首で閉じるツナギだけ。

ただし、遠心力がかかって血液が頭から下がった時、空気で足を押さえて送り返す機能がある。

その分、着にくい。

HMDに映されていたのは、予想外のものだった。

もくもくと上がる爆炎。

攻撃に雷切も加わり、新しい炎が次々と重ねられる。

その中に何かが蠢いていた。

バスが大蛇のように変形していたのは知ってる。

でも響く音は、足音にしか聞こえない。

爆炎を、鋭いツメを持つ青いウロコにおおわれた腕が、はらった。

ウイークエンダーの胴体をわしづかみできそうな、巨大な手だ。

その腕に赤く輝くラインがはしる。

ウイークエンダーのレーザーを、かばっているんだ!

ようやく着替えが終わって、となりの操縦席に座る。

同時に、叫びが轟いた。

装甲を超えて、室内の空気を震わせ届く声だ。

ギャオオウン

青い車体は内側からの圧力で引き裂かれ、その度に増殖してウロコのように変わる。

中からみずみずしい赤や白、筋肉や骨などが生まれ、ウロコの下を埋めていく。

どんな恐竜図鑑でも見たことがないほど、身体に対して大きな腕。

その両手が大地を叩いた。

いえ、踏みしめた?

刀のように切れそうな尻尾まである。

頭がバスのままなのは、意外だけど。

肉食恐竜のような怪獣が、そこにいた。


だったらこっちも立ち上がる。

足と背中のブースターで、ジャンプ!

手前のドラッグストアを飛び越える。

そしてバス怪獣に、つかみかかる!

アスファルトを簡単に砕いた爪が、引き裂きに迫ってきた。

両手を突きだしてふせぐ。

そのまま落下。掴み合いながら道路を転がる。

ブースターを使って素早く立ち直る。

バス怪獣はうつ伏せになった。

今だ!

後ろから抱きつく。

パワー全開!

全身が負荷できしみ、それでも動くモーターやアクチュエータが悲鳴のような音をあげる。

でも、ここが我慢のしどころ!

持ち上げて、いまは何も植えていない田んぼに放り投げる!

2階建てのアパートを超えていく。

次はわたしが飛び越える!

アパートの窓は、全部割れて無くなっていた。

泥を巻き上げ、バス怪獣は転がった。

一度ここに落とされれば、500メートル四方は安全だ。

でも、相手の闘志は消えてないみたい。

両手両足で大地を揺るがしながら、迫ってきた!

ここから逃すわけにはいかない!

拳を胸と側頭に、両膝を前にだし、防御をとる。

そこに、体重の乗った頭突きが襲ってきた。

足がめり込む。耐えた!

バス怪獣はイラ立ったように、右拳を振り上げた。

そう。ゼロ距離の攻撃は、そんなに威力はない。

パンチでもキックでも、加速させるまでの距離が足りないからだ。

どうしても加速させるなら、大振りにするしかない!

避けた!

バス怪獣の暴風をまとった渾身のパンチを!

と相手は見せかけて。

さらに加速をかけた、尻尾の一撃!

こっちには、わたしの右拳を当てる!

ガーン

ウイークエンダーの一番装甲が厚い部分は、拳を守るシールド。

箱型装甲の一撃は、刀のように硬くのびた尻尾を、くの字に曲げていた。

ギャアアアン

バス怪獣は、よろめきながら離れる。

私はダメ押しに、1発キックを放った。

歩く時も膝が足元を隠さないし、掴みあっても長いキックを放ちやすい。

逆関節の足は便利だ。

そしてバス怪獣が悲鳴を上げた。

勝てる!

そう確信してきた。

しかし、同時に疑問が沸く。

……このバス怪獣、ルールを破った子供をさらうお化けだよね?

その割には強い人がいる場所を選んで、しかも怪獣化なんて対抗策を講じてる。

……ただ人さらいに来たんじゃない。

……私たちに。挑戦してきた?

「もう止めろ。もう逃げ場はないぞ」

普段は使わない外部スピーカー。

わたしはいたたまれなくなって、呼びかけた。

何というか、相手の心の奥深さ、そんなものを感じたんだ。

バス怪獣は、視線を向けてきた。

バスの正面そのものの顔には、一の字にヒビが入ってーー。

おかしい。

あんなヒビが入る攻撃はあった?

ギシャアア!

バスの表面が、脹れ上がった。

横に伸びたヒビは口になり、体にふさわしい竜の頭に変わる。

「逃げ場はないって、言ってるでしょ! 」

再び右拳を突きだす。

尻尾と引き換えにねじ曲がり、火花を撒き散らしたボロボロの拳。

それでも、鼻面を押さえて止めてくれた。

それも一瞬。

あっさり噛み砕かれた。

次の狙いは胴体。大きくアゴをあけた。

ウロコが間に合っていない。

肉をさらけだした、頼りない牙だ。

わたしは左手を突き上げた。

シールドはださない。

指を一直線にして、首筋に突き刺さした。

刺さった瞬間、バス怪獣は完全に動きをとめた。

引き抜くと、血がドバドバ吹き出すかと思ったけど、そんな事はなかった。

代わりに、頭のウロコが外れ、筋肉がはがれ始めた。

見れば、尻尾もそうだった。

散っていく花びらのように。

やっぱり、この世のものじゃない。

勝利の喜びはない。

それよりも、あいつ自身を知るべきだ。

これがあいつにとっては最初で最後のチャンスかもしれない。

そう思った。

「あなたは誰? どこで何かしたいの? 」

頭の筋肉はすっかり散り、頭がい骨か現れた。

それが、ごろりと落ちたとき。

そこに少女がいた。

古そうな、黒いセーラー服。

洒落っ気のないオカッパ頭。

その肌は白い。

生きているものにはあり得ない、血を失った白さだ。

「せん……せい」

その声が、どこから聞こえたのかはわからない。

スピーカー、あるいは操縦席の空気だけを振動させたとしても記録は残る。

テレパシーかとも思ったけど、それらしきものを感じた人はいなかった。

彼女の唇の動きを見て、わたしが勝手にそう思っただけかもしれない。

直後、バス怪獣はすごい勢いで駆け出した。

頭も尻尾も、本当はいらなかった、と言うように。

行く先には川がある。

手足が縮み始める。

バスに戻っていく。

真脇さんたちに吹き飛ばされたはずのタイヤも、焼けた車体も元どおり。

その姿のまま、川に飛び込んだ!

『川を猛スピードで登っていきます! 』

真脇さんの報告。

『あの動き、タイヤでも足でもないですよ! 』

鷲矢さん。

その2人の赤い軌道に、高められるプラズマレールガンの白い光が重なる。

「や、やめて! 」

その時わたしが取った行動は、普段なら絶対しないものだった。

「発砲しないで! 」

2人とバスの間に割り込んだ。

2つの軌道は上昇。白い光は消えた。

その時、通信がきた。

「お父さん? 」


通信の大元は、アンナからだった。

アンナのパパが、おかしくなった。

今まで通ったことのないような山道に入って、それっきり口もきかない。

曲がりくねった道を猛スピードで走り、まともだと思えないらしい。


私は、ウイークエンダーに乗ったまま雷切に吊り下げてもらうと、そのままアンナを追ってもらった。

真脇さんと鷲矢さんも一緒。

本当に山奥だ。

それでも車の熱はセンサーが反応する。

「……お母さん? 」

『ニュースは2つ。バス怪獣から逃げたあんたの仲間たちは、全員無事だと確認したわ』

そう。

ほっとした。

『そして2つ目。

怪獣の出どころらしい、ニュースを見つけたの』

それは、昔のスクールバスの交通事故のことだった。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


時期は平成の大合併の頃。

亡くなった人の写真は、あの時バス怪獣からでて来た女の子だった。

名前は星野 昇子。中学1年生。


その日、登校時間に走っていたスクールバスに、よそ見運転をしていた自動車が突っ込んだ。

バスのダメージは小さかったものの、衝撃で倒れた星野さんが意識不明。

校則ではバスの搭乗時にはシートベルトの着用を義務付けていたが、星野さんは友人とカードゲームをするため立ち上がっていた。


次の日のニュース。

星野さんは死亡。

同じ吹奏楽部で、遊ぼうと誘った友人は、夢の中で彼女とあったと証言。

ルールを守ればよかったと、一緒に泣いた。と後悔を述べた。

一緒に乗っていた担任教師の大城 直樹さんは無念に声を詰まらせた。


大城先生。

私の怪談でのA介先生とは似ても似つかない、瘦せぎすの男性だった。

去年、都内の中学校で校長先生として定年退職したらしい。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


「謎のスクールバスが連れて行くどこかって、夢の中のことなの? 」

もしかしたら、答えが来るかも、と思ってつぶやいた。

何か聞こえた。と思ったら、お父さんだった。

『内閣諜報操作室から連絡だ。これから行くのは、大城先生の家らしい』

そうだ。

私たちが動けば内閣まで話がいくよね。

アンナの乗った車をみつけた。

肉眼なら昼でも見つけられないほど、木々が生い茂った場所だ。

車の隣には、今にも崩れそうな家があった。

白かった壁は黒ずみ、カビで緑に染まったところもある。

屋根も所々腐って崩れている。

『校長先生の退職金がどの程度かは知らないけど、家を管理した様子はない。

家族やご近所さんらしき動きも、ない』

鷲矢さんだ。

『お金はすべて、贖罪と思えることに注ぎ込んだって感じだね』

真脇さんが言った。

2人と雷切は周りを飛び回って、警戒を続ける。


ウイークエンダーを道に下してもらう。

狭い山中の1車線道路。

山に手をついてしゃがみ、機体のライトで辺りを照らしながら、話しかける。

「アンナ、アンナのパパ。迎えに来たよ」

襲われる気は、しなかった。

車が開いて、2人が見上げてくる。

今のアンナのパパに、変なところは見られない。

安心した表情だ。

その目が下に向くと、突然目をむいた。


何かの警報が鳴った。

内股のハッチが空いてる?

腰の後ろについたカメラが、問題の箇所を映す。

操縦席に続く足場にいるのは、アンナだ。

そこには秘密の取っ手があり、物置が開く。

前に、話の流れで教えた事がある。

冷蔵庫があるけど、ジュースを飲みに来たのではないのは明らかだ。

自衛用の銃もある。

アンナが取りだしたのは、ベネリ社のM4スーペリ90ショットガン。

アメリカ海兵隊でも使ってる散弾銃!

アンナは、手際よく弾丸をこめていく。

「おいおい。そこまで教えた覚えはないよ! 」

私の声は聞こえていたはず。

でも彼女は耳を貸さず、大城先生の家へ駆け込んでいった!

『よせ! 』

アンナのパパが、それを追う。

わ、わたしも追わなきゃ!

シートベルトとヘルメットを外し、機体後ろのハッチへ走る。

『待って! 待ってうさぎ! 』

真脇さんに止められた。

待たないよ!

ハッチから飛びだす。その直前。

『左、道路のカーブを見て! 』

「え? 」


道路のカーブ。

そこに、あのバスがいた。

故障も、怪獣化もしていない、きれいな青いスクールバスが。

その前に、星野 昇子がいた。

あの死体じみた白い顔ではなく、血気盛んな。

好きな人を、遠くから眺めるような……。

そこに、男の人が駆けていく。

若い。あの写真より、はるかに元気そうな、大城先生が叫んだ。

「星野! ありがとう!! 」


「うわーん うわーん! 」

凄まじい鳴き声が、家から聞こえてきた。

急いで降りて、駆けつける。

「どうしたの!? いったい」

真脇さんと鷲矢さんもやってきた。

アンナはパパに肩を抱きしめられながら、泣いていた。

「人が、中で死んでた」

大城先生の事だ。

そう言って、銃を返してくれた。

「わたし、気付いてあげられなかった。

その上、ひどいことを……エーン!! 」

娘をあやすように、父親が励ます。

「アンナ、この事は警察に言おう。そしたら、お弔いできる。そのときお詫びすれば、許してくれるさ」

「グズッ。本当……? 」

「ああ。そんな君が大好きだよ」


わたしの怪談は、発表しないでおこう。

たとえ少しでも当事者になり、2人の本音を知った以上。

事実をモデルにした物語も、優れたものがあるのは分かる。

だけど、星野さんと大城先生。

あの2人から感じたことを無視して、ただ面白おかしく書くのは、彼らの望むことではない気がする。

わたしが知ったと思ったことも、ただの思い込みなのかもしれないけど……。


ウイークエンダーでヘルメットを被ると、まだ腰のカメラと繋がっていた。

そのカメラで大城先生の家を見た。

窓の中、障子が破れかかっている。

暗視カメラが、その奥に人の顔を見つけた。

画像検索してみる。

それは、古い音楽コンクールのポスターだった。

時期から考えて、星野さんが目指していたものかな。

事件の空気が淀んだまま、ずっと残っているような気がした。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


その後、ルールを破った子供を迎えに行くスクールバスと、そこで教え諭す先生の噂が、日本中で広まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウィークエンダー・ラビット ~スクールバスの怪談~ リューガ @doragonmeido-riaju

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ