エピローグ:北の国から


 目の前で流されている映像は往年の名画と言われている「北の国からヌロヴェン・イッソスティ・レー」だ。手を取り合うNPO職員たちが隣国からの亡命者である少年の来訪によって陰謀に巻き込まれてゆくといったストーリーで、アクションからロマンスまで引っくるめて扱いながらも最後には大団円となるいい映画だ。

 俺とリーナはソファに座りながら家で映画を見ていた。居留区には映画館なんて大層なものはまだ無い。今目の前で流されているものはイミカが偶然持っていたディスク版だ。リーナはそれでも映画が流れる画面をじっと見つめていた。初めてのテレビ、そして映画に興味津々の様子だ。

 彼女の要望は「アレンの好きな映画」だったが自分は映画好きと自称できるほど映画を見ていたわけでもなく、イミカのコレクションもこれだけだったため、しょうがなく選んだのがこの映画だった。


(それにしてもな)


 この映画の主人公と少年の関係は俺とリーナによく似ている。少年はボロボロの身なりで亡命して、“連邦”にまでやってくる。性別を反転させれば俺達とこの二人はほぼ同じ出会い方をしているのだ。

 偶然とはいえ、よくできた偶然だなと思う。映画はクライマックスに差し掛かり、主人公たちに政府の陰謀が降り掛かる。これもレシェールや言語翻訳庁のことを考えればよく似ている。映画と同じことを現実でやらなくていいとつくづく思うが、起こってしまったことはしょうがない。

 そういえば、レシェールは行政庁の職員を見殺しにしようとした責任を偉大なる国母であり首相たるイェスカに追及されて総務相を辞職したらしい。俺は職員たちを救って英雄扱いされていることもあり、政府から面倒を吹っ掛けられることもなくなった。また、行政庁内に潜んでいたシェルケンも全員逮捕された。居留区外のシェルケンやラッビヤ人独立組織との戦闘は続いているらしいが、それも遠くの出来事となってしまった。

 ともかく危険は過ぎ去り、居留区民達は俺とリーナに畏敬の目を向けるようになったのだ。

 だが、どちらかというと称賛されるべきはあそこで出てくる判断をしたレーシュネたちだ。俺はただ単に生きるのに必死だっただけで、あそこで長官が見捨てていても彼は確実に無事だっただろう。見捨てたとしても死人に口なしで彼は責められない。だから、あそこでレーシュネが決断できたことは賞賛すべきことだった。

 そもそも、俺はヒーローとして扱われることに慣れていない。体がむず痒くなってくる。今まで通り普通に接していたら良いのに人々は当分「そうはいかない」と言い続けるだろう。


「ふにゅ……」


 隣に座るリーナがうとうとと左右に揺れている。映画を見ているうちに眠くなってしまったのだろう。半開きの目が虚ろに画面を見つめていた。揺れるたびに琴線リャード・エトゥリョを集めたような銀髪が表面に光を踊らせながら振れる。彼女の肩が俺にすりついた。温かい柔肌の感覚が生き残ったという事実をまざまざと伝えてくる。

 リーナは睡魔に耐えられなくなったのか、俺の膝の上へ倒れ込むように寝てしまった。彼女の頭は温かさを求めるように膝の上をもぞもぞと動く。そんな彼女の可愛さに耐えきれず頭を何度も撫でているとすやすや寝息を立てて本格的に眠ってしまった。

 なんだか少し小恥ずかしくなって、今度はリーナの頬をつついてみた。褐色の肌はぷにぷにと柔らかい触感を返してくる。


「んんぅ……」


 寝ぼけた声を上げるリーナもまた可愛い。もっとつついてやろうかとも思ったが、起こしてしまっても可哀想なので止めておいた。

 今はここへ来た任務を忘れて彼女とゆっくり時を過ごしたい。ただ、やり残したことは幾らでもあった。映画だけではない。ラッビヤ語もまだ幾らかの単語と構文しか分かっていない。文化や風習も全くと言っていいほど分からない。リーナを縛り付けていた「ブツィニル」という慣習は特別な奴隷制度だということまでは分かったが、その文化的な地位まではきちんと知ることが出来ていない。

 そして、黒服の少女とFÇƏNファヒャンの行方やリーナの両親のことも気になる。

 ふと、顔を上げて画面を見ると映画は終わり際のロマンスなシーンに入っていた。少年と主人公が別れ際に熱いキスを交わすシーンだ。この映画と同じ成り行きなら俺もリーナと唇を合わせることになるんだろうか?


「いや……何を考えているんだ俺は……」


 頭を振って気をそらそうとするもついつい気になってしまう。リーナの桜色の唇は艷やかで、吸い込まれそうな魅力を持っている。寝ていることだし、魅力に勝てそうな気がしない。ほっぺたなら良いんじゃないだろうか?

 そう思った矢先だった。


「おーい、アレン! 今日は色々買ってきたぜ」

「お、おうっ!?」

「只今戻りました。先生……ってどうしたんですか、そんな声出して?」


 驚きすぎてオットセイのような声が出てしまった。シアが怪訝そうに見てくる。

 賑やかに入ってきたのはシアとタールだ。今日は無事に居留区に戻れたことを祝って、この四人でパーティーをする運びとなっている。楽しそうな表情で入ってきた二人に静かにするようジェスチャーで指示をすると、その膝に眠り込む少女の姿を認めて微笑む。


「良かったですね、戻ってこれて」

「ああ」


 シアとタールはパーティーの準備を静かに始めた。暫くはこの賑やかな平穏を過ごしたい。今はそれだけが願いだ。

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アレン・ヴィライヤの言語調査録――“先生”は荒事に好まれている Fafs F. Sashimi @Fafs_falira

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