神からの啓示

湊賀藁友

一年に一度の体験

 一年に一度、私は死を体験する。


 理由は分からない。しかし、死の体験それは必ず決まった日に訪れた。


 死を体験すると言われると臨死体験のようなものを思い浮かべる人間が多いかもしれないが、そういうことではない。


 いつの間にか、夢の中で自分がのだ。


 偶然同じ夢を一年に一度同じ日に見ているだけだろうかとも考えたくなるが、ただの『偶然』というには、その現象はあまりにも奇妙だった。

 何故ならそれは必ず決まった日時に起こり、尚且つ私はそうなる直前に必ずしも眠っているわけではないからだ。

 街を歩いているとき、或いはドライブをしているとき、或いは友人と話しているとき。突然視界にモヤがかかり、自分ではない人間になっている。そして死の体験それが終わると、決まって次の日の朝になっているのである。

 後からそれとなく訊いてみたところ、そういう時の私は自然な流れで話を終わらせてそのまま家に帰っているらしい。


 さて、そんな奇妙な体験を強制的にさせられる日時というのが、八月十四日から八月十五日になる瞬間……所謂『お盆』と呼ばれる日になる瞬間である。


 なので私は、ここ数年八月十四日の九時までには必ず家に帰るようにしている。

 日付が変わるまでに帰ればいいかなどと考えていたところで突然予定が変わり、時間までに家に帰ることが出来ないなんて事態にならないようにだ。

 まだただの夢だと思い特段気にしようともしなかった時期は問題行動などを起こしてはいなかったようだが、万が一ということがある。そもそもが不可解な事象なのだから、念には念を入れておいて損はないだろう。


 さて。そのような奇妙な体験をしている私だが、生まれたときからこうだったのかと問われればそれは違う。

 私が大学生の頃だっただろうか。突然、この奇妙な現象に襲われるようになったのだ。その頃はちょうど__いや、わざわざ気にすることでもないだろう。


 まぁともかく、そんな風に何度も同じような体験が続けば、非科学的なことをあまり信じない私でも、何かしらの因果性……そして可能性を考えざるを得なかったのは、当然のことだろう。


 ■


 視界にモヤがかかる。

 あぁ、また来たかと私は小さくため息をついた。とは言っても今回死を体験するこの人物はため息などついていないのであくまでも心の中で、なのだか。


「今日も疲れたなぁ」


 声からして、今回の『人物わたし』は男のようだ。

 肩に手をかけて軽く首を動かすと、『ごり』と肩のこりが酷いとすぐに分かるような音がした。 私の体にはない肩や頭の重さから肩がこっていることに気付いていたが、まさかここまでとは思わなかった。このわたしは普段、長時間のデスクワークか何かをしているのだろう。


 と、その時ふとスマートフォンから通知音が聞こえて、『わたし』はポケットからスマートフォンを取り出し画面を確認した。


 “今日はるりがつたい歩きを出来るようになったよ!”

 “あとどれくらいで帰ってくる?”


 どうやら通知音は妻らしき相手からのメッセージによって鳴ったものらしい。

 るり、とは娘の名前なのだろう。

 頬が少し緩むのを感じる。……と言っても私は体を動かすことができないので、それは男の表情に過ぎないのだが。


 “もう少しで帰るよ”


 そう入力すると、即座に喜んだようなスタンプが帰ってきた。


 “美味しいご飯作って待ってるから、気を付けて帰ってきてね♪”


 わたしは更に笑みを深め、了承の意を示すスタンプを送ってからスマートフォンをポケットにしまった。


「……早く帰らないとな」


 わたしはそう呟きながら歩調を早めた。


 それから少し経って、先程スマートフォンに表示されていた時間がまだ終電には程遠かった割には歩いている道の人気ひとけが随分と少ないことに気が付いた。しかし男が何も気にする様子がないことを考えると、恐らくこれがいつも通りなのだろう。

 ……人の少なさからだろうか。後ろから響く誰かの足音が、いやに不気味に感じられるのは。


 コツ、コツ、コツ、コツ、コツ……


 足音が響く。

 ハイヒールのような音ではなく革靴のような音が、私の耳を刺すように暗い世界に響く。


 わたしは怯えてはいない__いや、が、私は既に気が付いていた。


 あぁ、もうすぐこの男わたしは殺されるのだろう。


 実は私がなった人物の死には、ある共通点があった。

 __必ず、のだ。


 コツ、コツコツ、コツコツコツコツ……


 聞こえる足音が、段々と早足になる。そのまま、音が近づいて、近づいて、近づいて____


 ガッ


 鈍い音に若干遅れて後頭部に酷い痛みが走り、その痛みと衝撃でわたしはその場に倒れてしまった。

 それに続くように、突然わたしの思考が私の中に流れ込んでくる。


 痛、い。

 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 誰か、誰か、誰か!!!!! 


 相当強い力、または硬い物で殴りつけられたのだろう。

 殴られた部分からドロリと液体が流れ出る感覚と、朦朧もうろうとしてくる意識、そして徐々に徐々に動かなくなっていく身体が、わたしの意識を絶望だけに塗り替えていく。


 __死にたく、ないのに__


 __家族ふたりを遺して、逝けないのに__


 __まだ、生きていたいのに__


 倒れるわたしに誰かが近付いてくるのを感じて、最期の力を振り絞りそちらを向く。

 ……あぁ、だめだ。もう意識がもたない。


 意識が途切れる直前に一瞬わたしの目に映ったのは、血だらけの金槌かなづちのような物を持ち、至極つまらなさそうにこちらを見下ろす______犯人わたしの姿だった。


 ■


 目が、覚める。


 ……嗚呼。もしかしてあの夢は、死んだ者達の恨みによるものなのだろうか。……或いは、神が私に懺悔しろと啓示でもしているというのだろうか。


「ははっ……ははははははははッ!!!!!」


 下らない! 下らない!! 下らない!!! 


 懺悔できる人間ならば! 後悔できる人間ならば!! こんな人間殺人鬼になんてなっていなかったじゃないか!! 

 ……普通で、れたじゃないか……!! 








 ____今年も、私は私が殺した者の死を体験する。

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