第5話 a few years later〜ひとりのクリスマスとふたりのニューイヤー〜


 画面越しの授業にもすっかり慣れた。

「え? おれの顔、教授から見えてる?」なんてアタフタしてた頃を、懐かしく感じるぐらい。

 ごくたまーに大学へ行く機会ができたりすると、まずは鷹藤に連絡して『おまえは来るの? いや、来るでしょ、おれが行くんだから!』って、電車で一時間弱かけて来なきゃいけないヤツを強引に呼び出したりしている。

 おれは実家を出て念願だったひとり暮らしを始めた。ちょっと前までは、鷹藤が遊びに来るってわかってる日はのんびり徒歩かバスで大学へ向かい、そうじゃない日は自転車でぴゅーっと。もしも鷹藤だったら、スケボーで大学へ行くのかな? 前にそう聞いたら、「坂道が多いからちょっと自信ないな」と言っていた。たしかに大学の周辺は細い道や坂が多くて、「この道幅でバスがカーブすんの? できんの?」ってヒヤヒヤするポイントが結構ある。ここが自分の街という感覚はまだそんなにないけれど、生まれ育ったどの街とも違う景色をバスの窓から眺めるのはいまだに楽しい。


 こんなご時世だけど、ここら辺はまだ移動の制限はそれほど厳しくないから、正月は実家で過ごすことにした。鷹藤にも久しぶりに会う。っていうか、「帰ってくる日、時間知らせてくれたら駅まで迎えに行く」とか言いやがった。

 迎えって、なぁ? 

「バイトだろ?」おれが聞いたら、「休む」って。

「いやいや、たかが数分、数十分のために休むなよ」って言ったら、「じゃあ、その時間だけ店抜ける」……もう、なんなんだよ。おれは姫か? お前は王子か? 

 思わずスマホに向かって「鷹藤、お前な、過保護もいい加減にしろよ。ひとりで帰れるっつーの!」とまくし立てたら、「過保護? いや、それはそうじゃなくて……」とか言ってるのが聞こえたけど、ブチッて切ってやった。



 帰省するギリギリまでバイトを入れる気満々でいたけど、クリスマスの日が年内最後の出勤日になった。新しいバイトにもなじんできたし、どーせ外に出るんだから早めに出て本屋か服屋でも覗いていこう。そう思って玄関のドアを開けたら、十二月の冷たい風がぴゅーっと頬を叩いた。風は冷たいけど冬の澄んだ寒さは嫌いじゃないし、陽射しもまぶしいぐらいで気持ちがいい。

 ……っと、足元を見ると、メーターボックスの前に宅急便が届いていた。「なんで?」って声に出てしまうぐらい心当たりがなさ過ぎて、でも出発する時間には余裕があったから、ドアを閉めてもう一度荷物をよく見た。よーくよーく見ると、送り主の欄に書かれた名前は「鷹藤良和」。心当たりがあり過ぎて「はぁ?」っと声に出てしまう。

 けど、そうそうのんびりもしていられない。玄関先でさくさくと開封の義をスキップしていくと、現れたのは両手に収まるぐらいの、つるつるですべすべのいかにも品の良い黒いボックス(箱じゃなくボックスと言いたくなるシロモノ)。表面に書かれたブランド名には見覚えがあった。

 ──いつだっけな。おれが、腕時計を買いたいけど何がいいかなって鷹藤に話したことがあった。その時にヤツがしてた腕時計がなかなかカッコよかったんだ。真っ黒い盤面(ダイヤルっていうんだとその時に鷹藤が教えてくれた)には短針と長針、秒針と日付の数字だけで、めちゃくちゃシンプルですっきり。そのくせ、くたっとした普段着でも、かっちりしたスーツなんかでも相性が良さそうで、「おー! それ、いいじゃん!」なんて言った……な、おれあの時。「おれもそれにしようかな」とも言ったかもしれない。けどそれ、いつだよ。もしかしたら去年とかの話じゃなかったかな。


 中の箱をそーっと引き出すと、あの日鷹藤がしていた腕時計と同じ、黒いすっきりとしたダイヤルが見えた。まるで、「はじめまして」って言ってるみたい。澄ました顔をしているようにも見えるのに、なんとなく親しみを感じるのが不思議。隣には、替えのストラップまで入っている。おれは、急いでカバンの底からスマホを取り出した。



 二、三回の呼び出しで、「はい、こちら鷹藤」と最近ヤツがハマっている口ぐせが聞こえる。

「おまえっ、なんだよ、これ」

「は? 加藤、もうこっち帰ってきたの?」

「ちげーよ。これからバイトだよ。じゃなくて、宅急便! さっききてるのに気づいたんだよ! おまえからのが」

「あぁ。なんだ」

「なんだじゃねーよ。なんだよこれ」

「え? バイトの給料入ったから」とまったくもっていつも通りの鷹藤に、おれはちょっとイラつく。こいつはほんとに、なんでいつも平常心なんだよ。

「そんなこと聞いてねーよ」と返しながら、ツイードを敷き詰めた箱からそーっと時計を取り出してコートのポケットに入れ、玄関の鍵を閉めた。

「前に、欲しいって言ってなかったか? 俺がしてるヤツ見て」

「言った。言ったけど、それいつの話だよ。あー、もうそんなことはどうでもよくて、おれ、こんな高価なものもらえねーよ。お前から」

「なんで?」

 なんで、って。だって、おれ誕生日でもないし、誕生日だとしてもこんな高いもの……もらえねーよ。な?

「俺は加藤と違って実家暮らしだから、そんなに金使わないんだよ」

「いや、でも、さすがに」

「俺の金は俺が使いたいように使う」

「や、そうだけどさ。でも……」

 階段をトントンっと降りながら、なんかおれ、文句ばっか言ってない? こんなすごいものもらって、そりゃ驚いてるとはいえめちゃくちゃ嬉しいくせに、礼言ってなくない? と気がついた。でも鷹藤はそんなことまったく気にしていなくて、なんかごちゃごちゃと口ごもっている。

「え? なに? ごめん聞こえなかった」

「いや。……だし」

「なに? なんだよ」

「いや、クリスマスだろ。今日」

 マンションの入り口にある集合ポストの前で、思わず立ち止まってしまった。かーっと顔が熱くなってくる。電話の向こうで、あいつも今頃きっと同じような顔をしている。

「く、クリスマスのプレゼントなんて」

「迷惑だったか? あ、もしかしてもう買ってた? 腕どけ──」

「いやいやいや買ってない! 買ってない」とおれは食い気味に返し、「買ってないし、マジでびっくりした。……ありがとう」

 最後のひとことは小さい声になってしまった。それが照れくさくて、あいつの声がする前に、「おれ、今年のおまえの誕生日にナンもしてねー」

「別に、誕生日は毎年くるから。来年でも再来年でも」

 柔らかなその声を聞いて、思わず頬が緩んだ。

 鷹藤の誕生日。あの日、予備校の帰りに駅でばったり出会った(本当はばったりじゃなかったんだけど)のは高三の夏休みだった。今年の八月はなにをしてたっけ。海に行ったり、花火を見に行ったり、そういう夏らしいことがなにもできなかったな、なんて言ってた気がする。

 鷹藤は、自分の誕生日がいつだとか、そういうアピールをしてこない男だから、この先もおれがちゃんと憶えておかないと。

「ははっ。来年か、その次でもいいんだな! わかった。楽しみにしとけよ」

「やった。待ち遠しいな」

「その前に、来週そっち帰る時に連絡するから。は? だから迎えには来なくていいんだよっ!」





 end

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