第4話 春の足音
最近、妙に落ち着かない。
理由は、だいたいわかってる。
おれも鷹藤もセンター試験が終わった後は二次試験に臨み、すべての闘いが終わったのは三月。卒業式が済んでからようやく合格を手にした。ヤツに誘われ、人生十七年目にして初めて行った初詣のご利益かなと言ったおれに鷹藤は、「実力だろ」と予想通りの答えを返してきた。
去年の暮れにヤツの家に行った時、『毎日アホみたいに勉強してて、なんで落ちるんだよ!』って言った時のムキになった顔を思い出すといまだに笑いが込み上げる。
推薦なんかで早々と進学先が決まった奴の中には卒業旅行の計画を進めてるグループもいたし、二次試験や後期受験組は徐々に学校に顔を出さなくなった。追い込みどころの騒ぎじゃないもんな。元バスケ部のアイドル顔とガリ勉はそろって隣県の有名私大へ進学するらしく、卒業式間際はごく自然に一緒にいるところを見かけるようになった。
おれは合格が決まってすぐに、都心に近い結婚式場でバイトを始めた。
鷹藤はといえば、合格発表を待たずに二次試験が終わったらさっさと平常運転に戻りやがった。それまで週三~四で入れていたバイトを卒業式が終わってからは増やし、シフトも変えて朝から入る日を多くしたらしい。一度、冷やかしてやろうと思ってバイト先のカフェへ昼飯を食いに行ってみたら、予想以上にさわやか好青年な接客態度がオモシロくて。二度と来るなって言われたけど、明らかに照れ隠しだったし、大学に行っても続けるらしいからまた行ってやる。
結婚式場のバイトは、鷹藤が勧めてくれた。おれが、『土日中心で、できれば大学に行っても続けられて、朝早くてもいいから夜は早く帰れるバイトを探してる』と言ったら、わざわざ見つけてきてくれた。
『大学入ったら、いつか一人暮らししてみたくて。家から通えるけど、なんか……、』
『なんか?』
『単なる憧れ、かな。一人になってみたいっていうか。そんな理由で家賃とか生活費とか親に出してもらうわけにいかねぇから』
そりゃそうだよな。と言いつつ眺めていたメニューから顔を上げた鷹藤は、
『一人暮らしもいいけどさ、どうせなら、旅行とかそういうのに使えば?』
それもそうだな、と今度はおれが答えた。
それが、いつだ? 先週か。今日は結婚式場で最初の研修があった。朝からみっちり。学校がなくなってから長時間背筋を伸ばしたまま人の話を聞くこともなくなってたから、久しぶりにくたくた。
土曜の午後四時過ぎの電車は、それほど混んでいない。向かい側に座っている女の子達はどこの学校かわからないけど、かっちりとしたブレザーにスカートが似合っていて、着ている彼女達も可愛く見える。話し声がもう少し小さければ、たぶんもっと。
「……ね? 卒業式で好きな人の制服ボタンもらうのってさぁ、意味ある?」
「それ、この前先生が言ってたヤツだ」
「だってもう卒業するんだよ? いなくなっちゃうのに」
「記念でしょ。先生が若い頃は、そうするのが流行ってたって」
好きな人の制服のボタンをもらう……? へぇ。うちの制服は二つしかボタンがなかったから、どっかで熾烈な争奪戦が繰り広げられていたんだろうか。男しかいないけど。
駅についてドアが開いて、閉まる頃にはもう終わってしまっているぐらいの、そんなたわいのない彼女達の会話。ただ、そんな会話をしてみたいなって最近たまに思う。部屋にいて、ふっと窓の外が目に入った時とか、今みたいなバイトの帰りに、
『さっき見た夕日がすげーきれいだった』とか、
『桜、咲いてんな』とか。
言葉にするとものすごくなんでもなくて、「だから何?」って言われそうなこと。そんな些細なことほど、話せる人は決まっていて、相手は誰でもいいわけじゃない。
『雪、すげー積もってる』
『だな』
って、そんな会話だけでも充分だし、『だな』がなくたっていい。ただ、言いたいだけ。でも、あいつだったら『だな』って言いそう。『こっちも降ってるぞ』って返ってくるのかもしれない。
だから、誰でもいいわけじゃない。
ちょうど一か月ぐらい前。二次試験の前に、予備校の帰りに乗った電車が事故に遭った。ちょうど鷹藤からきたメールの返信を打っている時に緊急停止して、それを伝えたらいきなり着信があって『大丈夫か? お前、どこの駅にいる?』ってすごい剣幕で。乗り換えたばかりだったけど、家の三つか四つぐらい手前なだけだから大丈夫って伝えたけど、『今すぐ行くから』ってすごい勢いのまま切りやがった。
本来なら通過するはずの駅で、停車した時、おれの乗った最後尾の車両はまだホームを離れていなかった。ざわついた車内で三十分も待つと、後方のドアが開いておれ達は順番にホームに降りることができた。『改札にいる』とメールがあった通り、そこにスケボーを持った鷹藤がいて、おれに気が付くとあからさまにほっとしたような顔になった。
「いやいや、別におれが事故ったわけじゃないから」
と、にやにやしながら言ったおれに、「わかってるよ! そんなこと」と浴びせた鷹藤の声は思ったよりデカくて、周りにいた人がこっちを振り返った。
「悪い。ちょっとびっくりして……」と鷹藤は顔をそむけたけど、謝らなきゃいけないのはおれのほうだ。母親に事情を話すとタクシーで帰って来いと言われ、最寄り駅までの車中、後部座席に二人で並んで座って。
黙っているのも気が重くて、でも何を話せばいいかなと思ってたら、
「スケボー持ってタクシーに乗るなんてな」とボソッと鷹藤が言って、「そうだな」って返した。
前を向いたまま「なんともなくてよかった」と言う鷹藤に、「だから俺が事故ったわけじゃないから」とは、もう言わなかった。
「二次だもんな。もうすぐ」
「そうだよ……。明るい未来が待ってんだぜ」
「おれ達に?」
「そうだよ。めちゃくちゃ明るいのが」
思わずブッと吹き出してしまった。ポジティブなのか、やけくそなのか。それでも鷹藤の言い方には嫌味も余計な雑味も感じなかったから、駅前でタクシーを降りて別れる時、「試験、頑張ろうな」ってすっと言えた。
「加藤は、大学行ったらそのうち一人暮らしするんだろ?」
「あぁ、うん。いつになるかわかんねぇけど」
「いつか、遊びに行ってもいいか。加藤の家。一人暮らししたら」
おう。
おれはものすごく簡単に、いつものようにそう返した。ただ、そのときにヤツが見せた顔がびっくりするぐらい無邪気というか、子供が笑ったみたいに顔中めいっぱいの笑顔で、そんな顔のまま「じゃ、約束な」と言って大きく手を振った。
約束な。
やくそく、な。
背中を見送りながら反芻した。
『約束があったって、なくたっていい』とあいつが話していたのはいつだったっけ。…………
コートのポケットでスマートフォンが振動した。『ごめん。三十分ぐらい上がるの遅れそう』という一文が目に入り、あいつが気に入っているらしいスタンプを連打で返し、ポケットに戻した。
顔を合わせた瞬間、鷹藤が最初に何を言ってくるのか想像してゆるんだ口元を、マフラーで隠した。
『明日からバイトの研修? じゃあ、ねぎらってやるよ。どっかで晩飯食おうぜ。おごらないけど』
そんなやりとりをしたのが昨日。三月が半分ぐらい終わって、誕生日も過ぎ、おれは十八になった。
「で、研修はどうだった?」
向かい側でコーヒーカップに緑茶をなみなみと注いで飲む男が、おれに聞く。
「おまえが言った通り、ビジネスマナーっていうの? あいさつする時の丁寧な言葉遣いとか、姿勢とか、ああいうのは身に着くんだろうな。慣れていけば」
「時給もイイんだろ?」
「研修が終わればな。おれの他に、母親と同じぐらいのお年なのかなーって人とか、おじさんもいた。一緒になることがあるのかわかんないけど、まぁうまくやれたらいいな」
「俺と違って加藤は大丈夫だろ。そういうの」
その言葉に思わず顔を上げ、まじまじと鷹藤を見てしまった。
「いやいやいや。あんなにさわやかな接客ができるヤツがなに言ってんだよ」
眉毛をピクリと一瞬だけ、でも大げさに動かす。あぁ、久しぶりだな。こんな感じ。
そうだ、聞きたかったんだ。
「そういえばお前さ、卒業式で女子に花束もらってたじゃん」
「あ? あぁ。もらったな」
卒業式の日。正門を出たところに系列校の女子や知らない制服の女子達がわらわらと集まっていて、それは先生達には見慣れた光景らしく、『ハイハイ、道路には出ないでね』なんて、当たり前のように交通整理をしていた。ふっと見ると、アイドル顔の周りにバスケ部の後輩部員に交じって女子が何人かいて、写真を撮ったり花束を渡したり、それを離れたところでガリ勉がムスッとした顔で眺めていた。
おもしれーなんて思って振り返ったら、鷹藤の前に女子が二人立っているのが見えた。
「どうなった? あれから連絡とったりしてんの?」
「誰と?」
「だからその女子だよ。なんか、泣いてた……っぽかったじゃん。髪長いほうの子。……だっけ?」
話しているうちに鷹藤の顔がニヤついてきて、なぜかおれが恥ずかしくなってムカついてくる。
「そんな何日も前のことをよく覚えてんな。もしかして、嫉妬した?」
「っんで! ちげーよ」
まぁまぁ落ち着いて、とニヤついた表情が妙に余裕ぶって見えて、余計にハラが立ってくる。そんなおれとは逆に鷹藤はくっくっと笑って、
「加藤さ、自分がなんでムカついてんのか、わかってる?」
「ほぅ?」
「ま、いいや。そろそろ出るか。歩きながら話そうぜ」
眉間にしわを寄せて首をひねるおれを置いて、ヤツは席を立った。
「ここで去年の夏、加藤と遊んだよな」
「おう」
あの夜は、鷹藤が駅のロータリーの手すりに座ってて、足元にスケボーがあって。スケボーができる公園がこの辺にはここしかなくて。今となっては妙な感じがするけど、あの時までたいしてしゃべったこともなかったんだよな。
「その後で、うちに来たことがあっただろ? 加藤が、フィッシャー・ディースカウがブームだった頃」
おう。おれの中でだけ流行ってた頃な。あれ、いつだっけな、えーと……、
「あの時さ、俺、バレたかなってちょっと焦ったんだ」
……は? え? バレた……って、何が?
ベンチに座るおれと鷹藤の間は一メートルも離れていない。ヤツはそこに置いた手をもじもじ動かしたり、つま先で地面を蹴ってみたり。
「受験が終わったら言おうと思ってたんだけど、……幼稚園の頃さ、お前この辺に住んでただろ?」
「おれ? あぁ、この辺っていうか隣の、お前ん家がある駅のあたりだよ。小学校に入る前に引っ越したけど」
「知ってる」
「……知ってる?」
「うん。幼稚園の、年長のクラスで一緒だった。おれと加藤」
――――はぁ? よ、幼稚園って……。鳩が豆鉄砲を食らったような顔ってこういうツラなのかなって、今の自分の顔を想像する。ぽかんというかキョトンというか、そんな顔をしているに違いない。その反応にたいして驚きもせず、「ま、そうなるよな」とだけ言って鷹藤は幼稚園の時のおれらの出会いをかいつまんで話してくれた。
ヤツが言うには、幼稚園の頃、年長のさくらんぼ組(だったらしい。鷹藤の記憶力ハンパないな)にはボス的存在の悪ガキがいて、鷹藤は前年からそのクソガキに目をつけられ、イヤなことを言われたりしていたらしい。本人曰く「当時は気弱で優しい男の子」だった鷹藤と、「なりふり構わず敵に向かっていくやんちゃな男子」だったおれはさくらんぼ組で初めて一緒になって、積み木遊びだか何かをきっかけに仲良くなったらしい。
で、ある日ボスに鷹藤が泣かされて、怒ったおれは、「園庭のタイヤ跳びを連続十回、転ばないで跳ぶ競争をして、おれが勝ったら今後鷹藤にイヤがらせはしない」という条件でボスに対決をつきつけ、見事に勝った……らしい。
はぁ──、そんなことがあったような……、いや、正直ほとんど覚えていない。さくらんぼ組。跳び箱。しかもそこで話は終わらなくて、見事対決に勝利した後、おれは鷹藤に向かって、『おまえ、アイツらの言うことなんか気にしなくていいんだぞ。だからっておれの言うことを聞けとかも言わない。お前はお前だ』と言った……、らしい……。
話が進むにつれ、おれはうつむかざるを得なくなってきていた。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。何を粋がってエラそうに。若気の至りというには幼過ぎる六歳……。あぁ。小さな手のひらには明るい未来がデンと乗っかっていて、この世に怖いものなんて母親ぐらいしかいなかったんだろうな……。
「その頃は俺、苗字が違ったから。加藤は覚えてなくてもセーフ」
いやぁ、苗字がどうこういうレベルの話じゃないだろ。もう、ガーッと頭を掻きむしって即刻その場から逃げ出したい衝動にかられた。が、顔を上げた時に、「どうした?」とでも言うように、いつも通りの顔にちょっとだけ満足そうな微笑を上乗せした鷹藤の表情を見て、なんか拍子抜けしたというか、安心したというか。
「中学の時に、好きなのかもしれないなって女の子もいたし、告白みたいなのをされたこともあったんだけど、あの高校で同じクラスに加藤を見つけて。最初は『嘘だろ?!』って思ったし、似てるヤツなんだろうとも思ったけど、すぐにわかったよ。名前も覚えてたし」
そう、なのか……。
「あぁ、加藤だ。って思った」
……うん。
「なんか、やっぱり好きだなって思った。幼稚園の頃のことなんて、おれだってほとんど忘れかけてた。一年の頃は、勢いで話しかけて『俺、わかる? 覚えてるか?』って聞こうかとも思った。でも、お前がほかのヤツらと楽しそうにしてるのを見てるのは嫌いじゃなかったし、でもそんなのを眺めてるうちに、あぁ、やっぱり――」
「スト──ップ! 鷹藤、ちょっとストップ!」
全力でその続きを遮るべく、「落ち着け」と言いながらヤツの肩をとらえた。とらえたけど、どう見ても落ち着かなきゃいけないのはおれだ。
けどさ。
おま、「好き」って。
好きって言ったよな。
しかも幼稚園って。
それ初恋? 相手、俺? って、今それを聞くのかよってことを口走りそうになって顔が一気に熱くなるのがわかった。聞いてどうするよ。もし「そうだけど?」って返ってきたら、おれはなんて言うの?
そんなこっちの動揺なんていざ知らず「たぶん、初めて好きになったヤツ……なんだと思う。加藤が」と鷹藤はあっさり告白した。
「去年の夏、駅で会った時、正直に言うとあの日は駅のロータリーで加藤を待ってた。お前が予備校に行ってるのも知ってたし、帰ってくる時間までは知らなかったけど、駅にいれば会えるんじゃないかなって。あの日は俺、誕生日だったし」
それは覚えてる。
「もしかしたら、今日はここを通らないかもしれないし、いつ来るかそれとも来ないのかはっきりわからない。でも、会えるかもしれないし、顔見たら驚くだろうなとか、何話そうかなとか、考えながら待ってるのは全然平気で。ヒマだからとかじゃなく、ただ待ってるだけの時間も、なんていうか案外楽しいんだよ。そしたらお前が階段降りてきて」
あ──、それ。
前に鷹藤が言ってた。
ヤツの家に行った帰りに、初詣に行くのに約束の時間を決めるだのなんだので、その時に鷹藤が、そうだ! あの時、たしか鷹藤は、
「『お前も好きなヤツができたらわかるよ』って言った」
「そう! お前そう言った!」
「加藤のことを言ってるのがバレたかな……って思ったけど、全然違ったな」
「おン前、笑ってるけどさぁ、おれはあの時、鷹藤に好きなヤツがいんのかよってすんごい衝撃で、めちゃくちゃびっくりしたんだよ。なんかおれだけ蚊帳の外みたいな、釣り上げる寸前で糸を切られて放り出された魚みたいな、なんか寂しいっていうか」
「寂しい?」
「や、違う。何でもない」
寂しいとか何言ってんの、おれ。
「っていうかさ、おれさ、さっきお前に聞くまで幼稚園の頃のことなんて一ミリも思い出さなかった。てか、覚えてないことばっかりだし――」
「そんなの別にいいじゃん」
「いいのか?」
「俺、待つのは嫌いじゃないから。いつまでも待てるよ」
「待つって――?」
えーと、だから、と今度は鷹藤が髪をぐしゃぐしゃかきむしりながら下を向く。あ、いや、いいや。なんとなくわかる……気が、して、きた。えーと、
「えと、なんだろ。や、なんていうかあの、さっきみたいにメシ食ったりしゃべったりして、そういうのは全然楽しいし平気なんだけど、なんか別れ際ってこんなに寂しいもんなのかなって思っ……、いや、ちょっと待った」
待て。だから、寂しいとか何を言おうとしてるんだ。おれは。
恐る恐る鷹藤を見ると、ヤツは顔色も変えずに、というよりむしろさっきよりも機嫌がよさそうで、何が面白いのか口元がほころんでやがる。
「そういうのって、好きなヤツができた時にフッと感じるものなんじゃないかな……っていうか、俺はそうだった。加藤がイヤじゃなければ、俺は待つよ。今すぐ返事が欲しいなんて思わないし。けど、俺なんか絶対にダメで気持ち悪いっていうんだったら――」
「バカか! お前」
言い終わるのを待たずに、返した。びっくりしたのか、間抜け面の鷹藤もけっこうおもしろい。
「恋愛とかさ、よくわかんねぇよ。前にも言ったかもしれないけど、付き合ったこともないし誰かをめちゃくちゃ好きになったこともないし。けど、卒業して、知らない人間ばっかりの大学に行っても、鷹藤がいるっていうだけでなんかすごく心強いっていうか。一人じゃないって感じがして。それはひとりきりが寂しいからとかじゃなくて、他の、たとえばヒサシとか久保が一緒だったとしてもまぁ嬉しいんだろうけど、それとはまた違うんだよ。わかるか? おれの言ってること」
ちらっと目を向けると、鷹藤はこくんとうなずいた。おれは自分が何を言ってるのか、ちょっと怪しい。少しだけ混乱している。
「なんかよくわかんないけど、そんな長い間、自分を想ってくれてるヤツがいたってことにもびっくりで、びっくりなんだけど、でもなんかそれ以上にびっくりするのが、なんか妙にしっくりきてるというか、なんか」
「うん」
「すんごく差はあるんだと思う。おれの言ってることなんて、お前が想ってくれてたのに比べたら月とスッポンぐらい差があって。……けどイヤじゃない」
イヤじゃないと言いながら、隣にいる男の顔を見ることができない。けど、そんな俺に隣の男は「充分だよ。それで」と小さな声で言った。
「拒否されなかっただけで充分。嬉しい」
嬉しい。……ってお前、そんな照れくさそうな顔して笑って。
「だって、友達じゃん。おれとお前。拒否なんて」
友達。それがいつか、「おれの好きな人」になる日が来るのか。
おれの言葉に鷹藤は寂しげなそぶりも見せず、むしろ晴れ晴れとした様子で「そうだな」と言い、膝をトンと叩くと立ち上がった。そうして不意に右手を差し出し、「大学のほうが、たぶん今までよりずっと楽しいと思う。一緒でよかった。これからもよろしくな」
改めて言うのも変だけど、と言うヤツの右手をひっつかんで立ち上がり、鼻の先を指でピンとはじいてやった。何を改まってんだっつーの。
「加藤の家まで送っていくか?」
「いらねぇよ。女じゃないんだし」
「だな」
そんなふうに笑って、大学ではサークルに入るか、それともバイトを優先するかとか、乗り換えがある電車通学はダルいなとか話しているうちに駅に着いて、鷹藤を見送った。
いつかものすごく誰かを好きになるとか、付き合うとか、そういうのをこれからあいつと経験していくことになるのか。来年の今頃はどうなっているのか、それすらわからない。
生まれて初めて男に好きだって言われて、もっと動揺するのかと思った。アイドル顔とガリ勉もこんな感じだったんだろうか。ヤツらはどっちが先に好きだって言ったんだろう。最初からお互いに好きだったのかな。なんか、話してみたい気もする。卒業したら離ればなれになるのに、なんて思ってたけど、そうでもなかったりすることもあるんだな。
『お前も好きなヤツができたらわかる』……か。
だったら、わからせてもらおうじゃねーか。
end
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