おらの町の怖い話

弁天留星 融田(ベテルボシ・トロケダ)

第1話 勘違い

1


 街灯の無い夜の道を歩いていると、後ろの方から足音が聞こえる事に気付く。


 いつの間に?


 と少し訝しくは思ったが、こんな寂れた裏通りでも、何処かの脇道や民家から人が出て来ることはあるだろうと思い直し、出来るだけその足音を気にしないよう歩き続けた。しかしその足音は、どこまで歩いてもずっと着いてくる。


 不幸にもそれに気付いてしまったのは、左手に小さな墓地の在る、一際暗くて不気味な小道へと近付いて来た頃だった。


 女の笑い声が聞こえる。


 まるで堪える様なその不気味な笑い声に驚いた私は思わず振り返り、そして絶句した。


 ワンピースを着た女が、血走った目を見開いてこちらを見ている。


 それも恐ろしい事に、その女の顔の片側には真白な紐が痛々しく突き刺さっており、何故かその紐は女が手に持つスマートフォンに繋がれている。

 恥ずかしい話だが、それを見た自分は恐怖のあまり大声で叫び、走って逃げ出してしまった。


 ……逃げ出している途中に背後から「ごめん、また後でかけ直すね。」と言うあの恐ろしい女の声が聞こえた気がしたが、もう一度後ろを振り返る勇気は無かった。



2


「暗いとこで見たら、一人で話しとる様にしか見えへんもん。」

 宴もたけなわと言う所をしょうもない話で締めた先輩を周りが非難する中で、私は一人密かに胸を撫でおろしていた。

 昔から怖い話は大の苦手だ。ちょっとした怪談話を耳にしただけで、一人で鏡を覗くのすら恐ろしくなる。

 特に話の中にあった『左手に墓地の在る暗い小道』というのは、正にうちへの帰宅途中の道を連想させるもので、これが本当に怪談だったなら、私は今晩歩いて帰れないところだっただろう。


 小さな店での飲み会が解散した後、いつも通りの駅を一人降り、私は自宅へ向かって歩き出す。

 駅前から遠ざかるにつれて明かりは少なくなり、人影もやがて消えてゆく。

 そんな暗い夜道を一人で歩く不安からか、ふと飲み会での先輩の話が私の頭をよぎる。


 もしも今、私の後ろから足音がしたらどうしよう。

 その足音が少しづつ近づいて来て、私がいくら足早に逃げても、ずっと同じ歩調のリズムが真後ろから着いてきたら。

 私は真っ暗な闇の中を走り、逃げ出す。

 そうするといつの間にか足音は聞こえなくなっていて、ホッと顔を上げる。

 気付くとそこは、墓地の傍の不気味な小道だ。

 暗い道の先から、さっきまで私を追いかけていた者の姿がゆっくりと浮かび上がる。

 私はそれから目を離すことも逃げることもできず



 怖ろしい空想を振り切るために立ち止まってスマートフォンの電源を入れる。

「もしもーし?どした?」

 イヤフォンから流れる聞き慣れた友人の声を聞いて、私はホッと安堵した。

「いやー、それがさぁ……。」

「アンタほんと昔からそー言うのダメやねぇ。」

「いやー、一回思い出すとホントねぇ。」

「変わらんねぇ。」

「最後まで聞いたらぜんっぜん怖くない話やったんやけどね。」

「……あ、ちょっと待ってね。」

「うん、だいじょーぶ?」


 ………。


「…うん。だいじょーぶ。」

「それがね、イヤフォンで通話しながら歩いとる人がお化けに見えたってだけやったんやけどね。」

「うん。」

「でもその中の『墓地の近くの暗い道』って言うんで、うちの近所の道思い出したらめっちゃ怖くなってさぁ。」

「うん。」

「そんで帰りにその道近くなったらまた怖くなってきちゃってね、電話しちゃったって言う。」

「うん。」

「…ねぇ、なんかしながら話してる?」

「うん。」

「…ほんと?だいじょーぶ?」

「………うん。だいじょーぶ。」

「ほんとに?」

「うん。だいじょーぶ。」

「……じゃあさ、そっちは何か面白いことあった?」

「うん。だいじょーぶ。」

「………怖いから変なことするのやめてって。」

「うん。だいじょーぶ。」

「マジでやめてってば。」

「………うん。だいじょーぶ。」

「ちゃんと話してって!!!」

「うん。話して。」

「……ほんとに怖いから、もう切って良い…?」

「話して。」

「切るよ……?」

「話して。」

「やめてって!!!」


 耳に付けたイヤフォンを取り外し、走りだそうとすると、何かに足首を掴まれた。


「話して。」


 何も無い筈の耳元から、声がした。

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おらの町の怖い話 弁天留星 融田(ベテルボシ・トロケダ) @paipai

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