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まぶたのソトガワ

 一時期ようつべにて、同じ広告を幾度も目にさせられた。某漫画アプリの広告である。
 その広告の始まり方や展開の仕方はいつも違っており、いくつかの種類があるようだった。が、どでかく出てくる決めの文言はいつも同じである。
「XXXのYYは、歴代最高の9999なのよ!?」
 と言う吹き出しだ。
 恥ずかしい事に、YYの部分に入るその漢字の読み方を、私は知らなかった。ガイヒ。或いはソトカワであろうと勝手に思っていたが、ソトガワと読めばダボォミーニンになり、何だか詩的である。

 最初は何の興味もひかれずに、ただ5秒眺めてはスキップを押し、5秒間の私の記憶と共に、その広告は消えていくだけだった。
 私の心に何も生み出さぬままに消えてゆくソトガワの広告は当初、夏に降る一献の儚き雪のようですらあり、ただ美しいだけの善なる存在だったのだ。

 しかし異変は、ひと月ほどしてから現れた。
 何度も何度も同じ文言をようつべに見せられる内、そこに宿る言霊が私の網膜に焼き付きて、やがて目をつぶっていても「歴代最高の9999」と言う文字が浮き上がるようになってきたのである。恐ろしい話だ。こうなるともう、私の脳の記憶領域がソトガワでいっぱいになるのも、時間の問題なのだから。

 このままではまずい。
 まずいと思いながらも、私はソトガワの物語を頑なに拒んだ。
 決して意固地になっていた訳ではない。ただ、怖かったのだ。広告から、漫画アプリをダウンロードするところまでやったところで、怖ろしくなったのだ。
 果たしてソトガワの物語を読んだ私は、このまま外側の現実世界へ居られるのだろうか。……いや、きっとソトガワの内側へ取り込まれてしまい、もう二度とここへは帰って来れないだろう……と。

「私はソトガワの物語と戦わねばならない。」

 いつしかそんな考えに取り憑かれていた私は、きっと少しだけいかれていた。しかしそれも仕方のない事である。既に私の脳の記憶領域の82.3%は「歴代最高の9999」と言う文言で埋め尽くされていたのだから。因みに残りの17%ばかりは、飼っている犬の事である。つまりこのままでは、犬の散歩も餌やりもままならなくなる……と言う訳だ。

 そんなわけで、私の戦いはある夕暮れ時に唐突なる思い付きと共に始まった。
 XXXが歴代最高の防御力を誇る最強のタンクならば、私は最高の握力を持つ最弱の闘士を書かねばなるまい。
 XXXが西洋ファンタジー世界に居るのならば、私は和風世界を作らねばなるまい。

 そう思い、馬鹿の椿を書き始めた。
 書き始めてすぐに、何度も目に焼かれたあの漫画アプリの広告は、出て来なくなった。
 私は空しき思いにとらわれた。

 斯様に小さなこの私は、一体どれほど巨大なる物語と戦おうとしていたのだろう。「争いは何も生まぬ」と言う言葉も良く聞くし、もうやめにして良いのではなかろうか。第一、戦っているつもりなのは、私だけだ。憎くも憧れるあのルード当人は、私の事など、その存在すら認知していないのだから……。

 そのように弱気になっている時に、カクヨムの通知マークが赤く点灯し、ハートがついた事を知らせてくれた。
 やれるところまで、適当に書いてみよう。
 恥ずかしながらもうれしく思い、私はそう誓いを立てた。

 そうして4連休の間、私はそこそこにゲームなどで遊びながらも、コツコツと物語を書いた。他の人の小説も、図書館で借りた本を読み終わったので、読んでみた。どれも実に面白く、何より、自分の中の世界を書き現そうと言う気迫が感じられた。ソトガワの物語も、きっとそのような物語なのだろう。

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