第6話

看護師がつかんでいるのは、枯れ枝のように黒ずんでしなびた腕。さきほどまでは白魚のように滑らかで透明感のある肌だったのに。


(変な薬を投薬されたんじゃ……)


不安な面持ちで頭上の点滴を見やる。その視線に気づいた看護師は、安心させるように微笑んだ。


「じつは入院三日目なんですよ。極度の栄養失調と脱水症状を起こしていたので、水分と栄養補給のためにずっと点滴をしています。点滴の針は腕と足にあるので……しばらくは無理かと思いますが、動きたいときは一度声をかけてくださいね」


(……好きなだけ食べてたのに?)


――なのにどうして、栄養失調などになるのか。このしなびた腕は、本当に自分のものなのだろうか。


不安のあまり、雛子がパニックになりかけたときだった。


「斉藤さん、目が覚めたんですね」


初老の痩せた男性が、病室に入ってきた。看護師から渡されたカルテに軽く目を通したあと、雛子の下瞼をひっぱって確認する。


「おそらくスグヘルスってサプリを飲んでましたよね。あれね、ほかにもあなたと同じ症状で入院している人が多いんですが――ニュースとかで見てないですか? 中でもあなたはとくに症状がひどいんですが……」


医師は疲れているような、または呆れているような口調で、淡々と説明する。


「主成分が幻覚剤と寄生虫で、その寄生虫のせいで栄養成分がどんどん搾取されてしまうんですね。あなたはその寄生虫を通常より多量に摂取してしまったようです。本来ならとっくに倒れていてもおかしくない状態ですが、それでもあなたが自分は元気だと錯覚していたのは、幻覚剤の作用で。なんといいますか――かつてないほど悪質なサプリですよね。この寄生虫も未知のもののようですが、とりあえず駆虫効果のある注射は効果があることが分かったので。あなたの場合、完全除去にはあと数回注射する必要はありますが……」


その言葉を、雛子は呆然と聞いていた。キレイになったと思ったのは幻覚? 


「……がみを……」


ひび割れた声で、雛子がつぶやいた。乾燥で突っ張っていた唇が縦に深く切れたが、血はわずかににじんだだけ。


「どうしました?」


看護師が耳を寄せる。


「かがみを……」


――痩せたのは事実だ。ちょっと行き過ぎただけ。


「でも……」


看護師はちらりと医師に視線を送った。


「か、が、み!」


必死の形相で雛子が懇願すると、医師は仕方なしに頷いた。一度席を外した看護師が手鏡を手に戻ってきて、雛子の顔の上にかざす。


「……ひ……」


映っていたのは、ミイラのようにひからびた顔。おちくぼんだ眼窩には、黄ばんだ眼球。唇の間から覗く歯は、数本消えていた。歯茎は腫れてぶよぶよしており、黒ずんでいる。


――ぜんぜんキレイじゃない。せっかく痩せたのに。


そう思った瞬間、雛子はひきつけを起こした。手足を突っ張り、呼吸できずにあえいでいる。医師は慌てた様子で指示を飛ばし、看護師は顔を引きつらせて駆け回った。消灯後で静かだった病室が一気にあわただしくなる。


面会時間を過ぎたため、雛子の部屋へ向かっていた両親には、別の看護師が連絡し――。



************



『スグヘルスの影響で、初の死者が出ました』


ニュースでは、スグヘルスの危険性を訴えている。


『寄生虫は最初は脂肪を摂取しますが、それがなくなれば筋肉、血液を摂取します。非常に危険なので、絶対に服用しないでください。尚、販売していた㈱スグヘルスはまったく連絡の取れない状態になっています。配合されていた寄生虫は未知のもので、発生源は今も不明です。経営者はすでに海外へ逃亡したとの情報もあり――」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢のダイエット 八柳 梨子 @yanagin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ