第5話

「斉藤さん、一度病院に行ったらどうかな」


言いにくそうに切り出した部長は、雛子を直視できずに目を泳がせている。


「どうしてですか? 体調はすごく良いですよ」


「そ、そうか。でも急激に痩せただろう? その……やっぱりあまり健康には良くないんじゃないかな」


「いえ、すこぶる健康です。かつてないほどに」


しかも期待以上に美しくなれた。なのになぜそんなことを言うのかと不愉快に思い、雛子は眉をひそめる。


「しかし……うん、君がそう言うのなら構わないのだが、とりあえずしばらくは営業から離れてもらって、明日から事務室で経理業務を手伝ってもらおうと思う。斉藤さんが抱えている件の引継ぎは野々宮くんにお願いしてあるから」


「はあ? どうしてですか? わたし、経理の仕事はまったく分からないし」


この会社の経理は、年配社員ばかりだ。そこに自分が押し込まれるのかと思うと、納得がいかない。終業時間が不規則な営業よりは体力的に楽ではあるが……。


「いや、あの……この際だから言うけど、君が担当したご遺族から、たびたびクレームが来るんだよ。今日も……」


「クレーム? でもわたしが注目されるのはわたしの責任じゃないですよ?」


「注目されているという自覚はあったんだ? あえて人を不愉快にさせているということか?」


部長の表情が険しくなり、固い口調で言葉を続ける。


「この仕事は大変だと思う。時間も不規則で、ストレスもたまるだろう。でも相手あっての仕事だ。もっと身なりには気を付けてほしい」


「不愉快にさせてるってどういうことですか? 今以上にどうやって身なりに気を付ければいいんですか? これ以上は無理です! お話はそれだけですか? 業務時間外なので帰ります!」


勢いよく立ち上がった雛子は、強いめまいに襲われた。


「斉藤さん? 大丈夫か?」


耳鳴りの向こうで、部長の声が聞こえる。立ち上がったはずなのに、視線の先にあるのは部長の革靴で――




「今までで一番やばくない?」


女性のささやき声が聞こえる。


「ここまで来たら助からないんじゃないかな」


「あそこまで浸食されていると駆除も追いつかないよね」


「確かに。――あ、やば。ほら」


雛子が目を覚ましたことに気づいた看護師は、もう一人の看護師の腕をつついて指さした。


「斉藤さーん、わかりますかぁ?」


必要以上に優しい声色で話しかけられ、雛子はノロノロと看護師の顔を見上げた。消毒薬の匂いが漂う暗い部屋の中で、読書灯に照らされた中年女性の作り笑顔が雛子を見下ろしている。


「職場で倒れて、救急車でここに運び込まれたんですよぉ。覚えていますかぁ?」


「ぜ……」


ぜんぜん覚えていないと答えようとした雛子だったが、口の中がからからでそれ以上声が出なかった。


「今先生を呼んできますからねぇ。ちょっと待っててくださいねぇ」


一人の看護師が病室を出ていくと、もう一人は点滴のスピードを調節し、雛子の手を恐る恐るといった様子でつかんで脈を計る。


つかまれたその手に視線を転じた雛子の目が、大きく見開かれた。


(なにこれ)


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