case.2-5 殺意は舞い戻る
桜の下に、死体。
それは、数日前の話。
眠るように横たわる、女性の遺体。
その。桜の下に、今宵、また一人、遺体が横たえられていた。
柵から中心の桜まで、点々と、彼は横たえられていた。
右太ももから先。左肩から胸。胸下から左足の先。右肩と首。そして、頭部。
彼は分割されていた。彼の周りには桜の花びらが降り積もっていて、花びらの下にも上にも足跡はない。もちろん、彼の遺体の上にも足跡は無かった。遺体の上にはまばらに花びらが積もっている。
彼の名前は、不揃井 吾郎。行方不明の『バスターピース』のリーダーだった。
数日前の遺体と、この男の遺体。
死んでいる場所は同じ、足跡がない状況も似ているが、他がまるで違う。
彼の遺体は確実に損壊されている。人の手が加えられている。明らかに、殺人だ。
二つの事件の関連性は、未だ不明。
現状、『バスターピース』の稲架倉を重要参考人として事情聴取している。第一発見者は稲架倉だった。
彼は不揃井に電話で呼び出されたと供述している。実際に、通話記録も残っていた。不揃井の携帯電話は見つかっていない。稲架倉は犯行を否定している。
首藤夜桜庭園の関係者は当時、大河小路の美桜園で花見をしていた。首藤庭園には誰もいなかったとのことだ。
誘われた業者の数人は途中退席をした。完璧なアリバイがあるのは首藤伊丹のみであった。
◆
「こいつは……やばいぜ。人間じゃない」
再び、ライトアップされた桜の下、荒暮はつぶやく。
バラバラ殺人なんてものは、今までにいくらでも捜査をしたことがある。というのも、遺体を隠滅する場合に遺体を細かく切り刻むなんてのは、よくある話だ。逆に、遺体をバラバラにしたことによって残る痕跡が、犯人を特定することにつながる場合が多い。解体に使用した道具の特定、その道具を調達した証拠、遺体の遺棄に使ったアシの証拠。防犯カメラに映る犯人、などなど。犯行後ただ逃げるより、工程を増やせば証拠もまた、残る。今回もそうなると荒暮は考えていた。
だが、荒暮の想定を超える事態が起こっていた。
殺されていれば、捜査一課が権限を十二分に振るえるとそう思っていたのだが、殺され方が異常だった。
被害者の肺の中に、桜の花びらが詰まっていたというのだ。鼻、耳、口からも桜の花びらがあふれ出ていた。喉、胃にも入り込んでいた。紛れ込んでいたという言葉では説明がつかない。桜の花びらを無理やり押し込まれて、窒息死していたのだ。
「どうやったらこんなことができるんだ」
「どうやったら、って考えがもうおかしいっスよ。うぅ……、うぷ……」
無言坂が口元を抑え、裏に走っていった。
おかしい。言葉がほかに出てこない。
遺体の腕や足には縛られた跡が残っていた。行方不明になっている間は、監禁されていたとみることができた。最初から、彼が狙われていたのだろうか。
遺体の第一発見者、稲架倉は怯え切って話にならない。バラバラになった知人を見た、一般人の、それも、未成年の反応としては、なにもおかしくはない。
怯え切った彼の、途切れ途切れの言葉をどうにかつなげると、「クリアランスの奴らにやられた」らしい。
「『
「『
不良集団同士の殺し合い? そうなると、地域部どころの話じゃない。最悪、四課とも連携を取らなきゃならない。それも大河小路署とも。既に人が二人も死んでいる。一般人が巻き込まれてはシャレにならない。
だが、それにしたって、奴らが現場を密室にする必要は全くない。
不気味だ。
まるで、自分たちの知らないところで、何か強大な何かがうごめいているような、確かな不気味さが脳裏をよぎって、消えない。
夜風が桜を揺らす。ザザァっと枝が揺れる。ライトアップしているからか、桜の影が濃く、捜査をしている捜査官たちに覆いかぶさった。
怖い。
肌寒さも手伝って、ここから逃げ出したくなった。
桜が綺麗だなんて、そんな感想を呟ける余裕なんて無かった。
「お前が、殺したのか?」
庭園の桜を傷つけられた復讐。たくさんの仲間たちが傷つけられ、枝を折られ、殺されたことへの復讐。人間の仕業じゃない。こんなこと。もちろん、桜が復讐だなんて、そんなこと、おかしいのはわかっている。
だが、もしかしたらそうなのかもしれないと、思ってしまう怖さがあった。
粛々と、捜査をしよう。
たとえ、この桜が人を殺したとしても。
捕まえることができるのは、俺たちだけだ。
夜桜密室を、解明しなければならない。
くそすばらしき僕の世界 ―殺意百景― ぎざ @gizazig
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