case.2-4 殺意、あるいは

 遺体遺棄現場の桜はキレイに咲いていた。

 事件が立て続けに起きて、くたくただよ、と庭園の主人、首藤 伊丹さんは力なく笑っていた。庭園内の首藤さんの自宅、その縁側に座らせてもらっている。

 警察手帳を見せた。僕の見た目が高校生か、大学生に見えるからだろうか。これをし忘れるとまともに話を聞いてくれさえしないときがある。

 その一番の原因は、僕がスーツを着用していないことだ。普段着でのびのび、捜査をしている。スーツだと、就活中の学生に見えてしまう。何にせよ、僕が悪い。


「警始庁捜査十課深層心理解明係の逃越と申します。何度も同じ話を聞いて申し訳ないのですが、課が違うもので……」

「あぁ、はい。いいよ。もう、慣れたから」

 ただまぁ、お歳を召した方には警察手帳の威厳はあまり効果はない。年の功というものだろうか。こればっかりは、仕方がない。若輩者はそういうものだろう。

「まずは桜損壊事件について聞かせてください。いつ頃気づかれたんですか?」

「4月15日の水曜日だったねぇ。二週間ほど前から、業者さんとイルミネーションの準備を進めていて、深夜を除いて朝も昼も夜も機材の準備をしていたんだよ。ちょうど、深夜の時間帯にやられちまったよ」

 疲れもあって眠りが深く、桜はあらかた折られ、施設の壁をハンマーで叩き割られた音でようやく気づいたという。

「これからだって時に……、どうして。1週間後には近所の中高、大学を招待した桜博覧会も開く予定でした。もちろん全てキャンセルです。来年も開けるかどうか……」

 折れた枝に再び枝が生えるのに、一体どれほどの月日がかかるものなのだろうか。

 彼らは桜を殺したんだ、と逃越は思った。

「イルミネーションの照明もぐちゃぐちゃにされ、花もほとんどが散ってしまって……。最低限生きている桜を保護する壁や仕切りを、その業者さんには引き続き作ってもらってます。暗くなると辺りが見えなくなってしまうので、夕方には切り上げてもらっていました。するとこないだ……」

 今度は女性の遺体が発見されたという訳だ。

「こんなこと、庭園を始めて以来初めてですよ。桜の木の下には死体が埋まっていると言うほど美しいって話はありましたが、唯一キレイに残ってくれたこの桜に、こんなことがあってしまい、もし庭園を再開できたとしてもこのまま人が寄り付かないんじゃないかって……」

「……お悔やみ、申し上げます」

「ほんと、悔やんでも悔やみきれないよ。大勢の子達を失ってしまったんだから……、どうしてこんなことをしたのか、問い詰めてやりたいね」

 首藤さんは我が子を殺された親のような、悲しい目を半壊した桜に向けていた。彼の目から、ほんの少し、桜損壊事件の犯人への、殺意がほとばしったのが見えた。


 僕は殺意を感じ取る能力を持つ。殺意が視覚的に表れるのだ。

 殺意は黒い炎のように、僕の目には映る。時には口から言葉と共に。時には背中からオーラのようにあふれ出てくるときもある。強さは色に出てくる。強いほど濃い黒だ。


 この殺意は桜を殺されたことへの怒りだ。彼の桜への想いは本物だと言うことだろう。

 殺意は、特定の誰かに向けられた時、犯意へ昇華する。事件を未然に防ぐためには、誰へ向けられた殺意なのか、その殺意の濃度は危険なのかどうかを察知する必要がある。

 彼の殺意の矛先は、桜損壊事件の犯人の動機についてだ。どうしてこんなことをしたのか。その動機がわからないのだろう。動機解明は僕の領域だ。

 動機がわからないことに対するもやもやが、殺意の正体だとすれば、そのもやもやにある程度の解答を与えれば、殺意が薄まるかもしれない。

「『バスターピース』のことは聞いていますか?」

「あぁ、聞いたよ。酷いやつらだね」

「彼らの大半が、家や学校に居場所がない未成年でした。彼らには、桜博覧会が中止になって欲しい何らかの理由があったようです。そのため、桜が無くなれば博覧会が中止になるという短絡的な理由で、今回の事件を起こしたようでした」

「なんとまぁ……、子供の考えることは理解が及ばないねぇ」

 深く長いため息をすると、しばらく言葉を失ったようだった。

 桜の無い庭園で、寂しい風が吹く。

「桜の木の下で眠るように亡くなっていた、あの子ねぇ。名前は知らないけれど、おそらく桜博覧会のことをとても楽しみにしてくれていたと思うんだよ」

「それは……、どうしてですか?」

 その情報は初耳だ。

「桜博覧会には、近所の学校だけじゃなく、病院に入院されている方も招待していたんだよ。あの子の車いすに書いてあった、密嶋総合病院もその一つだ。見た感じ、長期入院されている感じだったから、もしかしたらと思ってね。……おっと」

 施設の中から電話のベルが聞こえた。

「すみませんね、ちょっと、失礼しますよ」

「あ、どうぞ」

 主人は施設の奥へ引っ込んだ。

 何度も課や係をまたいで関係者に話を聞く理由の一つ。一度の事情聴取では気づかなかった、思い出さなかった出来事やひらめきが、何度目かの事情聴取の時に思い出すことがある。

 被害者とこの庭園は『桜博覧会』で繋がっていたのか。そして、『バスターピース』と桜博覧会も何らかの繋がりがある。被害者が桜の下で亡くなっていたのは、必ず何か原因がある。

 女性が亡くなっていた桜は確か、施設から一番遠いところにあったはずだ。唯一無傷のまま、生き延びた桜。主人の電話は長くなりそうだったので、もう一度現場を見ておくことにしよう。

 何か新たな発見があるかもしれない。

 首藤夜桜庭園の中には、大小で百を越える桜が植わっていたが、一番遠い位置にある桜以外は皆、枝や幹が傷つけられていた。カバーを掛けられているものや、根元から抜かれていた桜もあり、事件現場の桜にたどり着くまでの道で、その痛々しいさまをまざまざと見せつけられた。

 すると、目指していた桜の手前でせっせと慣れた手つきで竹を組んでいる男性を見つけた。竹を半分に割ったものを、藁紐で縛り、長い竹の棒を作り、それを横に並べて壁を作っているようだ。

「こんにちは」

「おつかれさまです」

「何をされているんですか?」

「衝立を作っています。唯一無事だったこの桜を見に来てくれるお客様が、傷んだ他の桜に目が行ってしまわないように、この桜の周りを衝立で囲むんです」

 主人が話していた、業者とは彼のことだろう。

「あぁ、確かに。目をそむけたくなるほどひどい有様でしたね」

 この桜にたどり着くまでに、傷んだ桜をいくつも目にした。それにしても、その桜に全て衝立をたてるのはさすがに現実的ではないと思う。

「いえ、唯一残っている桜を撮影するときの背景に、被害に遭った桜たちが映らないようにするだけなので、せいぜい十メートルと少しくらいのものですよ」

 彼はくるくると、藁紐を慣れた手つきで縛り付ける。話の途中でも一切手が止まることが無い。

「警察のかたですか?」

「え?」

「ここは、関係者以外立ち入り禁止ですからね。業者って感じでもないですし。みたところ、スーツじゃないから警察って感じでもないですけど」

「一応、警察です」

「一応?」

「あぁ、はい。僕は……」

「錬磨くーん!」

 首藤さんの声がした。振り返ると、自転車に乗った首藤主人がやってきていた。

「あぁ、警察の。こちらにいらしてたんですか」

「まぁ、はい」

「どうしたんですか? 首藤さん」

「今、大河小路の美桜園の主人から電話をもらってね。今夜花見に誘ってくれたんだよ。今日はさ、衝立作りもキリがいいところで切り上げちゃって、一緒に行こうよ。少しは気分転換も必要だよ。場所と時間はメールしておくからさ。いいね?」

 ビシッと指さし確認して、ちりんちりーん、とベルを鳴らしながら首藤主人は戻っていった。

「警察だったんですね。そうは見えないですけれど」

 錬磨と呼ばれた彼は、竹をまとめて、桜の柵の脇に置いた。

「じゃ、僕は失礼します。捜査、がんばってくださいね」

 おじぎをすると、彼は施設の方へ戻っていった。

 僕は一人残された。桜の柵に腰掛け、桜を見上げる。

 こんな開けた場所での変死体。遺体が発見された柵の中に足跡が一切無いからと言って、捜査一課内では『夜桜密室』だなんて騒いでいる人もいるみたいだ。

 何にしても、柵の中に一切足跡が無かったところを見ると、どうにかして柵の中の桜に女性を背負って近づき、地面にそっとおろし、立ち去ったということだろうか。

 足跡が一切なかった。しかし、それは明らかにおかしい。女性自身の足跡もないとはどういうことなのか。女性の足の指先までも花びらはまばらに覆っていた。つまり、ということだ。靴は車いすのところに置いてあった。ならば、女性の足の裏は多少なりとも土で汚れていなければおかしい。女性の足の裏について、何か見つかってはいないか。後で確認しておこう。

 女性が、生きて連れられたのか、死体を車いすで運ばれたかにもよる。なんにせよ、死因が判明しないことには、この捜査は先に進まないだろう。

 現場写真をスマホから確認する。

 柵から五メートルほどの距離に桜があり、柵と桜の中間ほどの距離に女性が横たわっていた。そして、その周りには花びらがひらひらと落ちていたのだという。写真で見る限り、積もるほどの花びらは落ちていなかった。桜が咲いて間もなかったからだろう。

 この桜は咲いたそばからもう、散り始めている。こうして、立派な桜も、誰からも見られることもなく、散っていくのだろうか。衝立が間に合えば、写真くらいは残せるのかもしれないが。

 散っていった彼女の本当の死因について、考えを巡らせた。科学的根拠が必要だが、僕の頭の中には一つ、嫌な考えがよぎった。


 先月の事件、何時島慈と名乗った、幼き子供。彼を操ったという謎の男。

 この僕自身も、殺気を感じ取る能力『追殺気』を持っているからこそあの男の持つ特殊な能力をある程度信じざるを得ない。

 もし、空を飛べる特殊能力を持つ人がいたとしたら。女性を殺して、足跡を付けずに女性を桜の柵の中に下ろしたとしたら?

 足跡は残らず、犯人の痕跡なども残らない。


 いや、馬鹿か。空想の範囲を出ない。いくら僕が特殊な能力を持っているからといって、全ての怪事件の犯人が特殊能力者であると考えるのは、早計だ。

 人を操る能力は、催眠術というか、心理的誘導の延長と考えることができる。僕の殺気を感じ取る能力だって、観察力の延長だ。大した能力じゃない。

 空を飛ぶなんて、人間じゃないじゃないか。見たことのない空想の能力で思考を妨げてはいけない。


 気分転換、僕もしようかな。

 夜桜、興味あるし。




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