14:おいでませ!ダンジョン部(2)



まず裂かれたのは、左目だった。


いや、左目というと目玉を裂かれたような表現になってしまうから、多分正しくはない。実際には額の左の方から眉、少しのまぶたを通って、左耳の手前までをパックリとやられたのだ。


次に裂かれたのは、背だった。


いや、裂かれたというには浅すぎたかもしれない。大きな爪が衣類と共に少しの皮膚を撫でただけだったから。


とりあえずどちらの傷からも、だらだらと血が流れた。特に額の傷は酷く血があふれ、そんな量の血が己から出るのを見たことがない俺はとても焦った。痛いよりも熱さと出血量でパニックにおちいった。呼吸さえもままならず、体を丸め、そうして死の予感に現実逃避を始めたのだ。


しかしそんな俺とは違い、彼女・・は果敢にも一人ぼっちで大きなドラゴンに向っていった。はっきりと覚えている。


今もなお、あれ以上に格好良いシーンをみたことはない。鮮明に覚えている。


よく、覚えている。


それはよく覚えている――なのに、どうして俺は…





――――イ…ん


(………)


――ジ……くん!


(………?)



「ジェイくんッ!!」


「どわァッ!!??」


耳元での大きな声に驚き、俺は文字通り跳ね起きた。


「び…っくり、したぁ…! 先輩、声大きいですよ…」


「君が全くちっとも起きないからじゃないか!こんなところでグズグズしている暇はないぞ、ジェイくんよ!」


半身を起こした俺の隣で、チェリ先輩が膝をついてぷりぷりと怒っている。


「…もしかして、ダンジョンです?ここ…」


「おうとも!私はジェイくんのせいでニューゲーム扱い・・・・・・・・だ!見てみろ、レベル1だぞ!こんなんで魔物に見付かったら即死だ即死!」


先輩が右てのひらをこちらに向け、俺から見て右から左へ滑らせると、ゲームで見るようなステータス画面が現れる。平均的なステータスがどれ程のものかは分からないが、とりあえず確かに"Lv.1"とあるので先輩としては"最弱"の状態なのだろう。


「おお!すごい!ゲームっぽい!普通のダンジョンとは違いますね!!」


「無駄に能力のある魔術師が集まっているからな。こういう細々した演出にも凝ってるんだ」


俺も先輩にならおうと、右手を上げてはたりと気がつく。


「あれ?手錠…」


先輩と俺の腕を繋いでいた手錠の鎖が、半ばで途切れていた。


「そ!だからスタート地点が違ったんだ!君を見付けるのは苦労したぞ!」


「ええっと?つまり先輩の意思で外した訳ではなく?」


「ああ。ガッツリ切られている・・・・・・な」


先輩の左腕には既に手錠はないので、早々に外したのだろう。チェリ先輩は宙に浮かせたままだった俺の手を取り、懐から取り出した鍵で俺の分もさっさと外してしまった。


「そんな簡単に切れるものなんですか?ソレ」


「んな訳はない。魔術系犯罪者の捕縛で使うものの簡素版みたいなものだ。術式の強度は劣るがそんなにホイホイ切れるもんじゃないし、このダンジョンの強制ワープくらいなら弾くことも可能だったはず。…というか、弾けなかったとして鎖が千切れたのなら、こういう切り口・・・・・・・にはならない」


先輩が俺のつけられていた手錠を見せてきたが、正直全く何を言っているのかわからない。鎖なのだ。どのように切れたとしても、切れた部分の輪は既にここには残っていない。


「うーん、コレが分からないということは、感知系でもなく魔術式の知識もないということだな。後者は勉強すれば多少はわかるから、勉学に励みたまえよジェイくん」


「ううっ」


実は魔術式の授業は理屈っぽくて特に苦手な教科である。


少し難しそうな顔をしていたチェリ先輩は、俺が話についていけていないと判断したようで直ぐに話題を切り上げてくれた。


「まあ、とりあえず脱出のために先に進まないとな」


「え?…この辺とか、フィン先輩がいた位置では?」


ハプニングによって一歩踏み込んだだけなのだからあの入り口の直ぐ側なのではないかと考えたが どうやら違ったようで、チェリ先輩はわざとらしく両手を広げて"やれやれ"といったジェスチャーをする。


「強制ワープって言っただろう?裏庭ダンジョンはどこから入っても3種のスタートのいずれかに強制ワープされるようになってるんだよ。どこからでもダンジョンの結界に穴を開ければ侵入は可能だが、強制ワープはかなり強い魔術式を使っているから抵抗はほぼ不可能だ」


「ワープ!ダンジョンっぽい!!!」


「それに裏庭ダンジョンを覆う結界は、外部から穴を開けるのは比較的簡単だがその逆は物凄く難易度が高い。結界術専門の魔術師でさえかなり難しいはずだ」


「つまり!進むしかないと!ダンジョンを!!」


「ついでに強制ブラックアウトもかかっているぞ!"ん、ココは一体…?"っていう異世界転移モノの主人公ごっこが出来ちゃうぞッ☆…え?既に異世界転生・・モノだろ?って?鋭いツッコミありがとう読者のみんなッ☆☆」


「…えっ?」


くるりと背後を振り返り、相変わらず誰に話しているのか不明な台詞を放つ先輩。しかしそのワードの一つ――"転生・・"には思わず反応せずにはいられない。何せ、俺自身が転生者なのだから。忘れがちではあるが。


「ん?転生者だろ?君


!?」


転生者の存在が認められているこの世界で、己が転生者であるか否かを隠す意味もなく、それ以前に自我が未成熟な幼少の段階で意図せぬ開示をしてしまうのが一般的だ。だがしかし、特別ではない・・・・・・事情は隠すよりも忘れないことのほうが難しい。つまり成熟していく程に口にする機会は失われ、思わぬときに"えっ?隣のおじいさん、転生者だったの?"みたいなことが起きる。そして"ふーん"で終わる。ぶっちゃけこの世界は、"転生者?だから何?"というスタンスの人間がほとんどで、"さすが転生者!"となるのは、異世界の知識によって革新的な技術進歩があったときくらいなものだ。故に転生者と非転生者の区別もないし、見ただけで判断なんて出来っこない――はずだ。


俺はまだこの学校で転生者であると口にしたことはない。そして昔馴染みはもはや俺が転生者である事など記憶の彼方かなただろう。それが何故、チェリ先輩に気付かれたのか?その理由を問いたい。


「いいねぇ!期待通りの反応だよジェイくん!都合のいいコンビだな我々は!画面の前の皆への世界観設定の説明的に!」


「ちょっと待ってください!チェリ先輩って転生者なんです!?転生者って見分ける方法があるんですか!?」


「そーさ!君と同じ世界からの・・・・・・・かは分からんがね!そしてざっくり見分ける方法…というか法則?はあるぞ!経験則みたいなものだが…、っと、そんなことよりさっさと行かなければ!2人・・とも動き始めているぞ!」


「そんなこと!?いやいや、ちょ、え?っていうか2人・・?」


先輩が先程とは逆に、左の掌をこちらに向けてスライドさせると、その場に平面映像のようなものが出現した。歪な丸に囲まれた中に2つの青い点が。そして何もない空間で別の2つの青い点が並んで動いている。直ぐにこれがこのフロアの平面図と、仲間の位置を示すものだろうと察した。


「これらはブレイドくんとスヴェンくんではないか?そろそろアクションを起こさないと!説明ばかりでは数少ない視聴者が飽きちゃうだろう!」


「突っ込みどころは放っておきますが、俺達はこれから何をどうすればいいんですか?」


「よし!とりあえず移動しながら話そうか」


チェリ先輩に色々聞きたいことはあるが、確かにいつ魔物がでるとも知れないダンジョンで長々とする話でもないだろう。何より、ブレイドは俺と同時にダンジョンに入っているのだ。つまり攻略方法も、目的も、何もかも知らない状態。そしてスヴェンがそれを知っ(ていたとして理解し)て入ってきているのかもわからない。であるならばさっさと合流して唯一ダンジョンに理解があるチェリ先輩の指示を仰ぐのが適切だ。


「恐らくこのダンジョンのタイトルは"ファーブニルの宝物庫"」


「…ファーブニル、ですか」


ファーブニルとは、数ある魔物――正しくは魔力生命体と言い、俗称ではモンスターとも呼ばれる――の中でも危険度の高い種が多い"ドラゴン"に類する魔物だ。このダンジョン内では分からないが、現実世界では討伐にコツの要る、かなり厄介な相手である。


「最終階層は地下50階。最下層ではボスのファーブニル戦があり、勝利するとレアアイテムをドロップすることがある・・・・・"秘宝探索型"。確定ドロップではない玄人向けダンジョンだが、下層の魔物のレベルや癖のなさ、拾えるアイテムが初心者向けであることから5から10階くらいまで何回か挑戦してから別のダンジョンに潜るっていうのがダンジョン部推奨ルートだ」


「なるほど。途中帰還が可能なんですね」


「その通り。帰還の方法は3つ。1つ目は帰還用アイテムを使用すること。2つ目はタイムオーバー、つまりダンジョン部の活動時間終了による強制帰還。この場合はアイテムなどは全部パー、没収だ。3つ目は5階毎に現れる中ボスを倒し、途中帰還を選択すること」


「じゃあ5階の中ボスの攻略を目指すんですか?」


「いや、1つ目のアイテムによる帰還を目指す。5階のボスはそう強くはないが、今回は条件が悪いからね。本当なら初回プレイの前にステータスの振りとか、ちょっと調整して貰えるんだが、全員意図せず飛び込んだからな。未調整は結構キツい。――特に我々・・はね」


「え?」


少しだけ深刻な顔をしたチェリ先輩に、こちらの不安が煽られる。


「まあ見たほうが早いだろう!ステータスを出して見たまえよジェイくん!」


「はいっ」


先輩の促しで、先程中断して見られず仕舞いだった俺のステータス画面を表示させてみる。転生前にプレイしたゲームであらゆる種類のものを見てきたが、今回のは最もオーソドックスで見慣れたものだ。指標はレベル、体力、魔力量、物理攻撃力、防御力、素早さ、魔法攻撃力…魔法防御力――…


「………」


急激に目の前が暗くなっていくのを感じずにはいられない。


「…わかったかい?最弱くん」


愕然とする俺の肩を優しく叩いて先輩は静かに頷いた。


「ウワーーーーッ!!ゲームダンジョンでくらい夢を見させてくれよオォォォォッ!!!」


先輩の言う"未調整"とはその言葉通り、現実世界の・・・・・影響を調整していない・・・・・・・・・・という意味だった。要は、魔力適性がγ+ガンマプラスである俺はそのままそれが反映したステータスであるということ。確認してみたが俺の魔力量は1桁――言われずとも強力な魔法など使えないことは明白だ。その上魔法攻撃力も魔法防御力も同じく1桁。弱小モンスターのブレスでも死ぬのだろう。


「ちなみに調整入ると最低でも魔力量は30、魔法攻撃と防御は10にして貰えるぞ!そして成長率も多少は調整してくれる!」


「つまり成長率も未調整の俺はレベルが上がっても魔法関係のステータスは成長ほぼしないっつーことですかッ!!?」


「いかにもッ!未調整の君のステータスはレベル50になったところでようやく最低数値といったところだろう!あっはっは!」


「グゥゥゥヌゥゥゥゥ…!」


「つまりだ!元々の魔力量がα+アルファプラスである向こうのバディはむしろチートレベルで下層の敵なぞ意にも介さないだろうが、我々は一発魔法攻撃食らったら即死だ!"いのちだいじに"だぞジェイくん!」


大変良い笑顔で煽ってくるチェリ先輩の台詞に苛立ちながらも、ふと気付く。先程から先輩は俺と自分を同じくくりとして話しているような気がする。


何となく察しながらも恐る恐る問うてみた。


「ちょ…っと、待ってください?…さっきから我々・・って、まさか…」



「その通りさ!!私は君より適性の低いγガンマなのであった!!!」



「ウソーーーーッ!!?あんなに馬鹿にしておいてッ!!!???」


っていうか何故そんなに自信満々に宣言するのだ。今のこの状況では絶望でしかないんだが!?


「フゥ~ここステータスに"賢さ"という指標がないことが残念でならないよ!」


先輩はマップを開いたまま その上にステータスを表示させてくれたので、俺はそれを覗き込む。こっちも一桁、あっちも一桁…さらなる絶望を叩きつけてくる数値である。


「なんてこった…」


先輩は何の戦力にもならない。どころか、女性である上に何の鍛錬もしていない…というか完全にインドア系なのであろう、物理攻撃も防御力も体力も素早さも俺より低い…これは完全に…


(お荷物…ッ!!今この瞬間からダンジョン脱出までこの先輩は完全なるお荷物と化してしまった…)


「まあ?未調整ゆえの利点ってやつもあるんだがね!」


「すみません、この数値ではその利点が何であっても希望を感じ難いかと…」


得意げな顔でチラチラとこちらを見る先輩に反応を返すことさえ億劫である。調整とやらをして貰えればこのダンジョンをもっと楽しく体験することが出来たというのに。いきなり突撃してきたくだんの女生徒――ケイシィ・ラヴァルドを恨まずにはいられない。


「あっ、マップから彼女らが消えたぞ!恐らく次のフロアへ降りてしまったんだろう!急いで追わなければ!彼女らはこのダンジョン特有の恐ろしさを知らないのだ…!」


しかし落ち込んでばかりもいられない。折角の体験の機会なのだ。死ぬわけじゃなし、楽しまねば損である。


「ダンジョンを進み、無事途中帰還を目指すぞ!ジェイくん!」


素っ気無い俺の態度を気にもかけずに、きらきらと目を輝かせこちらに向けて右手を高く掲げる先輩。そうだ、ハードモードでも楽しんでプレイ出来る男だぞ俺は!


「そうですね!頑張りましょう!」


「おー!」


パチン、小さく音を立ててハイタッチを交わす。


「ちなみにフィン先輩はドSなんだ。痛覚とかマジリアルだし死ぬときの感覚とか完全にトラウマものだから敵は全力回避で行こうジェイくん!ぶっちゃけ今回最大の目標は全員のトラウマ回避だ!!」


「いきなり心折られたんですがッ!?」

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傀儡師と紅蓮の華 -転生特典ないけどせめてモブとして間近で魔法戦を見ていたい- 犬好 @dog_sweet

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