第2話 「目覚めの始まり」

 一階へ降りると、宿で働く筋骨隆々のコックが、ボロ布をまとった少女を指でつまみ上げていた。


 「ったく、これで何回目だ」


 どうやら初めてではないらしく、常連らしい客は見向きもしなかった。


 「いったい何ですか、こんな時間に」


 俺が声を掛けると、少女をつまんだままコックはこちらに向き直って言った。


 「おぉ、すみませんねお客さん。コイツ、この辺に住み着いてるエルフでしてね、親がいないからなのかマトモじゃなくてね。よく盗みに入るんです」


 「親は関係ないだろう!」


 気付くと声が出ていた。頭では分かっているのに、親の話が出ると昔からこうだ。最近は無かったから忘れていたが、まだ治っていなかったとは。


 「す、すまない。つい大声を」


 と、コックが俺の声で気を抜いた瞬間、ボロ布の少女がコックの指から離れ、出口がある俺の方へ走ってきた。


 「おい!待てドブ娘!」


 コックの怒号と同時に少女が俺にぶつかり、よろめきながらも夜へと駆けていった。


 「クソっ!お客さん、何者か知らねぇが口を出さないでくれよ。こっちも商売なんだ。」


 言い捨てると、コックは厨房へと消えた。


 「何だったんだ……」


 と、ふと腰に手をやると……


 「ん……?っ!父さんの短剣がっ!」


 無いのだ。自室がある三階まで駆け上がり、部屋をひっくり返して探したが、無かった。

 と、ハッと気付いた。


 「あの時か……」


 さっき少女とぶつかった瞬間に盗られたのだろう、という結論に至った。


 「なんて間抜けなんだ俺は……!」


 旅の目的を達するための手掛かりはあの短剣しかない。間抜けながらも、そこからの行動は早かった。

 夜の闇に駆け出した俺は、村のあちこちを探し回った。そして……。


 「……いた」


 視線の先には、別の宿のコックにタコ殴りにされている少女がいた。


 「今日こそは死んでもらうぜ、嬢ちゃん。お、いっちょ前に刃物なんて持ってやがる。コイツはよく切れそうだ。ヒヒっ」


 コックの手には、父さんの短剣が握られていた。


 「おい待て!それは俺の短剣なんだ!」


 さっきよりも大きなコックがこちらに向き直る。


 「さっきよりデケェ……」


 「おい小僧、何をぶつくさ言ってやがる。お前、こいつの仲間か?」


 せり出した額で陰になった鋭い目が、俺を見据えている。


 「いやっ、違うんだ!その少女にさっき短剣を盗まれたんだ。あんたが握ってるそれを」


  俺が指差すと、コックは自分の手を見つめ、短剣を投げて寄越した。


 「うわ!危ないだろう!」


 「うるせえ。ちゃんと仕舞ってろこの間抜け野郎」


 そう言うと、男は少女を片手で道の反対側まで投げ捨て、店の奥から別の刃物を持ってきた。


 「お、おい。何するつもりなんだ」


 コックは俺に見向きもせず、少女に歩み寄った。


 「クソガキ、もう容赦はしねぇ。死んでもらうぞ。やっぱり親が親なら子も子だな。12年前、お前の母親がお前をこの店に預けに来た時は驚いたぜ」


 コックが話し始めると、無反応だった少女が顔を上げ、コックを睨みつけた。


 「娘を預かってくれだのと訳の分からん事を言い始めてな。それなら相応の対価は払って貰うって事で、あの晩は皆楽しませてもらったよぉ、ヒヒっ」


 今や少女の剣幕はコックを殺さんとする程のものだった。しかし、コックを睨むその目には、光るものが見えた。


 「村の男が満足した後、お前の母親はしきりに礼を言っていたぜ、娘をお願いしますってな」


  いつの間にか、周りには野次馬が集まっていた。男はいやらしい目で。女は汚いものを見る目で、少女を見つめていた。


 「で、母親が帰った後、お前をドブに捨ててやったのよ!ヒヒヒっ!このご時世に他人の子供なんて養えるわけがないだろってな!ったく、バカな母親だぜ!ヒヒっ!」


 他人の子供……バカな母親……その言葉は、俺の中の何かを貫いた。


 「黙れっ!!」


 コックと少女、そして野次馬が一斉にこっちを向いた。


 「黙れこの外道野郎……っ!お前たちに何が分かるんだ……その子を置いていった母親のっ……!何が分かるんだっ!!」


 「何だお前、部外者は消え……」


 「黙れって言ってんだっ!親ってのは子供を想うもんだっ!どんな都合があっても、自分の身を捨てても、子供だけは守りたいんだっ!その気持ちを……お前達は……っ」


 その時、俺の中でナニかが目を覚ました。  そのナニは、すぐに俺を支配した。


 「お前達はっ……お前……オマエ……ッタ……ヘッタ……ラガ……」


 「おい、コイツおかしいぞ……おい!くそ!バケモノが……っ!!」


  俺の意識は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく村人の無数の背中という光景で、終わっていた……


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソウル・イーター 聖喰者の罪と罰 市九郎 @ichikuro8787

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ