第11話

「さて、追い出されてしまったものの……何したものかな……」


 ASC本部、ランチルームに続く中庭。朝食には遅く昼食には早いという微妙な時間だったが、職員であろう人がブランチをとる姿がちらほらと伺えた。


「あれ、M県のお兄さんや」

「ほんまや、こんなとこで何してはるのんー?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには赤い帽子を被った双子の兄妹……先日S市支部に来た、運び屋系燕のイドたちがいた。


「あ、えーと……PさんとQさん」

「はーい、つばめトランスポートのP&Qやでー。まさか西の端の人と東京で会うなんて思うとらんかったでびっくりやわぁ」

「ブロック長会議に顔出しに来てたんです。ほんとに顔出しだけですぐ追い出されちゃいましたけど……お2人は、今日も配達ですか?」

「おん、そのついでで今はちぃと早めのお昼休憩」

「どやった?ブロック長さんら、けっこうキャラ濃かったやろー」

「そうですね……まあ僕からすればイドという時点で皆さんキャラ濃いですけど」

「「それもそやな!」」


 綺麗なハモリの返事に、琉生は流石双子、と小さく笑う。


「そういえば、Pさんたちは行動範囲が広いんですね。S市以外に東京にも来るなんて……」

「うちらは基本根無し草の渡り鳥やでねぇ、あっちゃ行ったりこっちゃ行ったりしてるんよ」

「色んなとこ行けて楽しいでー」

「けれど、そんなに色んなところに行ってると、なかなか家に帰れないんじゃ…」

「家無いよ」

「え?」


 さらっと告げられた言葉に、琉生は思わず素っ頓狂な声を出す。


「ぼくら、決まった家持ってへんのさ。物心ついた時から親もおらんし、何より一つところにずっとおると落ち着かへんくって」

「せやさかい、毎日色んなとこふらふらしとんの」

「……そう、なんですか」

「昔は『変な子や』ってよぉ言われたけど、今けっこうホテルとかネカフェハシゴしてる人ちらほらおるって言うし。何よりここはASCやから、変で当たり前って感じで気楽やんなー」

「なー」

「そうなんですね……」


 なるほど、そういう人もいるのかと琉生が頷くと、不意にQが「そういや、お兄さんはこっちでお友達でけた?」と尋ねる。


「え?……い、いえ」

「あかんでぇ、1人でご飯より皆揃った時のご飯のほがおいしいんよ」

「誰でもって訳やなくて、心許した相手に限るけどな。ぼくもPいーひんとご飯美味しないし。」

「兄やんは寂しがりやなぁ、うちもやけど!」


 ……琉生は、友達などというものは不要だと考えていた。だからこういう話を身内に振られると、愛想笑いで流すのが平時の琉生である。

 だが、琉生はこの2人の話を聞いて、不思議と悪くないなと考えていた。


「……そうかもしれませんね」

「あれまあ、お兄さんそんな素直やっけ?」

「もっと世間一般敵やー!みたいな眼差ししとった気がするけど?」

「そ、そうですかね…?たしかに学校の先生からは明るくなったって言われるようになったけど……」

「んまあでも、ええん違う?やっぱり楽しい方がええにー」

「そうですよね。……あの、ところで……さっきから食べてるそれは、一体……?」


 琉生は勇気を振り絞って、双子が先程からおやつ感覚でつまんでいる緑色の物体の正体を尋ねた。


「んー、これ?」

「乾燥バッタ!食うか?」

「ひぇっ……い、いえ、けっこうです……」











 ───ところ変わって、ブロック長会議室。


「しかし、ここ2、3年で天使の召喚が増えたな」

「本当ですわね、召喚方法はネットでしか情報が回ってないですし、情報担当部が見つけ次第消してるというのに……」

「デジタルタトゥーというくらいです。数秒でもネットに流された情報は消しても魚拓なり口伝なりでどこまでも回覧されるのでしょう」

「ネズくんの言う通りだよ、あまねもこの前ツミッターの裏垢で回されてるの見たもん。すぐ通報してBANしたけど、多分これはだいぶ出回っちゃったかもなぁ〜……」

「嫌なもんだねぇ……」

「お前らそろそろ次の議題いくぞ、先程も言ったが『空の蛹』について情報があれば随時本部とS市に報告を……」


 琉生が追い出されてからも、会議は粛々と進行していく。だが、静かな中、ガタッという騒がしい音で瑞姫の言葉が途切れた。


「ッ!!」


 今の今までうつらうつら船を漕いでいたいばら姫……ねむが、急に飛び起きたのだ。


「あ、ねむさん。おはようございます」

「………………来る」


 ネズの挨拶に返すことなく、ねむが青ざめた顔でつぶやく。


「? 来るって、一体何が……」

「ああ、ネズくんはあまりねむちゃんと話すことないから知らないのかー」


「……井原が完全に目を覚ます時は、だいたい面倒なことが起こんだよ」





 けたたましい警報音が本部に鳴り響く。


「!?」

「うわ、この音…!」

「お兄さん、中入ろ!この警告音、天使がぎょうさん出てきた時の音や!」

「ぎょうさんというとえっと、複数体現れたってことですか!?」

「少なくとも10体は見た方がええ!えーと場所は……うっわここの近くや、しかも他の23区のうち半分以上で同時召喚来てはるわ!」

「アカーン!!!」

「地獄じゃないですか……」


 琉生とP&Qはランチルームのモニターに映し出されたマップを見て、天使出現件数に頭を抱える。


「一般スタッフと非戦闘系のイドはこちらに避難お願いします!」

「お兄さん、はよ避難しよ!」

「は、はい!」


 琉生が双子と一緒に避難しようとした時、スタッフが声をかける。


「あ、敷辺さん!S市の敷辺さんですよね!現場に招集かかってます!天使よけ……もとい、一般人の保護を手伝えと『女王』さんから!」

「うわマジか……わ、分かりました、すぐ行きます!すみませんPさんQさん、また後で!」

「気ぃつけてなーお兄さん!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

正邪の秤 勿忘草。 @wasure0628

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ