第10話

「みんなおっはよー!あっ、ねぇねぇ女王!アリスちゃんはどうしてる?また会いたいな〜、今度連れてきてよぉ!」

「……そのニヤニヤ顔はどうにかならねぇのか『山羊喰い狼』」

「そんな釣れないこと言わないでよォ〜、まあいいや今日はこの子で勘弁してあげる!ねえねえ君なんて名前?いくつ?どこ住み?てかLINEやって痛ぁい!!!」

「すまんな女王、こいつは後で殺しておく」

「あらあら、『赤ずきん』さんは物騒でいけませんねぇ。やはり信仰心が足りないのでは?ねえ坊や、神様をご存知?私と共にハシバミ様に仕えてみませんか?」

「ねむ……」

「お菓子食べたーい」

「ちゅんちゅん」

「あわわわ……」


 ───東京、ASC本部。

 背の高いビルを見上げすぎて痛くなった首を擦りながら、琉生は瑞姫と彼を取り囲む6人の男女の間に挟まれてもみくちゃになっていた。


「『灰被り』は組織内の宗教勧誘は禁止だっつってんだろいい加減にしやがれ『眠り姫』は寝るな『甘露の魔女』は食うな『小鳥』は人間に戻っとけモブ顔は黙れ」

「理不尽……」


 ASC支部長会議。日本各地の支部から支部長が本部に集まり、近況報告やこれからの方針について話し合う場、とのこと。

 無論ここに集まっているのもASCの中でも指折りのイドたちばかり……そう。指折りのイド、つまり変人の集まりなのだ、ここは。それも今回は各地区の支部長をまとめるブロック長限定会議。変人の中の変人、もはや個性の蠱毒状態だ。


「……静粛に。これより会話の記録を始めます」

「あ、来たね議事録係。みんなー、会議始まるよー」


 ヘッドホンを装着した少女が会議室に入ってくると、支部長たちは大人しく席に着く。協調性の欠片もなさそうなのに意外なものだと驚く琉生に、瑞姫が耳打ちする。


「あれは『王様の耳はロバの耳』のイドだ。あれの耳に入った会話は全てASCの本部どころか支部にも筒抜けになるから、てめぇも無駄口は慎め」

「は、はい……」


 少女がヘッドホンを外すと、ヘッドホンの中からシャカシャカと音楽が漏れ出す。あんな大音量で音楽を聴いて耳が悪くならないのだろうか。琉生は不思議に思うが口にはしないことにした。


「皆さんお揃いでしょうか?お揃いのようでしたらこれより、ASC支部長会議、ブロック長部門を開始します。議事録係は私、降谷ふるやみちるが努めさせていただきます。よろしくお願い致します」

「お願いしまーす」

「お願い致しますわ」

「おねしゃーす」


 ばらばらながらも全員が挨拶を返す。


「さて、普段は北海道ブロック長から順番に近況報告をするところですが……今回は近畿ブロック、M県S市支部の話が本題になります。雪代さん、よろしくお願い致します」

「ああ」


 瑞姫は立ち上がると、琉生にも立ち上がるよう促し、琉生もそれに続く。


「……本部から連絡は回っていると思うが、1ヶ月半前の天使襲来で特殊体質になった人間というのがこの敷辺琉生だ。これまでは定期的な観察と天使討伐現場への試験的投入で様子見をしてきたが…未だ進展なし。支部だけでは限度があるとの本部判断で、各地の支部や提携団体にも協力を要請することになった。……おい挨拶くらいしろモブ顔」

「あっはい!……敷辺琉生です、よろしくお願いします……」


 琉生が言われるがまま自己紹介をすると、ブロック長たちがわいわいと自己紹介を返し始める。


「琉生くんだね、よろしく!僕は漆山うるしやま七生ななき。東北1ブロックのA県A市支部長さ!『狼と七匹の子山羊』のイドだよ〜」


 初めに声を上げたのは、会議前に琉生に親しげに話しかけてきた茶髪の男だ。人好きのする笑みを浮かべているが、何故かどことなく胡散臭い。


「……狩野かのくりむ。東北2ブロック、F県F市支部長。『赤ずきん』のイドだ」


 それに続いて、赤いオーバーサイズなパーカーを着た長身の女性が名乗る。フードを目深に被っているので顔は殆ど見えないが、凛とした声がよく通る。


「私は灰原はいばら恵良えら。甲信越ブロックのY県K市支部長を務めております。『灰かぶり姫』のイドですわ」


 亜麻色の髪を揺らし、白いワンピースの裾を上品に摘んで一礼したのは、宗教勧誘をしてきた女性。琉生と目が合うと、たおやかな笑みを浮かべる。


「『ヘンゼルとグレーテル』のイドで北海道ブロックのS市支部長、樫屋かしや愛寧あまねだよぉ〜。ねえねえおやつまだー?」


 ツインテールにしたパステルカラーの髪が特徴的な少女が、のんびりとした口調で続ける。


「むにゃ……」

「あっ、この子は僕が代わりに紹介するね!眠そうなのは中部ブロックI県K市支部長の井原いばらねむちゃん。『いばら姫』のイドなんだよー」


 最初からずっと机に突っ伏してうとうとしていた少女の紹介を七生が代弁する。そんな調子で5人のブロック長の自己紹介が終わったところで、琉生はふと、冒頭で囀っていた小鳥のいたところを見る。するとそこには、燃えるような赤毛の小さな少年が座っていた。


「えっと、君はさっきの……」

「はい!国土奪還隊総長、山原やんばるネズです!よろしくお願いします!」

「ど、どうも……」

「よし顔合わせは終わったからモブ顔は出てっていいぞ。というか出てけ、聞いても無駄だし邪魔だ」

「そんなぁ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る