神は俺らを見捨てない

針音水 るい

神は俺らを見捨てない

 神様というやつは、この世界をたったの7日間で作りあげた。

 

 1日目に宇宙と地球。

 2日目に空。

 3日目には大地や海を作り、植物を生えさせた。

 4日目に太陽と月と星。

 5日目に魚と鳥。

 6日目に獣と家畜。そして自分に似せた「人間」

 を作り出した。

 7日目には流石の神も疲れたのか、休暇を取る。

 

 彼の性格から考えると、恐らく有給休暇だろう。


 神様が作った世界は、その後さらに繁栄していき、進化を遂げていく過程で世界中で様々な罪が生まれた。その中でも特に醜いのが人間と人間の争いだ。奴らは神の教えを破って人を思いやることを忘れ、次から次へと戦争を起こす。

 正直俺だったら、もうあんな奴らなんか知らねって思うほどきりがないのだが、神はどうやら温厚らしい。

 どれだけ裏切りられても、どれだけ失望させられても、彼は未だにあの哀れな人間の手をしっかりと掴んでらっしゃる。

 

 じゃあ逆に考えてみよう。これだけ優しくて柔和な神に見捨てられる人間とは、一体どんなやつなのだろうか、と。この前神様会議の手伝いをした時にちゃっかり聞いてしまったのだが、地球には実際、神様に見捨てられてしまっている人間がいるらしい。

 

 え?なになに?信じられないって?

 

 俺も最初はそう思ったさ。

 だってあの神様だぜ?人間が作った聖書というものに彼の素晴らしき仕事がたくさん記されているが、あんなことができるのは、この「天球」の中でも彼しかいない。

 そんな彼に見放されるとは、地球の人間もお気の毒だな。


「やっぱりクズみたいな人生を歩んだやつが選ばれて見捨てられるのかな?」

 幼児の姿をした俺の同僚が言う。

 片手に缶コーヒーを持っている様子がなんとも不釣り合いだ。

 俺たちは人間界に行く時、必ず人の姿に擬態してし事をしている。なにせ人じゃないってバレたら大騒ぎだからな。

 俺たちなんか厄介者として扱われることが多いから特に。

「それともやっぱりくじ引きかな?」

「そんな適当なわけないだろ」

 俺は苦笑する。

「じゃあお前はどうやって決めてると思うんだよ」

 うーん。

 そう聞かれると分からん。

 神様なんて雲の上の存在だからな。一平社員の俺の頭で理解できるような人じゃない。

「あ、そういえば。俺この前妙な物を見たんだ」

 同僚が突然キラキラとした目をパッと見開く。幼い顔のせいで表情がやけに明るく見え、つい頭を撫でたくなったが、すんでのところで気持ちを抑える。

 

 危ない危ない。


 たとえ見た目が可愛らしい幼児だとしても、中身はただのおっさんだ。


「地球でし事をしてた時の事なんだけど、見知らぬやつが人間の死刑を執行してたんだよ」

 人間の死刑というのは俺たちのし事なんだけど、それを他の部署の奴がやるなんて聞いたことがない。

 新人が間違えたのか?

「でな。どっかであの顔見たことあるなーなんて思ってたら、そいつがあの天使様だったってわけ。ほら、よくテレビに映ってる神様の横で常にお行儀良く立ってるやつ」

 びっくりだよな?同僚がコーヒーを飲み終え幼児ではありえないような怪力で缶を潰す。

「それは確かに謎だな。しかも天使様だろ?人間達の救い主の1人じゃないか」

 

 まぁ、俺は嫌いだけど。


「すがっている相手に人生を終わらせられるなんて、人間も気の毒なもんだな」

 

 そういえばこの前、俺の上司のサタンさんも似たようなことを言っていたな。人間はよく神社や寺で神にお願いをするが、それらは全て「天球郵便局」に一旦集められ、天使達に選別され、そのほとんどが捨てられてるらしい。

「似たような願い事ばかりで神も飽きちゃったんだと。何億年も生きてきてらっしゃるから分からなくもないが、それでもやっぱり人間が気の毒だよな」

 確かに。

 損ばかりしている気がする。

 

 こう考えると、人間達がすがっている神様は、本当に彼らを守っているのだろうか?


「おっと、いけね。あんまりここで油売ってるとサタンさんにまた怒られちまう」

 同僚が慌てた様子で立ち上がる。

 身長に対して長すぎる黒いローブが一瞬パサっと舞い上がったと思いきや、可愛いらしい幼稚園児の制服になった。

「この前も鎌の磨き方がなってないとかで怒られたんだよ。割と丁寧にやってるつもりなんだけどな」

「鎌は俺たちにとって1番大事なものだからな。やっぱりし事は一瞬で済ました方が、俺たちにとっても人間にとっても楽だろ」

 

 俺もそろそろし事に行かないと。


「まーでも、良い人ほど神様に呼ばれるから先に天に召されるなんて、人間も甘いことを考えたよな」

「ほんとそーだよな。神様にとって、必要な人材は、この天球にすべて揃ってるって言うのに」

 ほんと、なんとも気の毒な生き物だな。

 

 死んでいく人間で完璧な存在なんているわけがない。本当に完璧なのは、俺たちのように争わず、神を裏切らず、そして何より、永遠に生き続けられるような存在のことを言うんだ。

 俺たちには、「かみ御加護ごかご」というやつが本当の意味でついている。

 当然だ。

 俺たちは神の下で忠実に働いている。


 俺らは今日も選ばれた

 いや、捨てられた人間を探しに行く。

 何せそれが俺たち「死神」のだからな。

 必要の無い人間を消すことなんて、朝飯前だ。


 次に神に見捨てられる人間が君ではないことを

 俺が代わりに祈っておいてあげるよ。

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