夢の中のダンジョン

黒うさぎ

夢の中のダンジョン

「はぁ……」


 ロベルトは執務室で一人頭を抱えていた。

 原因は若者の冒険者離れだ。


 魔王が討伐され、賢王による治世の元で人々の生活は安定していた。

 わざわざ危険を冒してダンジョンへと潜り一攫千金を狙わなくても、労働によって生きる為に十分なだけの対価を得ることができるようになったのだ。


 平和な世の中というのはロベルトにとっても喜ばしいものだった。

 しかしながら、冒険者ギルドのギルドマスターという立場からすると素直に喜べないのが現状だ。


 冒険者の減少に伴うダンジョン資源の採掘量の低下。

 これは人々の生活の基盤を脅かしかねない事態だ。


 冒険者の減少については国も危機感を抱いているようではあるが、未だ解決策は見出だせていない。

 ようやく魔王が倒され、死と隣り合わせの暮らしが終わったというのに、どうしてわざわざ命の危険を冒してまでダンジョンへと行こうとする者が現れるというのか。

 その課題をなかなか越えられないのだ。


 冒険者ギルドとしても、未だ冒険者として頑張ってくれている者たちのためにもギルドを潰すわけにはいかない。

 だからこそ、日を追うごとに苦しくなる経営状況をみる度にロベルトは頭を抱えるのだった。


「辛気臭い顔をしてるねぇ、ロベルト」


「……リュシカさん。

 せめてノックくらいしてくれといつもいっているでしょう」


「いいじゃないかい、私とお前の仲なんだから」


 全く反省の色を見せないリュシカに、思わず溜め息が漏れる。

 リュシカは薬師ギルドのギルドマスターであり、こうして度々連絡もなくロベルトの執務室を訪れるのだ。


 立場的にも仕事中の面会はせめて連絡の一つくらい欲しいものだが、リュシカが聞く耳を持たないのは既に嫌というほど理解させられている。

 今では冒険者ギルドの職員も、堂々と執務室へ向かうリュシカを止める素振りすらみせなくなっていた。


 人の何倍もの期間を若い姿で生きるエルフであるが、リュシカはそんなエルフでありながら老人のような見た目をしていた。

 以前に一度年齢を尋ねたことがあるのだが、どういうわけかその後の記憶が一切ない。

 ただ、どういうわけか二度と年齢を尋ねようと思うことはなかった。


「また冒険者が減ったのかい?」


「今月に入って既に5人も引退の旨を伝えてきています。

 いつでも復帰してくれとはいってありますが、おそらく彼らがここに戻ってくることはないでしょう」


「平和も必ずしも良いものとはいえないねぇ」


「全くです」


 まるで自分の部屋のように応接用のソファーでくつろぐリュシカではあるが、その表情は少し硬い。

 ダンジョンの資源を利用しているのは薬師ギルドも同じだ。

 冒険者の減少に思うところがあるのだろう。


 ロベルトも手早くお茶の準備をすると、向かいの席へと腰を下ろした。


「それで今日はいったいなんの用事ですか。

 残念ながら今日は茶菓子を切らしているので、いくら待ってもお茶しか出せませんよ」


「お前は私のことを、菓子を食べに来るだけの暇人とでも思っているのかい」


「違うんですか」


 リュシカはそっと目を逸らすとお茶をすすった。


「……今日は遊びに来た訳じゃない。

 実は新しい薬の開発に成功したから、それを報せようと思ってな」


 そういうと、リュシカは懐から液体の入った瓶を一つ取り出した。


「新しい薬ですか。

 高純度の治癒ポーションとかですか」


「そういう類いのものじゃない。

 これは使用者に特定の夢を見せることのできる薬さ」


「夢、ですか。

 いったいどんな夢を見ることができるんです?」


「まあ、待ちな。

 これをやるから、自分で確かめてみると良いさ。

 寝る前に飲めばその夢を見ることができるはずだよ」


「……副作用とかないですよね」


「私の腕を疑っているのかい?」


「いえ、失礼しました。

 では早速今晩飲んでみます」


「明日も来るから、感想を聞かせておくれ」


 いたずらをするときの子供のようなリュシカの顔を見て、ロベルトは安請け合いしたことを既に後悔し始めた。


 ◇


 ロベルトはその晩、早速リュシカから貰った薬を試してみることにした。


 薬を飲んだ後ベッドに横になり、しばらくすると薄暗い洞窟のような場所に立っていることに気がついた。

 そしてすぐに周囲の警戒を始めた。


 かつて冒険者としても活躍していたロベルトはこの場所がただの洞窟ではなく、魔物の跋扈するダンジョンであることを肌で感じとったのだ。


(ダンジョンの夢か。

 しかし、リュシカさんはいったいなぜこんなものを)


 リュシカの狙いはわからないが、ここにいても仕方がない。

 夢だというのに、体はまるで現実のように細部まで意識して動かすことができる。

 ロベルトは現役時代のことを思い出しながら、いつの間にか握っていた愛剣を片手にダンジョンの奥へと足を進めた。


 ◇


「それで夢はどうだったかい?」


「自分がどれだけ鈍っているのか痛感しましたよ」


 ロベルトは慎重にダンジョンを攻略していったが、現役時代なら見落とすことはなかったであろうトラップにはまり、そこを魔物に襲われて呆気なく死んだ。

 致命傷となる一撃をくらった瞬間に夢が終わり、そこから新たに夢を見ることはなく、いつものように朝を迎えた。


「この薬を飲むとダンジョンの夢を見る。

 夢だから殺されても実際に死ぬことはないが、もちろん財宝は手に入らないし、殺された日はその後再びダンジョンの夢を見ることはない」


「面白い薬だとは思いますが。

 どうしてダンジョンの夢を見る薬なんて作ったんですか」


「その前に一つ確認をさせてくれ。

 ロベルト、またこの薬をやるといったらもう一度飲みたいと思うかい?」


「それは、まあ。

 これでも元冒険者ですから。

 あんな死に様納得できませんし、リベンジしたいとは思いますよ」


 そういうとリュシカはニッと笑った。


「その言葉を聞けて良かった。

 実は冒険者が減少している現状を打破する為に、この薬を売り出そうと思っているのさ」


「ええ!?

 こんな薬を売ってしまったら、更に冒険者が減ってしまうのでは?」


 危険を冒したくはない、という理由でダンジョンを離れる者たちがこの薬を知ったらどうなるか。

 死ぬことのないダンジョンを知ってしまったら、それこそ二度と本物のダンジョンに入ろうだなんて思わなくなってしまうのではないか。


「大丈夫さ。

 まあ見ていな」


 リュシカは妖しく微笑んだ。


 ◇


 それから、薬師ギルドでダンジョンの夢を見る薬「夢見薬」が大々的に売り出された。

 少し高い値段設定であったが、その売り上げはロベルトの予想を大きく上回っていた。


 どうやら命の危険を冒したくはないが、冒険者に憧れる一部の若者を中心に好評のようだ。

 ロマンを探し求める冒険者にノーリスクでなれるのだから、わからなくもない。


 実際に死ぬわけではないが、少しでも長く深くダンジョンを攻略しようと、使用者たちは夢の中で日々その技術を磨き、生き残る術を獲得していった。


 一度死ぬとそこで夢が終わってしまい、再びダンジョンの夢を見るにはまた寝る前に薬を飲まなくてはならない。

 しかし当然ながら、薬を買うにはお金が必要である。


 いくら安定した賃金を得ることができているとはいえ、毎日毎日薬を買うには明らかに足りていなかった。

 薬を飲まなければいいだけの話ではあるが、一度ダンジョン攻略の高揚感を知ってしまうと、我慢なんてできなかった。


 今の仕事では薬を買うためのお金をすぐに稼ぐことはできない。

 しかし、他の仕事を探そうにも優れた技術を持っているわけではないので、そう簡単に割りの良い仕事を見つけることはできない。

 どうしたものか。


 若者が苦心している中、ある日薬師ギルドからある声明が出された。


『夢見薬に必要なダンジョン資源が枯渇中。

 資源を持ち込んでくれた方には割引き価格で夢見薬を販売』


 その声明を聞いて若者は閃いた。

 そうか、冒険者になればいいのか。


 資源を持ち込めば割引き価格で薬が手に入るし、他に手に入れた資源を売れば薬を買ってもお釣りがくるだろう。

 幸い、ダンジョンで生き残る為の術は学んでいる。

 こんなローリスク、ハイリターンな仕事は他に無いのでは?


 こうして、ギルドは新たな冒険者の獲得に成功したのだった。



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