『赤ずきん』ちゃんと星降る夜の日

 ある所に『赤ずきん』と呼ばれる女の子がおりました。


 このお話は皆様がご存知の『赤ずきん』の数年後。

 あどけなかった少女が、立派な娘さんになった頃のお話。




 ♯♯♯




 その日。

 『赤ずきん』は滅多に座らない鏡台の前に座っておりました。

 否、おりました。


「ありがとね、リラちゃん。この子ったらもうお年頃なのに飾りっ気ひとつないもんだから」

「いえ、気にしないでください。この子は妹みたいなものですし」


 そう言って後ろで盛り上がっているお母さんと近所に住む年上の幼なじみであるリラの二人を他所に、『赤ずきん』はため息をつき、ポツリと小さくつぶやきました。


「今日は村の見回りのはずだったんだけどなぁ」



 今日、村は年に一度の短い夏の訪れを祝い、村を飾ったり、季節の草花の意匠の入った衣装を着て、焚き火を焚いて満天の星空のもとで踊り明かすお祭りの日でありました。



 しかし、毎年この日の『赤ずきん』ちゃんはというと。

 いつも村の警護を担っている男たちが祭りの日の休み得るのに代わって警護を担っている猟師たちの警護に加わっているのでした。


 当然、今年も『赤ずきん』はそのつもりでウキウキといつもの真っ赤なケープに身を包み、もうしっかり手に馴染んだ愛銃と共にうちを出ようとしました。

 が、扉の前で妙ににっこりと微笑んだ二人に捕まり、抵抗虚しく、部屋に引っ張り戻され着替えさせられ、今に至るのでした。


 ーーー今、目の前に並んでるガラス瓶やら化粧の道具やらが、銃弾やら火薬の調合道具ならどれほど心躍ったか……。


 鏡の中の、いつもと格好の違う自分に落ち着かなくなり、『赤ずきん』は振り向きながらリラに尋ねました。


「ねぇ、ほんとに今日はケープ着ちゃダメなの?」

「ダーメ!せっかく可愛い格好してるんだから、フードは禁止!」

「えー」

「えーじゃないの!ほらっ、じっとしてて。」


 パタパタと白粉をはたかれ、ソルフは思わず目を閉じました。


「あ、そうそう。」


 ふと、リラが白粉をはたく手を止めました。


「今日は銃、持ってっちゃ駄目よ」

「え?い、今、なんて言った?」


 『赤ずきん』は思わず、聞き返しました。

 今聞こえた言葉が自分の聞き間違えであれと思いながら。


「だーかーらっ。今日はせっかくのお祭りで、せっかく可愛くおめかしだってしてるんだから、銃は置いていくの!」


「いやァァァァァ‼︎‼︎」


 祭りの準備に浮かれる村に願いの打ち砕かれた『赤ずきん』の悲痛な悲鳴がこだましました。





 ♯♯♯





「はぁ」

「ほら、ため息ばっかりついてないで。せっかくこんなに楽しい日なんだから」


 村の広場に繰り出してしばらく、周りの人々の明るい雰囲気とは裏腹に、もう今日何度目かわからないため息をついた時、一緒に広場を回っていたリラが数歩先で振り返ってそんなことを言いました。


「この際だから、もう見回りや銃に関しては、まあいいや。……けどさ」


「けど?どうしたの?」


「……あのケープは着ないと、落ち着かないんだけど?」

「ダメよ」


 リラに即答されて、『赤ずきん』はむっとして尋ねました。


「どうして?」

「どうしてって…貴女、その髪フードで隠しちゃうじゃない」


 『赤ずきん』はハッとして、そして少し困惑したような顔をしました。


「何で隠す必要があるの? その貴女の赤髪、私は好きよ」



 そう、この日。

 いつもの真っ赤なケープを被っていない。

 つまり今、『赤ずきん』はいつもは隠れている、彼女特有のその甘酸っぱく熟れたさくらんぼのようなチェリーレッドの赤髪を丁寧に編み込んでいるのでした。


「……」

「ほら、今日は楽しい日なんだから。下向かないの。さ、行きましょ」

 リラにそう促され、『赤ずきん』は再び歩き出しました。




 ###




 その後。

 日が沈み、まさに降るような満天の星空が頭上に煌めいていました。


「君、見ない顔だよな」

「名前は?どこに住んでんの?」


 リラと別れて、ふらふらと歩き回った後、焚火の焚れた広場の隅でいつもとは違う村の様子を眺めていると、数人の男たちに声を掛けられていた。


 それは村に住む、日頃狩人の手伝いをしている『赤ずきん』をからかっては、ボコボコに成敗されている同年代の若い男達でした。


「ごめんなさいね。ほかの所も見てみたいから…」


「なあ、君ひとりだろ?じゃあ俺らと一緒でもいいじゃんか」


 振り切ろうとしているのに、いつまでもへらへらと話しかけてくる奴らに『赤ずきん』はイライラとし始めておりました。


『赤ずきん』はいつものように隠し持っている銃を取り出そうとして……。


 ---あ!しまった…今日は銃、置いてきたんだった……。


 舌打ちをしそうになるのを必死にこらえ、笑顔を作った。


「君の髪、綺麗な赤髪だね。」

「ああ、そうだな。同じ赤でも『赤ずきん』とは大違いだな」


 そこで男どもがドッと笑いだしました。


 ---好き勝手言いやがって、こーいつらァァ---

 きっと、今目の前にいるこの男どもは、自分達が声をかけたのが日ごろ、散々女らしく無いだのなんだのと馬鹿にしている『赤ずきん』本人だということに気が付いていないのでしょう。


 ---ああ!もう限界!銃がないのはちょっと心もとないけど、もう無理!!


「ちょっとあんたたちいい加減に……」


 さっきまでの作り笑いをやめて、そう声を張り上げようとしたその時。




「おっとごめんよ。そろそろ放したほうがいいぞ?こいつ、おっかないから」

「「「は?」」」「へ?」


 『赤ずきん』の斜め後ろから聞き覚えのある若い男の声が割り込んで来ました。

 その場にいた全員が声の方に顔を向け、同時に叫びました。


「「「「ルーク!?」」」」


 そこに立っていたのは、他の人と同じように祭り衣装に身を包んだ、幼馴染の人狼族の青年 ルーク でした。

 ルークは『赤ずきん』にまっすぐ向き直りました。


「さぁて、『赤ずきん』ちゃん。苛立って大暴れする前に場所を変えようか?」

「はぁ?『赤ずきん』だぁ!?」

「……な、なぁルーク。マジで…『赤ずきん』なのか?」

「ええ、そうよ!私は『赤ずきん』よ!あんたたちねぇ。今日のこと、ほんとに覚えてなさいよ?」

「「「ひぃぃぃ」」」

「はぁ。ねぇ、落ち着きなよ…か弱い女子なんだろ?」

「だって…。ああもう!やっぱり一発ずつ何かで殴んなきゃ気が済まな…」

「ソルフ?行くよ。」

「……分かったわよ」


 そうして、ルークに連れられてその場を後にしました。

 背後から、

「ふう、まさかあの暴力女『赤ずきん』が化けてたとは、ルークに感謝だな」

 と呟く声が聞こえた時は戻って殴りに行ってやろうかと思ったけど、いつのまにかルークに手首を掴まれていてそれは出来ませんでした。


 ーーーほんっと、あいつら次会ったらぶん殴ってやる!!



 そう、ソルフが思った時。

 愚痴った彼らの背にゾッと悪寒が走ったとか走っていないとか。




 ###




 広場から少し離れて、ルークは引いていた『赤ずきん』ソルフの手を離しました。

「手、急に悪かったな。」


 ルークは気まずそうに頭を掻きながら、そう言いました。

 すると、ソルフは困惑しながら尋ねました。


「……ねえ、なんで?」

「ん?」

「なんで、なんで私だってわかったの?」

「なんでって……」

「私、今日はこんな格好だし、化粧だってしてるし、銃もないし…それに……」


 そうソルフは言い淀み、意を決したようにゆっくりと口を開きました。


「それに、髪…だって……。ケープのフード付けてないし。」


 ルークの顔を見続けれなくなり、ソルフはふぃっと目線を逸らしました。


「ああ、そりゃわかるよ」

「えっ?」




「だって、ソルフが『赤ずきん』になった日、一緒にいたから。」

「あ…」





 そう言われて、ソルフが思い出したのは過去のこと……。





 ずっとずっと昔の幼い記憶でした。




 ###




 ソルフが赤いずきんを被り始める少し前。





 ソルフは両親譲りの、いやそれ以上に鮮やかな赤い髪から子供たちの間で揶揄われ、人目を避けるためにソルフは森にあるおばあさんのうちに行き、泣いていることが度々ありました。


「あらまあ、ソルフ。またそんなに泣いて」

「グズッ……。だって、だって…おばあちゃん」

「ほらほら、そんなに擦ると目が腫れちゃうよ」


 ソルフがおばあさんに縋り付き、泣いていると、扉の方から声がしました。

「こんにちは。おばあさん」

「ルークかい?鍵は開いてるから入っといで」


 おばあさんが扉に向かって声を掛けると、ルークが部屋の中に入って来ました。

 ルークはおばあさんのスカートを掴んだまま、泣きはらした顔でこちらを見るソルフの姿を見つけると、おばあさんの方を向いて言いました。


「ソルフ、またいじわるされたの?」

「ちょっと村の子たちに揶揄われたみたいなのよ」


 ルークは視線をおばあさんからソルフに戻して言いました。


「ソルフ、なんていわれたの?」

「……へんないろのかみのけって……にんじんみたいって」


 ソルフが小さな声でそう言うと言われたことを思い出したのか、またポロポロと涙を流し始めた。


「じゃあ、つぎになにかいわれたら、おれがボコボコにしてやる。だからソルフ、泣かないで。な?」


 ルークはおばあさんに背をそっと背を擦られているソルフに向かって、ニッと笑顔でそう言いました。

 ソルフはしばらく目をパチパチと瞬かせていましたが、やがてコクリと頷き、やがて涙の跡が残る頬を緩めてにっこりと笑いました。


 そして、しばらく。

 ルークとソルフはおばあさんの家の近くで、蝶を追いかけたり、花を摘んだりして遊び、おばあさんは軒先の椅子に座って仲の良い二人を見守りながら縫物をしておりました。



 夕方。

「ソルフ。ルーク。もうそろそろ、うちに帰る時間だよ」

 そう言って、おばあさんは遊び疲れておばあさんの家の横に立つ木にもたれかかって眠っていた二人に声を掛けました。


 帰り支度をして、いつものようにおばあさんにお土産をもらって、さあ帰ろうとしたその時。


「ああ、そうそう。ソルフ、ちょっと待ってね」


 玄関先でそうおばあさんに呼び止められて、二人は首をかしげました。

 おばあさんは先程まで座っていた椅子の上に置いてあったものを取ると、ソルフの頭に被せました。


「ええ、これでいいわ。」


 それはソルフの髪の色にも負けないほどの真っ赤なずきんでした。


「これを被っておけば、貴女の髪の色より頭巾の方が目に留まりやすい。きっと髪の色では揶揄われなくなるわ」

「ほんとう?」

「ええ、きっと。」


 優しく笑ったおばあさんにつられて、ソルフの顔にも笑顔が宿りました。


「よかったな、ソルフ。にあってるよ」

「ありがと、ルーク」


 ルークに褒められてうれしそうに笑うソルフ。

 おばあさんはその様子に目を細めながら、こっそりとルークに小さな声で言いました。


「ソルフのことよろしくね、ルーク」


 ルークはハッとおばあさんの方を向き直りましたが、おばあさんはただニコニコと笑っておりました。





 その後、毎日おばあさんの赤いずきんを毎日被るようになったソルフは髪の色を揶揄われなくなり、いつしか皆から『赤ずきん』と呼ばれるようになったのでした。





 ###





「そう言われれば、そうだったわね」


 ぼんやりと懐かしい温かい思い出から我に返るとルークも同じ記憶をたどっていたのでしょう、懐かしいなとつぶやいていました。


「そうだなぁ。ほんと、あの頃のソルフは素直でか……」

「何?」

「イエ、ナンデモナイデス」


 流れでそのまま失礼なことを言い出そうとしていたルークを低い声と一瞬の鋭い視線で黙らせると、ソルフは一つ小さなため息をつきました。



「じゃ、私帰るから。」


 ふいとソルフが家の方に向かおうとした時でした。


「あ、そうだ。ちょっと待って」


 そう後ろからルークに声を掛けられて、はたと振り向きました。

「何?」

 短くそう尋ねる。


「あのさ、その…なんだ、言うタイミング逃してさ。」

 声をかけた張本人はなぜか気まずげに頭の後ろを掻いていました。


「その…さ、ソルフ。に、似合ってる」


 それだけ言うと、「じゃ」っと一言そう言って、ルークはいつものように去っていきました。


「へ?あっ、う、うん。あ…ありがとね……」


 ルークの背を見つめていたソルフもそのまま踵を返したのでした。









 ソルフの呟いたその声は果たして、ルークに聞こえたのだろうか……。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『赤ずきん』ちゃんと人狼くん シナ(仮名 シナ) @sina-5313-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ