最終話『あれから1年』

「パパ、おかえりなの~」



「おかえりなのじゃ、聖人さま」



「ソピア、その呼び方はやめてくれよ。背中が痒くなる」



 いつからか俺の事を聖人と呼ぶ者が増えた。

 最初に『聖人』と言い出したのは、

 俺が治療した娼館で働く女性の子供だったと思う。


 その子供が言った言葉がいつの間にか広まって、

 王都の貧民街や娼館街の人たちが、

 親しみをこめて俺を聖人さまと言うようになったのだ。



「ふふっ、からかってすまなかったのじゃ。妻としては旦那が褒められるのが嬉しいというのは本音じゃ。実際、ソージは妾も頑張っていると思うのじゃ」



「ハルも、パパが褒められるのは嬉しいなの! 自慢のパパなの」



「むぅ……」



 照れくさい呼び方だが、

 親しみをこめて呼ばれているのだから正直悪い気はしない。

 頼ってくれる人が居るのはありがたいことだ。



 仕事をするにしても張り合いがわく。



 まぁ……子どもたちの間では、ただの聖人呼ばわりではなく、

 暗黒聖人、魔聖人、漆黒聖人とか……

 なんとなく闇っぽい言葉が加えられているようだ。


 呪いの装備のせいで多少外観が邪悪な雰囲気になっているので、

 仕方ないものと諦めている。



「この近くの子どもたちはソージの服装を真似る子たちが多いようじゃの」



「パパの闇属性っぽい服装、ハルの友達の間でも流行っているなの」



 ハルにもこの王都で友達ができたようだ。

 一時期は特殊な出自のハルに友達ができるか、

 心配したこともあったのだが杞憂だったようだ。

 最近は近所の子供達と仲良く遊んでいる。



「今日も、市場で買い物をしている時に右腕を包帯でグルグルにしている男の子や、黒いローブと眼帯をした女の子を見たのじゃ」



「包帯と右腕の甲冑はともかくとして、眼帯はしていないけどな」



 最初は俺の呪い装備を真似るだけだったのが進化して、

 独自のアレンジを加えるようになってきているらしい。

 王都での中二病ブームの到来である。



「"聖人ルック"と呼ばれているらしいのじゃな」



「ハルも、パパみたいなカッコいい服を着たいなの」



「パパの服は仕事着だ。ハルにはかわいい服が似合うぞ」



「ぶー……なの。友達が着ているから、ハルも着たいなの」



 ハルは頬を膨らませて不満そうである。

 親心としては複雑なところであるが、

 周りの子供たちも着ているのであれば、

 我慢させるのはかわいそうな気もする。


 今度、黒いリボンを買ってこよう。

 銀色の神に黒色のリボンはかわいい感じになるはずだ。


 『闇色のリボン』と言ってプレゼントすれば、

 きっとハルも喜んで着けてくれるはずだ。


 聖人の話題はむず痒いので、話を切り替える。



「そういえば俺とソピアで作ったダンジョン大繁盛みたいだな」



「そのようじゃの。やはり多くの人に使ってもらえるというのは嬉しいものじゃの」



「それにしてもダンジョンってのは便利なものだな。ほぼ無尽蔵にアイテムを産み出してくれるし、一般人でも比較的安全にレベルアップすることができるからな」



「ふむ。ダンジョンが便利なものであるというのは妾も同意なのじゃ。なにせ、千年前にこの世界が直面した問題を解決させたものなのじゃからのぅ」



「始祖錬金術師が使ったダンジョン・コアとそれを使ったダンジョンによって、世界の資源問題が解決したんだったっけ? 確かにそれは凄いな」



「そうじゃの。今のこの王都があるのも、始祖錬金術師が造り出したダンジョンというシステムのおかげと言っても過言じゃないのじゃな」




 千年前、この世界は資源が枯渇し、

 限られた資源を奪い合うために人々は殺し合った。

 そしてついには世界の命の半分が失われたそうだ。


 人々が限られた資源を奪い合い殺し合うのに歯止めをかけたのが、

 始祖錬金術師と呼ばれるものが普及させた"ダンジョン"であった。



 ソピアが"科学"によって世界を救おうとしたように、

 千年前はダンジョンを発明した"始祖錬金術師"。


 魔法を一般の人間にも使えるように簡略化した

 "始祖魔法使い"のように、

 さまざまな叡智が産み出された。



 ソピアの"科学"のように後世に継承されなかったモノも含めれば、

 千年前におびただしい数の、

 画期的で新しい技術や概念が産み出されたそうだ。


 この世界の"現在"を創り出したのは、

 千年前の人々だったと言ってよいだろう。



「俺たちが新しいダンジョンを作ることが出来たのも始祖錬金術師さまのおかげだし、感謝しかないよな」



「そうじゃな。ソージと妾が頭を捻って造り出したダンジョン、流行っても当然なのじゃ。まさに夫婦共同作業のたまものなのじゃ」



「一緒にあーでもないこーでもない言いながら知恵を出しながら作ったダンジョンだ、思い入れはあるよな」



「うむ。二人の共同作業で産まれたダンジョン、妾たちの子供も同然なのじゃ。ハルちゃんのあとに産まれた子だから、次女といった感じじゃの」



「はは。成功の一番の理由は、冒険者向けじゃなくて、生産職の人でも踏破できる難易度にしたのが成功の要因だったな」



「そうじゃの。ダンジョン・コアから生成されるダンジョンは基本的にランダムで生成されるものじゃが、妾の力を使えばランダム要素なしで細かな設定まで作れるからのぅ」



「さすがソピアさん。でも、能力はくれぐれもバレないように気をつけて」



「もちろんなのじゃ。妾はもう懲りたのじゃ。大人しく生きていたいのじゃ」



 新しいダンジョンを作るためのダンジョン・コアは、

 王都の地下下水道の封印の間の先にあるダンジョンから

 回収したものだ。


 俺は王都地下下水道の隠し部屋の先にあったダンジョンから、

 ダンジョン・コアを回収しその後、強力な封印を施した。


 ダンジョン・コアが抜き取られ抜け殻となった元ダンジョンに、

 誰かが入ることはないだろう。永遠に。



 夫婦で作った、生産職向けのダンジョンは

 誰が最初に呼び出したのかは分からないが、

 『楽しいダンジョン』と呼ばれている。


 農夫や漁師や道具屋といったような非戦闘職向けに

 作った難易度のダンジョンではあるが、

 一般の冒険者も肩慣らしに使っており、

 王都の多くの人が訪れる人気スポットになった。


 

 ダンジョン内には回復スポットや安全地帯を作り、

 ダンジョン内に現れるモンスターも成人であれば、

 倒せる程度のモンスターのみ。


 ダンジョン内のトラップも本当に危険なものは排除。

 世界で最も安全なダンジョンである。


 モンスターがドロップするアイテムは軽くて頑丈な高性能な農具、

 水に濡れても腐らない頑丈な木材のような、

 いわゆる生産職を生業としている人にとってメリットがある物にした。



 この"楽しいダンジョン"で、ダンジョンの基礎を理解し、

 適度にレベルアップすれば、次のステップとして、

 ギルドが運営する『初心者ダンジョン』に挑戦することも可能である。



 更に、今ではギルドマスターの許可を得て、

 ギルドのお墨付きの正式なダンジョンとして認められている。

 戦闘職でなければ挑戦が難しかったダンジョンをより身近な物になった。



「そういえば、この家の大家さんも、ソージの治癒活動は本当に助かっていると言ったのじゃ」



 最初は大家さんが経営する娼館に働く女性のみに、

 治療をしていたのだが、人の口に戸は立てられない。

 噂が広まり娼館街で働く人たちで病気に罹った人は、

 無償で治療するようにしている。



 無償とは言っても、メリットがない訳ではない。


 この活動によって、さまざまな場面で便宜を図ってくれたり、

 多くの人たちが後ろ盾になってくれたりするのだ。

 金貨を受け取っていないだけで、全くメリットがないわけではない。



 俺が娼館街で定期的に清掃魔法を使って、

 ウィルスや細菌が原因の病気を治療するようになる前までは、

 どうしても人との直接的な接触が多い仕事ということもあり、

 若くして死ぬ悲しい出来事が多かったそうだ。



 少しでもそういう悲しい想いをする人が少なくなればと

 思って行っている活動ではある。



 この世界の治癒魔法は人の持つ生来の自然治癒能力を

 瞬間的に劇的に強化するものである。


 本来は1ヶ月かけて治癒しなければいけないような、

 骨折や切り傷を一瞬で治すことはできるが、


 自然治癒でどうにもならない問題、

 例えば抗体のないウィルスを滅菌することはできない。

 だが、俺の清掃魔法であればそれらの病気にも対処できる。



 今のところ俺だけしか使えない魔法ではあるが、

 それでは俺が寿命で死んだ後に問題が生じる。


 いまはソピアに俺の魔法を解析してもらい、

 誰にでも使える魔法に変換しようと試行錯誤しているところだ。


 時間がかかるかもしれないが、

 転生女神さまを凌ぐ力を持つであろうソピアなら、

 必ずそれを実現すると確信している。


 完成後は悪目立ちしないように、

 清掃魔法の一般化が成功した場合は、

 ギルドマスター経由で広めてもらう予定だ。


 王都の民からの絶対的信頼そして単純な強さを持つ、

 ギルドマスターから広めてもらうのが一番穏当であろう。



 そうそう、ギルドマスターには現在も、

 いろいろな面で便宜をはかってもらっている。

 

 具体的には治癒術士のギルドとぶつからないように、

 調整してくれたり俺の活動は正式にギルドの許可を得た活動である事を示す、

 ギルドマスターの署名付きの許可証なんかを作ってもらっている。

 報酬の賃上げの件といい、ありがたい限りである。


 ウィルスや細菌に関係ない場合も、

 治癒院に通うお金のない貧民街の人々や、

 頻繁に病気に罹る娼館街の人たちには無償で治療を施している。


 一方でお金のある冒険者には多少の報酬を貰い、

 貴族にはある程度高額の報酬を頂いている。

 それらの報酬は全て孤児院を作りそこにつぎ込んでいる。


 孤児院の件がなかったとしても貴族やお金のある冒険者にまで

 無償で治療を施したら、専業治癒術士に対する営業妨害になるから、

 そういった面でもお金のある人からは貰うようにはしている。



 その成果もあって、あっという間に立派な孤児院が出来た。



「それにしても、俺たちが当初想定していたよりも遥かに立派な孤児院が出来たよな。ギルドマスターや、娼館街のお偉いさん達の出資や根回しがあったから出来たことだけどさ」



「ソージが皆から愛されているからじゃの。だから、ソージを信じてみんながソージの活動を応援してくれているのじゃ。それはお金をたくさん持つことよりも遥かに尊いこと、妾はそう思うのじゃ」



 剣と魔法そしてダンジョン、冒険の世界。

 華々しい英雄譚王都を凱旋する英雄や豪傑達。

 


 この世界、この王都の輝かしい光の面である。



 一方で、冒険のさなかに命を失い、

 我が子を残したままで亡くなった冒険者も多い。

 そしてこの王都にも多くの親のない子どもたちが居る。


 彼らが身を寄せ合ってひっそりと生活しているというのも、

 この世界の一つの、向き合わなければならない一つの現実だ。


 衣食住がある程度満たされていなければ、

 他者を思いやる心を持つことは難しい。


 親を病気で失った子たち、

 親をモンスターに殺された子たち、

 そんな子どもたちは数しれない。 


 そして、そういった子どもたちは違法な奴隷商に買われたり、

 生きるために野盗に身をやつしたりもする。



 俺は、そのような悲劇を止めたいと思っている。

 世界のために個人ができることはいろいろな方法がある。


 王都に危険を及ぼす可能性のある魔獣を討伐する、

 高難易度ダンジョンを踏破し有益なアイテムを手に入れる……。

 もちろん、そういった華々しい貢献の仕方もある。



 だが、地味だけども重要な仕事というものもある。

 俺の王都地下下水道の清掃、治療活動、

 孤児院の運営もその一つだ。



 闘う相手はそれぞれ違うだろうが、

 王都に住む人々は一人一人が世界をよりよくしようと、

 目の前の敵と闘っているのだと、俺は思っている。



 それぞれの持ち場で闘っているのだ。




「ふわぁ……。今日もソージはよく頑張ったのじゃ。えらい、えらいなのじゃ」


 

 ソピアは俺の頭を撫でる。



「ソージよ。夜も遅い。そろそろ妾と一緒に布団で眠るのじゃ」



「そうだな。明日は家族で花見だからな。明日、俺たちが寝坊したらハルもガッカリするだろう。今日は早く寝よう」



「妾は明日、早起きして美味しいお弁当を作るのじゃ。ソージとハルちゃんの大好きな物をいっぱい詰めた弁当を作るのじゃ。それじゃおやすみなのじゃ、ソージ」



「ああ、おやすみ、ソピア」



 布団の中でソピアの頬に軽くキスをし、

 部屋の灯りを消し、まぶたを閉じる。


 ソピアはすでに眠りについている。

 すーすーっとかわいらしい寝息が聞こえる。


 このかすかな音を聞いていると幸せを実感する。

 こういう小さな幸せを俺は守っていきたい。



 明日はひさしぶりの休日だ、

 家族で弁当を持って花見だ。



 いつもどおりの平和で暖かい日常を守るため、

 家族が幸せな日々を過ごせるようにするため、

 俺はこれからも一生懸命頑張ろうと思うのであった。




          


                おしまい 





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不遇職【清掃員】の俺だが、ダンジョンで会った邪女神と結婚し、かわいい娘もできました。無双しつつ幸せな家庭を築きたいと思います。 くま猫 @lain1998

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