第24話 人間の価値

「一体どうなっているのよ!」


 京橋区の高級百貨店の前で、美子は半次を問い詰める。銀次と二人掛かりの見立てで、6人の子供達に一張羅を仕立て終わった所だ。場違いな雰囲気に落ち着かない子供達。

「これから貴方達にお願いがありましてねぇ。治を助けてくれた代議士せんせいと約束があるんですよぉ」


 半次は微笑みながら、今後の彼らの身の振り方を伝える。それぞれ子供のいない家に養子に入ること。彼らはバラバラになってしまうが、年に数回は集まって近況を伝え合うこと。これから一張羅を着て、記念写真を撮ること。

「貴方たちには、どうあっても正業に就いて、幸せになってもらわなくてはならないんですよぉ。さもないと怖い爺様や頑固な代議士に、アタシが叱られちまう」


「もうミコネー達と一緒にいられないの?」

 子犬の様な少年を見つめて、狼狽える美子。こんな彼女を見るのは初めてだ。しばらく唇を噛みしめてから、ため息を付き治の肩に手を置いた。

「アンタ達は、貰われた方が良いかもしれないわね。治は頭が良いのだから、学校に行っても十分通用するだろうし」

「ミコネー! なに言ってるの」

「治だって分かっているでしょう? このまま私たちだけで、生きて行くなんてできない事くらい」

 美子は大人達に向かって、深々と頭を下げた。


「私たちのことを気にする大人なんて居ない。なんて言って御免なさい。どうかこの子達の事を宜しくお願いします」

「貴方にも行って貰うところがあるんですけどねぇ」

「私は字も読めない馬鹿だから、養子に入った家に迷惑を掛けちゃいます。私一人ならクズ拾いでも何でもして、生きて行けるし」


 今まで口を開かなかった銀次は、組んでいた腕を解いた。

「読み書きが出来ないのが気になるなら、ウチで家事手伝いをしながら、将来を考えなさい。勉強ならウチの若いものに習えば良い」

 ポカンとする美子。銀次は彼女を眩しそうに見ながら、言葉を続けた。

「自分の事ではなく、他人の為に頭を下げる姿が気に入った。口幅ったい事だが、お前には見込みがある」


「私、どうしたら良いの?」

「お言葉に甘えればいいんじゃないですかぁ。銀さんの所が気に入らなかったら、逃げ出したっていい」

 半次はヘラヘラ笑いながら、戸惑っている少女を見つめる。

「貴方たちは子供ですから。大人は困った子供の世話を、アレコレ焼くのが務めなんですよぉ。嫌な世の中ですが、この爺様には、子供を守る義務があるのでしょう」


「僕はミコネー達と離れるのは嫌だ!」

 治はそう叫ぶと、百貨店の中に飛び込んでいった。しばらくすると戻って来て、背中に隠していた反物を美子に差し出した。どうやら万引きしたらしい。

「一生懸命稼ぐから。ミコネーに苦労はかけないから!」


 ピッピー!


 百貨店の中から警備員が、警笛を鳴らしながら現れた。どうやら治の仕事はバレていたらしい。目にも止まらぬ速さで、治から反物をひったくる銀次。

「そこの子供! 盗った物を出しなさい!」

 治と警備員の間に銀次が入り込み、反物を掲げて頭を下げる。


「申し訳ございません。アタシが盗りました」

「おい爺さん。そんなわけないだろう! 俺は、この子供が万引きしているところを見たんだぞ」

「いいえ。私がやりました。お前様は見間違いをしたのですよ」

 低い声でつぶやくと、銀次は警備員を見つめた。ただ見つめているだけなのに、凄い迫力だ。その圧力に警備員の気が呑まれる。銀次の並べた両手を掴むと、何処を見るでもなく声を上げた。

「一体、何だっていうのだ。とりあえず事務所に来い!」


「はい。あいすいません。これ、お前たち。こんなみすぼらしい人間になりなさんなよ。盗人の末路なんて碌な物じゃない」

 子供たちを優しく見つめる銀次は、引きずられる様に百貨店の裏口へ引き込まれた。



「記念写真の後は、皆で鰻を食べるはずだったんですけどねぇ。一体何時になったら、銀さんと一緒に鰻を食べられるのでしょう?」

「それどころじゃないわよ! ……お爺さんどうなるの?」

 美子は不安そうに子供たちを見渡す。誰も下を向いて目を合わせない。

「どうなりますかねぇ。仮釈放中に警察沙汰になれば、また刑務所行きですよ。今度は長い御勤めになるかもしれません」

 半次は百貨店の裏口を見つめながら、肩を竦めた。事の重大さに気づいた治は、雨に打たれた子犬の様に震えだす。


「……何でお爺さんは、僕を庇ってくれたの?」

 長い沈黙。しばらくして治が呟いた。空を仰いでいた半次が、ため息を漏らす。

「いいですかぁ、皆さん。銀さんの姿を忘れないで下さい」

 半次は泣きべそを搔いている少年の頭に手を置いて、やさしく微笑んだ。


「人間の価値は、職業や財産だけでは決まらないのですよぉ。そりゃあ、人様の御役に立つ仕事をして、お金持ちの方が良いのでしょうが」


 半次は、しゃがみ込んで治の涙を指で拭き取る。


「でもねぇ。白ヒルみたいなクズ警官より、自分の事を顧みず、子供を守ろうとする掏摸の爺様の方が人間として上等です。決してみすぼらしい爺様なんかじゃありません。

 貴方たちも、そう思いませんかぁ?」


 人々が行き交う喧騒の中、子供たちの周りを優しい春風が吹き抜けた。

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大詐欺師 高見半次の回顧録 @Teturo

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