第6話 夢の中で逢ったあなたは誰ですか
美しい空だった。蒼く広い。
どことなく涼しいような。清々しい、朝、だろうか。
緩やかに引き上げられる意識に身を任せた。
おそらくこの国で一番高い場所。
この国の全てを見渡せるんじゃないか。
ここは何処、だろう。
奇麗に手入れされていた庭、だろうか?
何処からか、小鳥がさえずる声が聞こえる。
遠くに色とりどりの小さな花が咲き誇っていた。
それだけで莫大な金も時間も掛けているのが伺える。
庭師の力作。
ここでガーデンパーティでも開いたのなら賛美の言葉が途切れずホストにかけられるだろう。
この華やかさは下級貴族には表現出来まい。
最低でも伯爵位以上それも、辺境伯ほどの地位は必要だ。
だがまあ、外部の防衛をメインに考えられた領地などにここまでの優美、優雅を知り、金を投じるなど辺境伯がすることとは思えない。
余程の、高貴な身分の方の我儘か。
いや、金持ちの道楽、暇に殺されそうな人間の自己への慰め_____ただ一時を切り取った娯楽か何かだろうか。
理由を二三考えたところで止めた。
私の浅知恵で思いつく限りの範囲には、この美しい場所が作られた理由は見当たらないようであるのだ。
そう、遊びでは作るのも維持するのも、ユニコーンの角の先に矢を突き立てるのと同じくらい無理のある、素晴らしいものだ。
蔦薔薇の生垣の美しさを見ると庭というよりも迷路のように入り組んだ薔薇園とも考えられなくもない。
その美しい庭らしきものを、私は近くで見たくなった。
遠くから眺めた
搦め取られた心をそのままに。
気がついたらその場所に導かれるように足を踏み出す瞬間であった。
また一歩、あと一歩、近づく。あたりを漂うのは神聖な雰囲気。
香るのはどこか懐かしい花の香り。
そこは開けているようで、秘された隠れ家のようでもあった。
墓があった。
名前は彫られていない。
それでも立派な墓石だった。
美しい墓石だった。
墓の前に何かがあった。それは大きな影と小さな影。
一つは猫。淡い影と対比した白い猫。
そして、もう一つ。大きな影の方は男。
その男は、...。
その男は肩を震わせていた。静かに、ただ静かに。
墓に縋り付いているように見えた。
そんなことはしていないのに、男の心はそこにいるようだ。
そこはただ静か。一瞬の尊い時を閉じ込めた絵画のようだ。
時も男のためにその足を止めるほどの美しさ。完結した美しい空間は完成された芸術のようだ。
それは静寂とともに美しく、正しく、揃え、そこに取り残されていた。
留め置かれた、置いていかれたものの哀愁とでも言えようか。
事情を知らない私さえ、その悲壮に飲まれたほどだ。
哀感が漂う背中に胸が切なくなる。
男の白い頬を伝う美しい透明なもの。
にゃー
猫が墓に向かって歩き出した。猫は気ままに死者を悼む男の隣までゆったりと歩いて行く。猫は墓に前足をかける。
にゃー
時さえも足を止める、息の吸うのさえ躊躇われる、そんな空間の中動いたのは猫。
気ままに鳴くのは猫の特権。特権階級の貴族より尊大に振る舞う様子はまるで小さな王様。
たとえその背に羽はなく、自由に大空を羽ばたくことは出来なくとも“世界はこの手の中に”とでも言いたげな様子は、“この広大な蒼い空の覇者は私だ”と我が物顔に飛ぶ鳥よりもいっそ尊大で、ひどく羨ましい。
男はその小さな王様を抱え地面に戻す。
男は私に気づかない。
猫は甘えるように男の足に擦り寄る。
男は柔らかく猫を撫でた。
猫は何度か撫でられると満足したのか男から離れた。
男は先程のことなどなかったかのように静かに墓の前で祈りを捧げ始めた。
静は過ぎった。後は動を残すのみ。儚く尊い時はもう戻らない。
「_____。」
男が何かを呟いた。私はまた操られるように一歩足を踏み出そうとしていた。
不思議な魅力にとらわれ気づくと声をかけようと口を開いていた。
「っ、」
私が言葉を紡ぐより前に猫が一匹足元に寄ってきた。
美しい猫だった。
真っ白い毛並みの美しい猫だった。
先程まで男の近くにいた猫だ。
男が祈りを捧げている間、暇だったのか私に近づいてきたようだ。
懲りることなく何かの不思議な力が働くままに再び搦め捕られる私の心だが、今度はその不思議な魅力の望み通りにならずにすんだようだ。
小さな王様のまたしても可愛らしい我儘によって。
くるりとした可愛らしい蒼い瞳と目が合う。その大きな瞳はキラキラとした無垢な輝きを放っている。
美しい淡いブルーの瞳を見つめていると先程までの思考が全て塗りつぶされてしまう。そのため私は男に声をかけようとしたが言葉に詰まってしまった。
にゃー
小さな声で鳴く。
祈りを終えた男が踵を返そうとした。
しかし、不自然に動きを止める。
こちらを見ている...?
猫に気づいたのだろうか。
やけに眩しそうに顔の前に手をかざして、それでもこちらに顔を背けることなく向ける。
男が口を開く。
「...っ、_____?」
(え、?)
思わず目を見開いた。彼はなんと言っただろうか。
思わず聞き返そうとした。
しかし、その問いは言葉として実ることはなかった。
光の反射だろうか。視界の端でキラリと何かが光った。
美しい光彩を放つ何かに心がざわめいた。
時間がきたのだ。
遠ざかる男を見つめながら私は無意識にひっそりと息を吐いた。
私はその時初めて自分が息を止めていたことに気がついた。
ぐらりと揺れる視界。ぐにゃりと歪む世界。ふわりと心地よい感覚。身体と感覚が解離するような感覚。
離れたモノは私からどんどん遠ざかりポチャリと沈み、
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