第4話 新しいお友達
庭園までヨハンに連れてこられた。
まばらにしか追いついていないヨハンのお友達を見渡した。
ヨハンはまだ進もうとしている。
流石にあまり子どもたちが散ってしまっては困る。
ヨハンに引かれていたが、止めた。
私の視界の端に小さな影が映り込む。
ベンチに1人で男の子が座っていた。
ヨハンと同じくらいか少し下だろうか。
ヨハンより少し小柄な男の子を見てそんなことを思う。ふと周りを見渡しても親らしき人影は見当たらない。
「こんにちは。私の名前はアンヌよ。あなたは何をしていたの?」
「えっ、あっ、その、えっと、...」
やはり口下手な子なのだろうか。それで馴染めなかったのだろうか。
急に話しかけてしまったため驚かせてしまったことを申し訳なく思った。
元々長い睫毛を伏せ気味にして遠くを見ていた彼は、私に声をかけられて戸惑ったような声を上げ、その後体を小さく丸め上質な布で仕立てられたズボンの太ももの布をぎゅっと握りしめて皺を作った。
伏せられた頭を見ながら過去の私を重ねる。私もそうだった。
お守りの成果か弊害か。見知らぬ子にも躊躇いなく話しかけるようになったのはいつからか。
私自身は前世から人付き合いが苦手だった。
そんな私が変わったのは誰のためか。
野暮なことを考えながら、一層優しい声で声を掛ける。
「落ち着いて。ゆっくりでいいの。まずあなたの名前を教えてちょうだい?」
「...ぃ......ぇる。」
小さ過ぎる声で聞こえなかった。
久しぶりにこんな小さい声を聞いた。
こういう子もいるんだなと遠く忘れていたように思った。
皆それぞれ性格があるが、私を慕ってくれる子はそれでも一生懸命伝えようとする。
たまにいっぱい聞いてほしいことがあって貴族らしからぬ大きな声で話す子もいる。
そう考えるとこのようなタイプの子とはあまり仲が良くないかもしれない。
仲が良くないというか、関わることがないのか。
「ごめんなさい。もう一度お願いしたいのだけれど...。今度は絶対聞い漏らさないわ。」
「...。ベル、です。」
彼ゆっくりと顔を上げた。そして、ゆっくりと聞き取りやすいようにはっきりと言葉を言い直した。
綺麗な発音で紡がれた彼の名前はベル。
家名は名乗らなかった。
彼と目が合った瞬間、釘付けになった。
人の顔を見る、目を見る、それらは相手とのコミュニケーションを取るのに至って普通なことだ。
しかし私は見過ぎてしまった。
公爵令嬢として叩き込まれたマナーを忘れて不躾にも私は彼の瞳に見入った。
前世から貴族をやっているにも関わらずそれを忘れてしまうほどの上質なものだった。
芳醇な香りを立ち込める極上の赤ワインのよう上品な輝きを秘めたクリクリの零れ落ちそうなほど大きな瞳で私を見上げてくる。
ベルはヨハンとはまた違った可愛さがある男の子だった。
美しいヨハンを何年も眺めてきた私は、ようやく世の中が美しいものに対して優しいことに心から納得できた。それらを身をもって知ることが出来たような気がした。
その愛らしさの中に思わず酔ってしまいそうなほどの、漂うような艶やかさがあった。
とろりと違う色を見せる瞳はどれほど見ても飽きが来ない。
彼の瞳は時折くるりと光を反射してきらりと小さく光った気がする。
エメラルドを光に透かして当たる角度のよって見える色の違いを楽しむように、グラスに注いだワインを飲む前に持ち上げて色を、香りを、と楽しむ人間の気持ちが大層よくわかる。
見なければ、感じなければ勿体ないのだ。どれかひとつでは足りない。全てが優なのだから。
心臓の音が大きくなった気がした。
どくり。血の流れを感じる。それも嫌に生々しく。
「ベル。___素敵な名前ね。急に声をかけてごめんなさいね。この子があなたと仲良くなりたかったみたいで。」
そう言って私のことを引っ張ってきたヨハンの頭を撫でる。
ふにゃりと笑ったヨハンはやはり可愛らしかった。
「ぼくはヨハン。ベルは何をしていたの?」
ヨハンは頭に置かれた私の手を外す。ぬいぐるみを抱きしめるように私の腕を抱きしめる。手を握ったまま人懐っこい笑顔でヨハンは自己紹介をした。
「え、あ、いや、別に何も...。」
ベルはぱっと下を向いてしまった。綺麗なくるりとした甘栗色の柔らかな髪に包まれた小さな頭のてっぺんの旋毛が目に入る。
私は何故かどうしてもここで引き下がってはいけない気がした。
普段なら一人を好む子にしつこくなんてしないのに。
「ベル、時間があるなら一緒に本を読むのはどうかしら?ベルと一緒だったらとても楽しいと思うの」
そういえばこの庭園は図書館の窓から見ることができた。
ヨハンはもしかしてこの男の子が1人でいることに気づき、わざわざ私を連れてきたのかもしれない。
ベンチは見えなかったと思ったが、男の子が1人で庭園を歩き回っていたのだとしたら合点がいく。
ああ、なんて優しい子なんだろう。
____私はその優しさが、怖い。
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