藍ーアイー

佐々木実桜

あい

藍色。


綺麗な色だ。


それは間違いない。


でも、彼女の藍への愛は、少し怖い。



人々はそう言って、アイの傍を離れていった。



アイは綺麗だ。


私の中途半端に茶色い髪とは違う濡羽色が眩しくて、小さな顔にバランスよく乗せられたパーツ。


150あるかないかの身長は並ぶと女子にしては背の高い168の私にも上目遣いになって、随分と愛らしい。


お人形さんのようだ。


初めて会った時、そう思った。


高校生のくせに、語彙力の無さがバレる感想しか出なかった。


出ないほどアイは綺麗だった。


そんなアイは、なぜだか藍色に固執した。


綺麗な色。


あい、という名でも気に入っていたのか。


アイは、藍色の物を身につけたがった。


「アイ、愛せるものが見つからないの。」


そう言ったアイの目は少し悲しそうだった。


「愛せるものが見つかるまで、自分を愛せってお母様が言ったの」


そして無垢な瞳でそう続けた。


アイは藍を自分に見立てた。


偶然隣の席になった私を含め、アイの周りには人が集まった。


しかし、人が集まると事件は起きるもので、寄って集ったクラスメイトの一人が、アイのストラップを落としてしまった。


繊細な作りだったのだろう、壊れてしまった、藍色のストラップ。


アイは激しく動揺し、過呼吸を引き起こして、そして隣に居た私にもたれかかって意識を落とした。



で気絶する高校生を、周りは良くは受け止めてくれない。


ましてやアイは人目を引く見た目をしていたから、噂が回るのは早かった。


手のひらを返すとはまさにこの事だろうと言えるような態度の変わり様だった。


アイの周りには、人が寄り付かなくなった。


私を除いて。


アイは、そんな私に驚くほど懐いた。


飼い主についてまわる子犬のように。


母と見初めた生き物についていく小鳥のように。


可愛かった。


愛らしくて、母性を擽られるとはこの事かと、そう思った。


変わったのは、アイの身につけるものが変わったあの日。


アイは、ピンクのものを身につけるようになった。


藍色のカバンも、藍色の筆箱も、藍色のお弁当箱も、全部、全部ピンクになった。


「どうしたの?」


と聞くとアイは


「大好きな色なのよ」


と愛らしく微笑んだ。


少し、嫌な気持ちになった。


アイが、藍色以外を身につけることに、アイが、藍色以外を好きだということに、違和感を覚えて、でも、アイから離れられたくはなかったから、何も言わなかった。


その色に変えた理由は私には分からなかった。


さいごまで分からなかった。


さいごのさいごまで。


心地よい春の日、桜の下で、花びらに囲まれて、


眠るように亡くなるアイが見つかるまで。


そうか。


アイは愛せるを見つけたのだ。


ピンクのもの。


桜。


アイは、さくらを愛してしまったみたいだ。






「大丈夫かな、彼女」


「無理でしょ、あんなに一緒に居たんだし」


「ずっと一緒だったもんね」


「うん、二人でひとつみたいなものだったよね」


「アイと、ちゃん」



待っててね、アイ



すぐに、いくからね。


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藍ーアイー 佐々木実桜 @mioh_0123

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