俺と彼女はキックで会話する
モト
俺と彼女はキックで会話する
VRオンラインゲームの決勝戦、俺は追い詰められていた。
バトルストライカーは思考で自キャラを操作できる究極のeスポーツだ。自分自身がゲームの世界に入り込んだとしか思えない体験ができる。
島に十人が降り立ってボールを奪い合い、複数のゴールにボールをシュートして最多得点すれば勝ちだ。ルールでは殴る蹴るなどの攻撃も認められている。
俺はボールを抱えて島中央のラストゴール間近なのだが、敵五人に囲まれている。
ラストゴールのボーナスポイントが逆転勝ちにどうしても必要だった。
俺はゴールに向かってひょいとボールを投げる。
皆は一斉にゴールへと動く。
このゴールが厄介な設計で、大きなサイコロみたいな二十面体ゴールがぐるぐる回っている。ゴールには穴が五個開いていて正解はひとつだけ、残り四つの穴からはプレイヤーを吹き飛ばすほどの暴風が吹き出してる。うっかり外れに投げ込めばボールははるか彼方に飛ばされる。
さあボールはゴールへと飛ぶ、敵たちは追う。
回転しているゴールの角に当たってボールはきれいに跳ね返り、俺の頭上を超える。
ゴールに向かっていた敵たちは慌てて引き返す。
俺はすれ違ってゴールに接近。ゴールから吹き出る暴風は凄まじい。体が吹き飛ばされそうになる。
チャンスは一回、風が出てこない穴が回ってきた瞬間、俺は後ろ手に隠し持っていたボールを叩き込んだ。ボーナスポイントで二点獲得。
「早坂選手、隠し球でゴールを決めました。本大会の優勝で2020夏世界eスポーツ大会予選の参加権を得ましたが、また一度も蹴りを使っていませんね。これで世界に通用するとは到底……」
解説する女の声がむかつく。この日本ランク一位、区摺木彩乃こそが俺をバトストに駆り立てる理由だった。
俺はもともとサッカーがやりたくて高校を選んだ。やりたいことをやれって彩乃が励ましてくれた。彼女は美術高校に進んで、お互いがんばろうって言い合ってた。
俺はあっさり足を故障してサッカー選手を永久引退した。
俺は彼女に救いを求めた。
それが会ってくれない。電話に出ない、SNSも無視。
数ヶ月後、俺に入ってきたのは彼女がバトストで日本ランク一位になったというニュースだった。バトストは俺が前から遊んでたゲームだ。
油絵ばかり描いていた彩乃がバトスト?
笑わせる。俺もランクを上り詰めて、世界大会に出て彩乃を破りさってやる。
ただし今の俺に蹴りは使えない。故障した足で走ることはできても、蹴ろうとしたらVRの中ですら激痛が走る。心因性の痛みらしい。
だから俺は必死に手技を鍛え、ここまで勝ち上がってきたのだ。
その俺を彼女が否定する。
頭に血が上るがどうしようもない。これはオンライン大会、彼女は彼方にいる。
見てろ!
世界大会に向けて強化合宿が行われる。
選手たちが体育施設に集まった。彩乃だけはオンライン参加の特別扱い。
で、合宿を始めたらコテンパンだった。俺がだ。
どいつも俺の弱点を突いてくる。敗北の日々だった。
オンラインでだがついに彼女が参加してきた練習試合、今日こそはやってやると意気込んださ。
互いに無言で対戦は始まった。
彼女のプレイはとんでもなかった。
自分の動きをまったくさせてもらえない。
合宿仲間たちを全部合わせたような強さだ。
ぼこぼこにされて俺は気付いた。この動きはあの老人、あの動きはその少年、俺を苦しめた技ばかり。でもどちらよりも上手い。つまり彼らを仕込んだのは彼女だってことだ。
俺が蹴りを使えないのを徹底的に狙ってくる。
俺、そこまで嫌われてるのかよ。
そして2020年夏世界大会予選の日がやってきた。
この試合は選手が直接参加する決まりだ。
他の選手は全員がそろって、それでも彩乃はなかなか入ってこない。
しびれを切らしていると白服の男が群れを先導してきた。なんだ?
看護師たちが続いて、その中心には移動式のベッド。点滴の瓶やたくさんのチューブに測定機器類が見える。
そろそろと運ばれてくるベッドにはやせ細った女の子が寝かされていた。
見る影もないほどに変わっているが俺には一目で分かる。彩乃だ。
あの彩乃が、どうしてこんな姿に。
ベッドがたどり着くのを待たず、俺は駆けつけていた。
「彩乃、どうして……!」
気持ちがあふれて上手く言えない。
彩乃は俺を向いて、ぎこちなく微笑み、ゆっくりと自分の脳波読み取り用ヘッドギアを指さした。
彩乃は口を開かない。でも俺にははっきりと伝わった。話はゲームですると。
俺はそれを聞かなきゃならない。
俺たちは島に降り立つ。
空から落ちてきたボールを奪いに向かう。
重いボールを保持していると戦いに不利となるから、あえて静観し、潰し合わせるのも手だ。
だが彩乃は真っ先にボールをキャッチした。
他選手がタックルを仕掛ける。彩乃はボールを相手に蹴り込み、体勢を崩してからさらに頭をキック。ダウンした相手から跳ね返ってきたボールをキャッチしてゴールへと進む。
彩乃の動きは病人であることをまるで感じさせない。
彩乃が目指すゴール周辺には三人が待っていた。
そのまますり抜ける彩乃。三人がもんどりうつ。攻撃を瞬時にすり抜けて同士討ちさせたのだ。途轍もない目の良さだった。あっさり最初のゴールを取って彩乃が得点。残りゴールは四つ。新たなボールが上空から降ってくる。
俺はボールに突進した。一歩引いていたのが功を奏して他よりも俺が近い。小高い丘の上に落ちたボールを拾い、最短ゴールへとダッシュ。
俺の前に選手が立ちふさがる。
動きが速い。彩乃仕込みの技で俺を何度も倒してきた相手。
分かってる。今までどおりじゃ勝てっこない。蹴りを使うしかないんだ。
蹴れ! 蹴るんだ!
足をぎこちなく大振りする。サッカーでシュートしようとして断裂したときの痛みが蘇り、足が痙攣する。
でも少年は反応して大きく避けた。たまたまフェイントになった。
バランスを崩した俺は坂を転がり落ちる。その正面にはゴール!
ゴールから吹き出る暴風を避けてダイレクトシュート。俺の一点だ。運が良かった。でも運だって実力のうちさ。
次のゴールはたちまち彩乃が決めた。
落ちてきたボールを最初に受けてそのままゴール。彩乃も運か? いや、最初から狙っていたのだろう。そういうスムーズな動きだった。
彩乃が二点。三点勝利ルールだからもう一回ゴールされたら試合終了だ。
その次は乱戦になった。
さすがに予選にやってきた猛者たちだ。会話することもなく対彩乃シフトを全員で敷いてきた。俺も入る。
彩乃を皆で邪魔しながらゴールへ。
問題は誰がシュートするかだった。
乱戦で選手にぶつかりあったボールは跳ね上がり、風に流される。
そこを狙って彩乃がハイジャンプしてくる!
一瞬の判断。
足が動いていた。
力の限りを込めて回転するゴールを蹴る。
仮想だってのに泣きたいほどの激痛。無視。
反動で高く舞い上がる。
彩乃の蹴りが槍のように繰り出されてくる。
俺の蹴りと激突する。
互いに跳ね飛ばされて遠くに着地。
その間、ゴールを他選手が決めていた。
それでいい。敗北は防いだ。
これで残りゴールは一つ。ボーナスポイントで逆転勝ちを狙う。
今度は皆でまとめて彩乃を攻めた。
そこで彩乃の本気を思い知った。現実ではベッドに体を横たえている彼女が体を縦横無尽に疾駆させる。
蹴りが次の拳につながり、拳はタックルへ。さらにジャンプ、回転蹴り。
次々に倒していく。
全員を見切っているからこそできる動きか。
そうか、彼女は絵描きだった。
見ることが彼女の力なのだ。
そう思った時に俺はざわりとした。
練習で俺は彩乃に全然かなわなかった。なぜだ? 彼女がずっと俺を見ていたからじゃないのか。生きるのにも精いっぱいな体だろうに。
どうしてそんなことにも気付かなかった。俺が彼女を見ずに自分のことだけ考えていたからじゃないのか。
思い出せ、俺の蹴りを。
彼女に言いたいことが、聞きたいことがあるだろう!
ボールが俺の前に転がってくる。チャンスだ。
彩乃がゴールに立ちふさがっている。一対一、全力でぶつかれる。
俺はボールごと蹴りを彩乃に叩き込む。足がちぎれそうだ。
彼女のカウンターキック。ボールを取られた。
そこに俺は全身回転して死角から蹴り。痛みで意識が飛びそうになる。
彼女の膝が蹴りを弾くがボールも舞い上がる。
二人が飛ぶ。
ボールを挟んで蹴りが激突する。
どうして俺はこんなに蹴りが使えるんだ。
ああ、そうか、これは彩乃が俺を狙ってくるときの動き。
俺はいつの間にか特訓を受けていたんだ。
彼女が笑っている。
俺も笑う。
彼女はあらゆる動きを駆使してくる。
俺もあらゆる動きで立ち向かう。
俺たちは自由だ。あらゆる未来に向けて挑戦できる。
彼女が、彼女のプレイがそう言っている!
足の痛みが消えた。
ボールを彼女に向けて蹴る。
戻ってきたボールをさらに蹴って反動で上昇。
さらに、さらに。
青い空の上、そこには島全体を包むバリア。
制約か? いや、これすらも自由のうちだ。
バリアを全力で蹴って、俺は急降下する。
俺の全身を蹴り足と化してボールにぶつける。
もろともにジャンプしてきた彼女へとぶつかり、ゴールへと。
ゴールのバリアが砕け散り、そして二人ともに体ごとゴールへ。
「お帰り、早坂君」
「ただいま」
ゲームセット。
二人ともにボーナスポイント。
俺の敗北が確定した。
2020年世界eスポーツ大会の本選が始まる。
彩乃は手術後のリハビリ中、繰り上がって俺が出場する。
いや俺たちだな。作戦はいつも一緒に考えている。
あとリハビリだったらお手の物だ、任せてくれ。
eスポーツはいいぞ、参加に制限はない。ゲームは自由なんだ。
さあ、大会開始のアナウンス、俺たちの夏だ!
完
俺と彼女はキックで会話する モト @motoshimoda
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