補遺/オーク族の呪い

さて、これでこの物語は一応の結末を迎えた。

クラスクはアルザス王国と和睦し、大公の座に就いた。

未だ解決していない問題は幾つもあるけれど、この街の成り立ちにまつわる話は一通り語り終えたはずだ。


だが……あとひとつ。

あとひとつだけ、この物語の根幹にかかわらう話を語っていない。




『なぜオーク族には女性が生まれないのか?』




それこそがオーク達を他種族の女性の略奪に走らせた根本原因であり、結果として他種族との決定的な軋轢と対立を生んだ理由でもある。

ならばそれはいったい、誰が、なんの目的で為したのだろう。


だがこれに関する答えは既に半分述べているはずだ。

それはオーク族という種族そのものに不利益をもたらしているのだから呪文というよりはむしろ呪詛、つまり呪いである。


そして個体ならともかく種族そのものに呪詛をかけてのけるのは神性…いわゆる神や魔王でもなければ成し得ない。


そしてこれまで述べてきた中で呪詛をもっとも得意とする神となれば…この世界に於いてそれはフクィークグを置いて他にいない。



『戦い』『不和』『殺戮』『破壊』『呪詛』……そして『オーク』。

それがその神が司る権能だ。


そう、フクィークグはオークの神。

この世界のオーク族を生み出した神様である。



その呪詛の力はすさまじく、種族を丸ごと呪う事すらできる。

お前の種族を呪ってやろうかと他の神々を脅しつけることで、オーク族と他種族の間に生まれる子供がいずれの種族になるのか…いわゆる『綱引き』を軒並み有利にしてのけたことからもそれはわかるだろう。

オーク族と他種族が子を為した場合その殆どがオーク族となってしまうのはそれが理由である。


だが……己が生み出した種族に、なぜ彼はそんな呪いをかけたのだろうか。


理由は簡単で、そして至極単純だ。

彼は地の底に巣食う神であり、地底世界に蠢く種族のひとつとしてオーク族を生んだ。

オーク族がすぐれた≪闇視≫を有しているのも元々地底の種族だったからだ。


だがそのうちの一部が地表に這い出て、やがて陽光に慣れてゆき、そして繁栄していった。

それ自体はいい。

己が生み出した種族が繁栄して嫌がる神はいないだろう。

問題は彼らが長い長い年月の末に己を生み出した主神フクィークグをすっかり忘れ果ててしまった事だ。


だいぶ以前に述べた通り、地上のオーク達は自分達の神を知らず、また信仰もしていなかった。

だからこそ赤竜との戦に勝利をもたらしてくれた天翼族ユームズの神リィウーに、つまり他種族の神に入信することに躊躇いや抵抗がなかったわけだ。


フクィークグは、それが許せなかった。

己が生み出した者達が、己への信仰を忘れのさばっている様が我慢ならなかった。


疫病をはやらせ地表のオークどもをみなごろしにしてくれようとも思ったが、なんとか思いとどまった。

より面白いことを思いついたからである。


それが、オーク族にかけられた呪詛である。

その呪詛の内容は、厳密にはこうだ。



『我が教義に背きし我が子らには、その咎として女が生まれなくなるであろう』



これはオーク族という種族全体にかけられた呪いであり、地上のオークだろうと地底のオークだろうと等しく影響がある。

……あるのだが、地底のオークどもは呪詛にかかっていても特に問題がない。


なぜなら彼らはフクィークグへの信仰を失っていないし、そもそもが邪悪で破壊や殺戮を好んで為す連中だ。

信仰も行為も完全にフクィークグの教義に則ったものであり、結果この呪いにかかっていてもその効果を受ける事はない。

つまり地底のオーク達の間では女性のオークが普通に生まれているのである。


問題は地上のオークどもだ。

彼らがもし他の種族と仲よくしよう、或いは戦火を交えず協議で解決しようとした場合、それは『戦い』『不和』『殺戮』『破壊』を旨とするフクィークグの教義に反する。

結果として呪いが効果を発揮して女性出生率が下がり、種族存亡の危機に陥ることとなる。


オーク達は種族経験として自分達が他種族の女性と子を為せばその子がオーク族になることを知っており、となると種族を維持繁栄させるためには他の種族を襲って娘を強奪するのが近道であるということになる。


結果彼らは他種族の女性の略奪や拉致に走り、他の人型生物フェインミューブとの関係性が決定的にこじれることとなった。

フクィークグの目論見通りというわけだ。


神の力とはラジオの周波数のようなもの。

聖職者とはすなわちその周波数にダイヤルを合わせる事で奇跡の力を受信している者達であり、教義や信仰というのはそのダイヤルを合わせる作業なのではないか、とミエは推測していた。


これはおおむね正しい。

さらに言うならば神は肉体を持たぬがゆえに信仰心をその糧としている。

そしてその信仰心とは、己と同じ、或いは近い周波数…『性質』を持つ者の精神状態であると言い換える事が可能だ。


言ってしまえば。その神の存在を一切知らなくとも、その神と全く同じ性質の持ち主であるならその者は神の奇跡を使うことができるし、またその者の存在や在り方は神の糧になり得るということだ。

まあこれに関しては信仰が揺らぎかねないということで教会では門外不出の秘とされているけれど。


己を信仰していない相手が己から放たれた神の力を好き勝手に受信して振るえるのは力を掠め取られているようで神にとっては面白くないのでは? と思うかもしれないが、実際には神はそんなことは考えない。

なぜなら己の力を受信できるほどに己と性質が近い者であれば、その思考や信念、そして実際の行動は自然その神が望んだものになるからだ。


話が少しそれたが、フクィークグが目論んだのはまだ。


女性出生率が下がればオーク達は他種族を襲い娘を強奪し己の種族を維持せんとするだろう。

それは村々の『破壊』を引き起こし、他種族との『不和』を招き、オーク達を討伐せんとする『戦い』を誘発し、抗うオークどもによって『殺戮』が広がることを意味する。

そして死屍累々が積み重なることで、多くの種族がオーク族に対し『呪詛』を抱く。


そのすべてがフクィークグの性質であり、彼がこの世に望むものである。

つまりオーク族にかけたその呪いのお陰で、己への信仰を忘れた地表のオークどもが、結果的に彼を信仰しているのとなんら変わらぬ力を彼に与えてくれるようになったわけだ。


そして略奪や襲撃を繰り返し、殺戮や不和をまき散らすということは、フクィークグへの信仰を失ってしまっていても『彼の教義に則った行為』となる。

となると彼らにかけられた呪詛が緩和され、女性出生率が上昇する。


かつてミエがクラスク村以外のオーク族の集落へ赴いた時、自分達の村では全くいなかったオークの女性を幾人か確認して疑念を覚えたことがあった。

集落によって出生率の差があるのは何か意味があるのではないか…と。


けれどミエはそれ以上深く追求する事はなかった。

なぜならミエ自身が双子の女児を出産したからである。

彼女はそこで安堵してしまい、集落ごとの女性出生率の差については己の誤解だと思い込んで己の抱いた疑問を忘れ去ってしまった。


だが彼女が最初に抱いた疑いは正しかったのだ。

集落によって女性出生率には明確な差はある。

『より創造主たるフクィークグの教義に則っている集落ほど女性出生率が高い』、というのが本当の答えだったのだ。


だがミエはその答えに辿り着けなかった。

己が女児を出生した事と、そのあまり喜びと育児の多忙さにその目を曇らせてしまったからだ。


彼女が実はこの世界の人間族ファネムではなく、よく似た別の種族であるということをシャミルが以前告げたはずだ。

フクィークグがかけた呪詛はあくまで彼にとって既知の種族、すなわちオーク族とこの世界の人型生物フェインミューブとの間の子にしか影響しない。

すなわちこの世界の種ではないミエには彼の呪詛が影響せず、結果彼女は男女の分け隔てなく子を為すことができたわけだけれど、結局ミエ自身はそれに気づき得なかった。


フクィークグが自ら生み出したオーク族にかけた呪い……それは地上のオーク族を略奪と襲撃に走らせるための邪悪な罠である。

なぜなら高い暴力性を持ち低い知性しか持たぬオーク族は、女性が出生しないとなれば他種族を襲い奪うしかない。


前述の通りそれにより『不和』が広がり、結果他の人型生物フェインミューブどもに脅威とみなされ軍隊などが派遣されオーク達が討伐されても、それはそれで彼は一向に困らない。

彼らを創造した主である己を忘却し、信仰心を失った彼らには似合いの罰ではあるし、『戦い』が巻き起こるのであれば自分にとっても都合がいい。

己が手を下さずとも他の神々が生み出した種族どもが『殺戮』してくれるのならむしろ余計な手間が省け溜飲が下がるというものではないか。


そう、フクィークグは最初から地表のオークどもを見捨てていたのである。

先に述べた通り、地表のオークどもは本来であれば他種族との戦争で壊滅的な被害を受けて大規模な集団を維持することが困難となり、やがて少数で細々と襲撃を繰り返す雑魚モンスター同然の存在に成り下がるはずだった。

フクィークグ自身もそれが似合いの末路と思っていたのである。


自らの主神から見放された地表のオークどもに未来などあろうはずがない。

その愚かさに似合いの衰退と滅亡が待つばかり、というわけだ。



……その、はずだったのだが。

その前提をたった一人の、なんの魔力も戦闘力もない娘が根底から覆してしまった。




ミエである。




女性が生まれないという種の存亡に関わる異常事態を、彼女は他種族から奪うことではなく他種族と手を取り合うことで解決しようと計った。


村の仕事を手伝ってオーク達に女性の有用性を認めさせた。

酒造りができることをアピールし女性の地位を向上させた。


賃金労働制を広めることでオーク達の価値観を仕切りと分け前という感覚から労働とその対価へと変容させた。

女性を配偶者とし、力による略奪を禁じることでただ交渉と求婚によってのみ得られるとした。


繁殖したい。

子供が欲しい。

そうしたオーク族の生来の欲求や欲望を、巧みに労働意欲や語学への学習意欲へと変換させた。

無論それは夫であるクラスクの圧倒的な強さとカリスマがあってこそのものだけれど、ともかく彼女は途中幾度かつまずきながらもそれを成し遂げたのだ。


フクィークグの呪いは未だ解けてはいない。

彼の教義から外れたクラスク市のオークどもは女性出生率がますます下がり、今後もオーク族の娘が生まれてくることはないだろう。


だがそれでも彼らは困らない。

クラスク市への移住を求める女性は後を絶たないし、容貌にさえ慣れれば真面目でよく働く(しかも夜も必ず満足できる!)クラスク市のオーク達は今や貧しい女性達に人気の嫁ぎ先にさえなっている。


彼らは己の創造主に呪われたまま、その呪いを克服してしまったのだ。




当然フクィークグは面白くない。

己の計画を、愉しみを邪魔したその街が面白くない。




面白くない。

面白くない、

なんとも不愉快だ。


不愉快だ。

不愉快だ。

苛立たしいことこの上ない。




のそり、と闇の中で何かが蠢いた。

闇の中で何かが光っている。

ふたつ光っている。


赤熱した炎のような、それは瞳だった。

憎悪と怒りに燃え滾る、それは邪なる神の双眸だった、




知らさねばならぬ。

思い知らさねばならぬ。


きゃつらを生み出したのが誰なのか。

惧れ敬うべきは誰なのか。


償わせなければならぬ。

死を以て。

誅戮を以て。

滅びを以て償わせなければならぬ。




闇の中で蠢くその瞳は……

激しい憎しみと怒りを込めて、地底から遥か地表を仰ぎ見ていた。






×        ×        ×





……これは物語である。

大きな物語の、その断片である。



いるだけで不思議と皆に力を与える人間族ファネムによく似た娘、『聖母』ミエ。

優れた戦術眼を持つエルフの魔法剣士、『風の剣王』キャスバスィ。

魔導学院学院長にして宮廷魔導師長を務めるドワーフの大魔導師、『いわおの魔女』ネカターエル。

死すら凌駕する奇跡と秘蹟の娘、天翼族ユームズの大司教、『聖女』イエタ。

のちに亡国の王女と謳われる竜騎士姫、やがてクラスクと結ばれ竜騎士王女と呼ばれることになる『賢妃』エィレッドロ。

そしてこれよりのちその偉大なるオークと縁と情を結んだ幾人かの娘たち。




これは彼女たちを救い、そして彼女たちに助けられ、のちのクラスク連邦初代大統領に就任した男の物語。


聖なる剣と呪われし斧を操り、幾つもの悲劇と慟哭、そして別離を乗り越えて、遂には自らの種族にかけられた呪いすら解き放ち神殺しと謳われた英雄、大オーククラスクの物語。







その、最初の三年間である。






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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました 宮ヶ谷 @DosM

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