こぼれ話 どちらもモンブラン

「あら? モンブラン、二種類もあるの?」


 木森有子は目を丸くして、ケーキの並んだショーケースを見つめた。

 ここは彼女の弟、木森希がパティシエを務める菓子屋まれぼし菓子店。

 この日たまたまケーキを買い求めに来た有子の目に留まったのは、ガラスの向こうに並んだ二種類のモンブランだった。


 黄色いものと、茶色いものとがある。

 両方の形自体はよく似ていて、細いマロンクリームが幾重にも積み重ねられたその上に、ちょこんと栗がのせられている。

 ただそのマロンクリームが、眩しいくらいの黄色のものと、栗の色に近い渋めの茶色のものがあるのである。


「黄色いのって、昔はよく見かけたわね。最近よく見るのはこっちの茶色い方だけど……」


 有子は目の前にいる弟を見つめて首を傾げた。

 弟の作った二種類のモンブランは、身内のひいき目を差し引いても素晴らしい出来に見える。以前に食べてみた時は、味も見事なものだった。

 でもわざわざ店のショーケースにモンブランを二種類と用意する理由はというと、よく分からない。

 有子の視線の意図を汲んでか、弟はひとつうなずくと喋りだした。


「食べ比べも面白いだろうって話しになったんだ。俺たちの気まぐれだから、期間限定だけど」

「確かに面白いと思うわよ。でもこの二つって、どう違うのかしら?」


 説明を求められた時に、この店の他のスタッフなら立て板に水とばかりに説明してくれる。しかし有子の弟は、彼らに比べればずいぶんと口下手だ。

 それでも彼は少しだけ考えたあとで、まず、と人差し指を立てた。


「栗の種類が違う。洋栗と和栗」


 弟によれば、この二種類の栗はそれぞれ風味や大きさなどが違うのだそうだ。

 更に、と話は続く。


「茶色のはマロングラッセをクリームにして、黄色いのは栗の甘露煮をクリームにしてる」

「栗の甘露煮って、あの栗きんとんとかに使う?」


 そうだとうなずかれたが、栗きんとんとモンブラン。似ているような似ていないような。なんだか面白くも不思議にも感じる話だった。

 聞いてみれば、それは日本人に受け入れられるようにと工夫された結果のアレンジなのだそうだ。確かに栗の甘露煮なんて、かなり親しみ深いタイプの食べ物だ。言われてみれば納得できる話だった。


「で、茶色いのが元々のモンブランで、黄色いのが日本風。土台もメレンゲだったりスポンジだったり、あと両方が混ざったりもしてる」

「ふーん……じゃあ正式に言うと茶色いのがモンブランか」


 首を傾げながら言うと、弟も有子に似た仕草で首を傾げて答える。


「いや、一概にそうとも言えないよ。日本でモンブランに出会った人にとっては、こっちの黄色いのがモンブランだって思うだろうし。人それぞれ、自分の正解があって良いんじゃねえの」

「なるほど、結構深いことを言うわね」

「どっちも美味いと思うしな、俺は。色んな人に食ってもらいたいって工夫の結果、実際そう受け入れられてるわけだし、そういうのが菓子には大事だと思う」


 愛想がなく口下手な彼にしては、ずいぶん饒舌にそう語る。

 その様子をなんだかしみじみと眺めてしまう有子だった。


 少し年の離れた姉弟の末っ子であるこの子は、昔からそんな感じだった。人には誤解されやすいけれど、好きなものや大事なものに対する情熱は人一倍強いのだ。

 そしてその情熱を立派に生かせる仕事を選び、こうやって堂々と話せるようにもなった。


 内気な弟がパティシエ修行のために外国にまで行くと言った時は、家族みんなが驚いた。

 パティシエという仕事に関して、両親は反対こそしなかったが賛成もしなかった。正直なところ、もっと安定してゆとりのある仕事に就いた方が良いのではないかと思っていたようだ。

 実際ほかの姉妹たちは、大手の商社や公務員など比較的安定性の高い職種を選んだ。

 それでも違う道を選んだ弟は、自分の思いを貫き通して、それで今の姿になっているわけで。


 そんな弟を見て、有子はふっと微笑んだ。

 変わらないようでちゃんと変わっている。成長している。人間って、そういうものだ。

 彼女の中ではいつまでも可愛い弟だが、社会の中での彼は矜持も実力もある一人前のパティシエなのだ。


「有姉?」

「ん? うん、説明よく分かりましたと思って」


 弟は怪訝そうな顔で、ニコニコと豪快に背中を叩いてくる姉を見つめたのだった。


「そうだ、希。来週末に容子と晴子が帰省するのよ、旦那と子どもも連れて。その時ならモンブランはまだ店に出てるよね。モンブラン二種類ずつ注文するから、それ持って久しぶりに帰って来なよ。あの子たちも父さん母さんも、栗大好きだし」

「えっ? 急だな……もっと早く言っておいてくれれば良かったのに。まあ良いか、行くよ、久々にみんなにも会いたいし」

「また成長したあんたの腕前をみんなに披露しないとね!」


 有子がそう言って笑いかけると、弟は照れくさそうにそっぽを向いたのだった。


 ケーキの包みをぶら下げて、帰り道を足取り軽く歩きながら有子は思う。

 安定したサラリーマンも、我が道を行く職人も、どちらも良いではないかということ。

 どちらが正解というわけでもなく、どちらも正解で良い。

 ちょうどあの二つのモンブランのように。


 来週末に集う家族の食卓が目に浮かぶ。

 弟が腕を振るったモンブランに、家族はきっと舌鼓を打つに違いない。


 有子は上機嫌にハミングしながら、まれぼし菓子店を後にする。

 家族のかけがえのないひと時を、そしてこれからも続いていくみんなの未来を楽しみに思いながら。

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まれぼし菓子店 夕雪えい @yuyuki3

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