エンディング「そして、ふたたび」

 スキナベは強い光を感じていた。

 強く明るいその光は、大きな窓からこぼれる朝日の日差しだった。白い天井と白いカーテン、窓からは柔らかい風が流れ込んでいた。

 スキナベは、僅かに顔を動かせ、周りを見た。白い漆喰の清潔そうな部屋。足元の壁には、絵が飾られている。大きな窓と扉。真っ白のシーツに包まれて、ベッドに寝ているのが分かった。

 ベッドのすぐそばに小さなテーブルがあり、その上に花束が一つ置かれていた。綺麗な色とりどりの花が紙に包まれたまま置いてあった。窓から風が優しく入ってくる。白いカーテンが揺れる。陽の光の当たる足元が、僅かに温もりを感じた。

小さくドアの開く音がした。スキナベは窓の方を見ていて、ドアの方を見ることが出来なかった。

「ねえソル。今日はセシルおば様からいただいた、お庭の花よ。今朝、摘んで持ってきてくださったの」

 ドアから入ってきた女性は、独り言を言いながら、持ってきた大きな花瓶にテーブルの花を生けようとしていた。スキナベは、その女性を目で追った。いや、目が離せなかった。

「今日、フィリッポ様がいらっしゃるって。あなたの目が覚めたら、結婚式は是非、教会でやらしてくれっておっしゃっていたわ」

 女性は花瓶に花を生け、形を整えている。

「それから、女王様があなたに」

 女性は、ベッドに横たわるスキナベと目が合った。スキナベの目から止めどなく涙が溢れ、真っ白の枕を濡らして行く。女性は口を両手で抑え、言葉にならない声を出していた。

「ジーン」

 この一言が合図に、女性はスキナベに抱きついた。

「ああ神様。何とお礼を言っていいのでしょうか」

「ジーン。僕のジーン」

「ソル。私のソル」

 二人の大声のため、数人が部屋に飛び込んできた。

「ドクター、ドクター。意識が戻りました」

 廊下で誰かが慌しく走っている。

 スキナベは、ジーンの胸元に輝く黄金の十字架ペンダントを見た。どこかで見たことのあるそのペンダントから優しさと温かさを感じる。ジーンの背後に、真っ白のドレスを着た女性と大きな帽子の少女が見えた。二人は手をつなぎニッコリと微笑む。少女は人差し指を唇にあてると、そのままゆっくりと窓の外へと消えていった。

「ジーン、今の人たち」

「今の人って」

 ジーンはスキナベの見ていた窓の外を見た。そこには快晴の空が広がっている。木々が優しく揺れているだけであった。



「そして」

 ジーンはオレンジの皮をむいていた。

「それで、あの時君は?」

「あなたが出て行った後、すぐにセシルおば様がいらしたの。私を早く安全なところに連れて行くために」

「あの火事の時は、部屋にいなかったんだね」

「うん、まさかあなたが、あんなことになってるとは知らなかった。燃える火の明かりですぐに戻ったけど、もうそのときは火の海だった」

「さっき、大家さんをおば様って言っていたけど?」

「驚かないで聞いて欲しい。私自身あの火事の後に、聞いたことだけど」

「……」

「初代国王の娘は双子で、王国が建国して、それまでの軍人たちの多くが仕事をなくし、盗賊や山賊になっていたらしい。その人たちは、国王を恨んで何度も王室を襲っていたの。国王と王妃カテリーナ様は、王家の血筋を守るために双子の娘を別々に育てることにしたそうなの。姉のマリア様は王室で守り、妹のセリーナ様はそのために建設された聖へレナ修道院に預けた。マリア様は十歳のお誕生日を待たずに暗殺され、妹のセリーナ様に王家の証のペンダントとマリア様に贈られるはずだったバイオリンを託された。セリーナ様は一歩も修道院から外に出ることも無く、その生涯を慈愛と優しさで終えられた。一人の娘を残してね。それが私の本当のお母様」

 スキナベは黙って聞いていた。

「あなたの事も聞いたわ。あなたは初代国王の時代、三英雄と呼ばれたシュゼッペ・ガリバルディーの末裔で、あなたのソロディンって名前は『王家を守る者』と言う意味。本当はあなたの先祖と私の祖先のマリア様はマリア様の十歳の誕生日の日に婚姻を結ぶ予定だったのよ。でもマリア様は十歳の誕生日を迎えられなかった」

「……」

「全然驚かないのね。ほら、これ見てここのところ『ソル・エ・ディーン 親愛なる王家の証として シュゼッペ・ガリバルディー』って彫ってあるでしょ。驚いた?」

「知っているような気がする。僕の名前はルイーザって人が名付け親なんだろ? 修道院が孤児院に名前が変わったときの院長だったひと」

「どうしてそんなこと知っているの? 何一つ記録は残ってないって、セシルおば様が言っていたのに」

「実は僕、そのルイーザって人も、セリーナって人にも逢ったんだ」

「まぁ」

「ステラを取って」

「なんと、バイオリンの名前まで」

「だから言っただろう。逢ったって。それに、それに。何だっけ? 誰だっけ、エ……エム? とにかく誰かに教えてもらったんだ。いっぱい、うん、いっぱい大切なこと。そうさ、大切なこと」

「それは何?」

「上手く言えないけど。運命みたいなもの。そう運命だよ、きっと」

 スキナベの目には優しく微笑むジーンが写っている。


 穏やかな風と優しい日差しが二人を包んだ。

 遠くでハーモニカの音色が聞こえたような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Last Dream 森出雲 @yuzuki_kurage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ