チビで貧弱な僕と幼馴染の美少女博士はアスリートを夢見る

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チビで貧弱な僕と幼馴染の美少女博士はアスリートを夢見る

 2020年の初夏。

 僕は中学生になっていたが、新型肺炎の影響で中学校には行けずにいた。


 そんなある日の午後。

 僕は郵便物を取ってくるよう母に頼まれ、屋外にある郵便受けに向かった。

 外に出ると初夏とは思えない日差しが照り付ける。


小林こばやし君。だいぶ暑くなって来たね」


 郵便受けから郵便物を取り出していると、そう声をかけられた。声のする方に振り向いて、僕はドキリとする。

 そこには隣の家に住むおなどしの少女が、垣根かきね越し立っていた。


「あずさ博士!」


 言いながら僕は少し緊張する。

 何せ彼女は小学校では学校一の美少女と呼び声高い人気者だった。幼馴染とは言え、声をかけられると多少身構えてしまう。


  ところで彼女が何故『博士』なのかというと、小学校の時に受けた知能指数テストの彼女の結果が、きん出て良かったのが原因だ。

 この話はまたたく間に僕らの通う小学校中を駆け巡った。そして気づけば彼女の名前の『あずさ』と頭が良いという意味を込めた『博士』を組み合わせて、彼女は『あずさ博士』と呼ばれるようになっていた。


 頭が良いから博士。

 単純な子供らしい発想だ。


 あずさ博士は自宅の庭から公道に出る。その様子を見た僕も彼女にならって公道に出た。

 基本的に家に閉じこもっている為、隣人とはいえ同年代の人間と話す機会は貴重なのだ。


「コロナ、おさまらないね」と僕。

「ワクチンか治療薬が出来ないうちは、治まらないかもね」


 あずさ博士はそう僕に応じると「気温が上がると普通、感染症は落ち着いてくるものらしいけど、今回の感染症は暑い国でも流行しているらしいわ」と、つい先日まで小学生だったとは思えない様な大人びた事を言い、目を細めて眩しそうにチラリと太陽を見た。そして僕に向き直ると口を開く。


「ところで中学校からの封書、届いてるよね? 部活申込用紙にはもう記入した? 私は機械工作部に入る予定なんだけど、小林君は運動部かな? やっぱりサッカー部?」


 あずさ博士が質問を畳みかけた。

 僕は彼女のその質問にギクリとする。

 実は休校中の今、一番の僕の悩みはそれなのだ。


 僕の悩みには僕自身の体格が関係している。

 年齢的には成長期のはずだが、僕は未だに背が低く貧弱な体格なのだ。

 小学校低学年の頃はサッカーで活躍していたが、今では周りの友人たちの背が伸び、小柄な僕は体育関係での活躍がほとんど出来ずにいた。

 その為、運動部に入って皆と競い合いたい気持ちはあるが『お前がスポーツ?』と思わるかもと考えてしまい、運動部を希望する事さえ躊躇ためらっていた。


 中学校に登校するのは楽しみだけど、部活の事を考えると気が滅入る。


「部活はまだ決めてない。サッカー部には入らないよ。僕は背も低いし、体格も良くないからね。中学のサッカー部では活躍出来る見込みが無いよ。他の運動部でもそうさ」


 僕はばつの悪い思いを抱えながら、彼女の問いに答える。


 割り切っている風に聞こえる様に心がけたつもりだが、彼女はどう感じただろう。

 こんな話を女の子にするだけでも惨めなのだ。せめて頭を使って論理的に考えた最善の判断だと印象付けたい。


「もしかして、腐ってる?」とあずさ博士。


 僕の印象操作に、彼女は全く引っかからない。


 流石は知能指数テスト高得点取得者!

 侮りがたし!


 僕は彼女に本当の心持こころもちをすんなり当てられ、何だか虚勢を張るのが馬鹿らしくなってきた。

 答えに窮した僕は、手にした郵便物に目を落とす。


「背が低くても、体格が良くなくても出来るスポーツがあれば良いのに」


 郵便物を眺めながら、気落ちした僕は思わず素直な気持ちを吐露する。


 虚勢を張ったところで、どうせこの幼馴染の少女は僕みたいなチビを異性とは見てはいない。だったら格好をつける意味なんて無い。


 僕らはしばらくの間、二人して黙り込む。


 こんなヘタレな僕に、彼女も掛ける言葉が見つからないのだろう。


 その様に心の中で自嘲していると、唐突にあずさ博士が口を開いた。


「eスポーツとか、どうかしら? eスポーツならネットを利用すれば感染症すら関係ない」


 感染症。

 新型肺炎の話を彼女はまだ考えていたらしい。

 それにしても……


「……eスポーツ」


 僕は彼女の言葉を反芻する。


 eスポーツって、ビデオゲームを使った競技だっけ。

 ビデオゲーム何てスポーツと言えるのだろうか?


 僕は郵便物の下からのぞく自分のを見ながら自問自答する。


 そう、僕の小さな足。この足、ひいては僕の体のパーツ全てが小さすぎるから、僕はスポーツを諦めたのだ。

 でも体格に左右されずに活躍できるスポーツなら、僕にだってチャンスがあるのかも?


「……良いかも」


 俯いた所為であらわになった首筋にジリジリと太陽の暑さを感じながら、僕はそう呟く。そしてあずさ博士の方に顔を向け「eスポーツってパソコンでやるんだよね?」と質問した。


 eスポーツにはゲーム用のパソコンが必要だとテレビで観た事があったのだ。


「世界的にはパソコンでやるものが多いわね」


 あずさ博士は頷いて答える。

 僕はまだ熱を持ったままの首筋が気になり、片方の手をあてがうと『もう夏だな』とふと考える。そして急に思い出すことがあって口を開いた。


「そう言えば……あずさ博士って小学生の頃、夏休みの自由研究でパソコンを作ってなかったっけ?」

「パーツを買って組み立てただけだけどね」


 あずさ博士が答えながらまた頷く。


 僕の記憶は正しかった。

 小学五年生の夏休み。自由研究でゲームがサクサク動く自作パソコンをあずさ博士が提出していたのを僕は覚えていた。彼女はその自由研究の中でゲームについても触れていて、パソコンゲームにも詳しかったはずだ。


「eスポーツ向けのゲームをするなら、どんなパソコンを選ぶべき?」


 俄然興味が湧いてきた僕は、パソコンゲームについて彼女に訊ねる。


「出来ればスペックは高いほうが良いわよね。画像処理の性能とか」


 あずさ博士は僕の質問にそう答える。


 なるほど!

 スペックが高いものが良いのか!


「じゃあ、今買える一番スペックの高い部品を集めたら、ものすごいゲーム用パソコンになる?」


 あずさ博士の答えから思いついたアイデアを僕は語る。


「それはダメよ」


 あずさ博士は僕のアイデアをあっさりと否定する。

 僕は理解出来ず、彼女に「どうして?」と訊き返した。


「ゲームを作る人は出来るだけ沢山の人にそのゲームで遊んで欲しいはずでしょ? だからある程度はゲームの方をユーザーが持っているパソコンのスペックに合わせて来ると思うの」


 あずさ博士はそう説明する。そして「最高スペックのパソコンは一般の人が使うような仕様じゃないから、むしろ不具合が出るかも」と説明を付け加えた。

 僕は『そんなものなのかな?』と思いながら「へえ」と相槌をする。


「あッ!」


 突然あずさ博士が声を上げた。何か思いついたらしい。


「ゲームによってはディスプレイも大事よ!」


 あずさ博士は右手の人差し指を立て、そう主張すると「ディスプレイをゲームに合わせて買うなら、何のゲームをやるかを決めなきゃ」と言い出した。

 僕には分からないが、パソコン本体よりディスプレイの方が大事だと彼女は思っているようだ。


「シューティングはどう?」


 あずさ博士が唐突に質問してくる。どのジャンルのゲームにするか決めようという事らしい。


「銃を撃つのは恐いな」

「じゃあ、格闘ゲーム」

「瞬発力に自信が無い」


 僕の不甲斐無い答えに彼女の表情はどんどん曇る。


「……サッカー」

「絶対に嫌だ」


 運動部に入る勇気も無い惨めな自分を思い出す!


 僕は眉をしかめ、目を閉じると首を横に振った。


「……じゃあ、パズル」


 提案をことごとく否定され、あずさ博士の声はもはや投げやりだ。

 だが僕は『パズル』という言葉についに反応する。


「いいね! 暴力も瞬発力も嫌な記憶も無い!」


 僕は元気良く頷き、グッと親指を突き出す。


「……小林くんにはパソコンは必要ないよ。スマホで充分」


 あずさ博士はまるで自分と僕との距離を測るかのように大きな目を細めて、そう言った。


「マジで?」

「マジ」


 あずさ博士はやれやれと言う様に表情を崩すと、苦笑して「まあ良いわ」と言う。そして「ねえ、小林くん」と僕に呼びかけた。


「何?」と僕。


 すると突然、彼女が僕の目を真正面から見据えて来た。見据えられた僕は、ゆっくりと言葉を紡ぐ彼女の美しい顔から目が離せない。


「これから私たち……」


 彼女の形の良い唇が動き、言葉がこぼれ出す。鈴の音のような声が心地良い。


「……わ、私たち?」


 これからあずさ博士と僕が何だというのか?


 僕の心臓は早鐘のように鳴り始める。


 これは、もしかして……


「私たちはライバルね!」


 あずさ博士はそう言うと、ニコリと僕に微笑んで見せる。


「はぁ? あずさ博士と僕が?」


 思いもしない彼女のライバル宣言に、僕は面食らって訊き返す。


 お付き合いとか、そういう話じゃないの?


「うん!」


 元気良く彼女が頷く。


「ど……どうして?」

「私も小林くんと一緒にパズルゲームを始めたいから」


 あずさ博士が平然と言い放つ。


 僕は言葉もない。


 呆気にとられる僕を見て、あずさ博士は楽しそうに笑う。そして僕の目の前に顔を近づけると、またあの形の良い唇を動かした。


「だってeスポーツなら体格どころか、男か女かすらも関係ないのよ」


 僕の目前でいたずらっ子の様な微笑みを浮かべ、彼女が僕に語りかけた。

 彼女との物理的な距離の近さと彼女の囁くような声に、僕の心臓がドキリと跳ねる。

 彼女に呼び止められた時とは全く違う感覚だ。


 この胸の高鳴りは何だろう?

 彼女という好敵手を得てのものか、それとも……


 この時から、彼女は僕のライバルになった。

 eスポーツをやるなら運動部に無理に入る必要も無い。


 どうせなら、僕も彼女と一緒に機械工作部にでも入ろうかな?


 気が滅入ると思っていた中学での部活動が、僕は急に楽しみになってくる。


 それは良いとして……


「あずさ博士。もう少し離れてくれる? 感染症対策上、僕らの距離は近すぎる」


 この発言の後、僕は何故かあずさ博士に思いっきりはたかれた。


(了)

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