過激な手を使うのはやめて下さい


 私の朝は早い。

 日がのぼる前に起き、たくを整えてお茶を飲みながら本を読む。

 朝のピーンとめた空気の中で本を読むとその世界に身も心も入り込めて格別なのは、私だけだろうか?

 この早起きは私のままなので、私は朝のたくを全て一人でこなす。

 いつもは朝食の準備が終わるまでは放っておいてくれるメイド達だったが、その日はいつもとはちがった。

 いつものように本を読んでいると、部屋の前がさわがしくなったのだ。

 さすがに集中できなくて、ドアを開けようとしたがドアは反対側から押さえつけているらしく開きそうもない。

 仕方なく、ドアに耳をつけ外の音を聞いてみた。

「ですから、アルティナおじようさまはまだお休み中でございます」

「少し顔を見るだけだ」

しゆくじよは身支度に時間がかかりますゆえ、今は無理でございます」

 どうやらメイドが部屋にしんにゆうしようとしている人物を止めているのだとわかった。

 っていうか、こんな非常識な時間に会いに来るなんて何を考えているんだ?

「お引き取り下さいませ」

「メイドの分際で生意気だぞ」

 うちのメイドになんて口をきくんだ。

 私はイライラし始めていた。

 だって、うちのメイド達はゆうしゆうで働き者で、本好きで引きこもりがちな私の我が儘だって許してくれるやさしい人達だ。

 私は彼女達を家族だと思っているのに〝メイドの分際〟なんて言葉を許せるわけがない。

 叱ってやるべきかなやんでいるとドアの前でメイドの小さな悲鳴が聞こえた。

 それと同時に、ドアノブが動く。

 メイドを押しのけてドアを開けようとしているのだと解ったしゆんかん、私の首元にいたシャルロが大きくなり私が見えないように後ろにかばうと、開いたドアのすきから顔を出した。

 シャルロはグルグルグルと聞いたことがないぐらい低い声でうなってみせる。

「うわぁ!!」

 部屋に侵入しようとしていた男はおどろいたようにさけぶと走ってげて行った。

 後ろ姿から言って、ダレン・パトリオタこうしやく子息だろう。

 りんごく団長の息子がりゆうに驚かされて逃げるのか?

 なんじやくものである。

 シジャル様ならじようきようも解らず逃げ出したりしない。

 ましてや、私の部屋からあやしげなものが顔を出したらも言わさず戦ってくれるだろう。

 私がシジャル様におもいをせているとシャルロはまた小さくなり、ほおずりしてきた。

「ありがとうシャルロ。すごたよりになるわ」

「キュ~」

 シャルロの頭をでてあげると、シャルロはうれしそうに鳴いた。

「アルティナお嬢様! お客様をお止めできず申し訳ございませんでした」

 申し訳なさそうに、メイドのリーファが頭を下げてきた。

「いいえ。リーファはよくやってくれました。貴女あなたおそろしかったでしょう? 私のためにごめんなさい。などしてない?」

 私がづかうと、彼女は目をうるませる。

「私はだいじようでございます。お気遣いありがとうございます」

 私のせいでこんな目にあったというのに本当にうちのメイドはいい人ばかりだ。

「このことはすぐにユーエン様にご報告いたします」

 私はゆっくりうなずいた後、リーファにがおを向けた。

「お父様にさっきのことは言わないでほしいの」

?」

 信じられないと言いたげなリーファに私は真面目に言った。

「あのお父様がそんなことを知ったら、責任を取ってけつこんしてもらおう! とか言い出してもおかしくないと思わない?」

 リーファはくやしそうな顔をした。

 私のためにそんな顔をしてくれたことに心が温かくなった。

「こんなことが二度とないよう、アルティナお嬢様のお部屋にかぎを今日中に設置いたしますので、ご安心下さい」

 そんなリーファに、私は安心して頷いてみせたのだった。



 朝食の時間には、食堂ではなく私の部屋に兄が食事を持ってきてくれ、いつしよに部屋で食べることになった。

「災難だったな」

「メイドのリーファとシャルロがまもってくれました」

「彼女にはほうをやらなくてはな」

「そうですね。何がいいでしょうか?」

「聞いておこう」

 兄はスープを一口飲んでから言った。

「司書長にたのんでアルティナの部屋に結界を張ってもらうか?」

 いいアイデアだと言わんばかりに兄は言った。

「シジャル様にごめいわくです」

「だが、アルティナに何かあればこうかいするのは司書長だぞ」

 そう、なのだろうか……。

「相談してみます」

「その方がいい」

 兄はやわらかく笑い、私の頭を撫でてくれた。



 その日のうちに私はシジャル様に朝あったことを相談した。

 いつものようにシジャル様のしつ室に案内され、うながされるまま話すうちにシジャル様の顔色がドンドン青くなっていったので、凄く申し訳ない気持ちになった。

「つきましては、シジャル様の都合のよい時に私の部屋に結界を張っていただけないでしょうか?」

 シジャル様は泣きそうな顔で私の右手を両手でつかんだ。

もちろんです! ユーエン様以外の男が一歩も入れないようにガッチガチに結界を張りましょう」

 シジャル様には失礼かも知れないが、心配してくれていることが解って凄く嬉しい。

「それでは、シジャル様も入れないではないですか。シジャル様なら無条件で私の部屋に入ってくださっていいのに」

 シジャル様は今度は顔を真っ赤に染めた。

「じ、自分も決して安全な男ではないといいますか……」

「シジャル様にされることなら、私はどんなことでも嬉しいです」

 シジャル様は両手で顔をおおうと、ああああああああああああああ! と叫んでうずくまってしまった。

 シャルロがけいかいしてグルグルのどを鳴らし始めてしまったのであわてて小さな頭を撫でた。

「アルティナ様! そんなことを男に軽々しく言ってはいけません!」

「はい。シジャル様にしか言いません!」

 シジャル様はヒュッと息をむと口をパクパクさせていた。

 そして、深呼吸を何回かすると真っ赤な顔でまゆげて言った。

「……ち、違います! 自分にも言ったらです」

 私は少し口をとがらせた。

「そんな可愛かわいい顔しても駄目ですからね!」

 可愛い顔なんてした覚えがない。

「可愛い顔じゃないです。ねているんです」

「何ですか? その可愛すぎる主張は!」

 シジャル様は少し感覚がズレているのではないだろうか?

「とにかく、結界は今日張りに行きますのでご安心下さい」

 シジャル様はそう言うと私に手をばしてきた。

 まさか、めてくれたりするのだろうか?

 少しの期待を込めてシジャル様を見つめると、シジャル様は私の首元にいるシャルロの頭を撫でた。

「よくアルティナ様を護ってくれた。ありがとうなシャルロ」

 期待してしまったせいでずかしくて、顔が熱くなる。

「? アルティナ様? 顔が赤いようですが、どうかなさいましたか?」

 シジャル様が心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

 はっきり言って今は顔を見られたくない。

「シジャル様のバカ」

 思わずつぶやけば、シジャル様は困ったように笑った。

「アルティナ様にバカと言われても嬉しいのは何故でしょう?」

 私は胸を締めつけられたように苦しくなった。

「シジャル様」

「はい。何でしょう?」

「バカ……でも、好き」

 私は熱い頰を両手で押さえた。

「本を探してきます」

 そう言って、私はシジャル様の方を見ないようにしてその場をはなれた。

「アルティナ様、……可愛すぎ」

 立ち去る私の後ろで全身赤く染まったシジャル様がそんなことを呟いていたことを、私は知るよしもなかった。



 シジャル様から離れ、この前借りて読んでいた『経済的観点から導き出す消費者の心理と欲求』の二巻を見つけ手にとった。

 シジャル様のもとにもどって本を読むのはかなり恥ずかしいし集中もできないだろうと思い、私は図書館の中にあるすわり本を読むことにした。

 しばらく本に集中していると、左横の席にだれかが座ったのが解った。

 シジャル様かと思いチラリと見ればそこには真っ赤なの花束が見えた。

 おおよそ図書館に相応ふさわしくない物に顔を上げると、そこには父の連れてきた客人の……名前はえっと、インシオン・何とかこうしやくの次男だっけ? たぶん。自信はない。

 確実なのはモノクルをつけているということ。

「アルティナ嬢、こんにちは。朝会えなかったのが残念で来てしまいました」

 朝会えなかったら会うのはあきらめてほしい。

 そう思った瞬間、モノクルさんは私の真横のかべに手をついた。

 いわゆる、壁ドンというやつだ。

「プレゼントを受け取っていただけますか?」

 けんかんを顔に出しては駄目だ。

 そう思ったら必然的に無表情になってしまった。

 父ともだが、客人ともしやべらないと決めたせいで「壁ドンは好きな人以外にされたら気持ち悪いだけだ」と、文句の一つも言えない。

 どうしたものか?

「さあ、どうぞ」

 客人が私に薔薇の花束を差し出した。

 本当にいらない。

 そう思った瞬間、私の首元にいたシャルロが薔薇の花束に顔を突っ込み、花をいちぎるとしそうに食べ始めた。

 何が起きたのか解っていない客人をよそにシャルロは花を食べ進めた。

「シャルロ、美味しい?」

 シャルロは嬉しそうにキュイーと鳴いた。

「よかった」

「キュイ~」

 元気そうに鳴くシャルロに、私は思わず笑ってしまった。

「アルティナ様、どうかしましたか?」

 シャルロの声にシジャル様が気がついてくれたようで、けつけてくれたのが解った。

「あ、すみません。館内は飲食物や香りの強いものの持ち込みを禁止していますので、お持ち帰り下さい」

 シジャル様はニコニコと笑顔でそう言った。

「で、では、アルティナ嬢も一緒に」

「アルティナ様、そちらの『経済的観点から導き出す消費者の心理と欲求』は全四巻なのですが、どうしますか? さすがに重いと思うので今日おじやさせていただく時にお持ちしましょうか?」

 客人の話をさえぎるようにシジャル様はそう言った。

「シジャル様のご迷惑になるのでは?」

「この程度なんともありませんよ。それよりも、ユーエン様にも今日お邪魔させていただくことを話しておいた方がいいでしょうか?」

 シジャル様と兄は仲良しすぎではないだろうか?

「お兄様がシジャル様に結界をお願いするように言ったのですから近日中には来るものだと思っているはずです。報告する必要はないと思います」

「ですが、ユーエン様にも誠実に向き合っていきたいと思ってますので」

 兄とばかり仲良くするのは、私は違うと思う。

 それに、兄も兄だ。

 リベリー姉様のだん様のベスタンス様にも、ラフラ姉様の旦那様のパルマ様にも、自分の相談ごとなどしたりしないのに、何故かシジャル様には事あるごとに相談していたりする。

 なんだか凄くモヤモヤする。

ほんだなしんせい書類を出しに執務室へ行かなくてはいけないので、ついでに今日お邪魔させていただくむねをユーエン様にお伝えしてきましょう。アルティナ様もご一緒にいかがですか?」

 シジャル様はニコニコと笑顔だ。

 これは、客人から逃がしてくれようとしているのだろう。

 シジャル様を暫く見つめてから、私はフーっと息をき出した。

「私も、お兄様のところへお供します」

「よかった」

 シジャル様は私がすっかり忘れていた客人に一つしやくをしてから私に手を差し出し、私はその手に手を重ねた。

 シジャル様と手をつないでいる事実に私はフワフワした気分でその場を後にしたのだった。



 シジャル様にエスコートされ兄のいる第一王子の執務室にやって来た。

 ノックすれば兄がドアを開けてくれる。

「アルティナ? どうかしたのか?」

 執務室の中に促され、すすめられたソファーに座る。

 同じように私の横に並んで座るシジャル様。

「実は、アルティナ様に花束をかかえてからんでくるモノクルをつけた男性がいまして」

 シジャル様の言葉に、兄は少し考えてからフンっと鼻を鳴らした。

「インシオン・メデュージアだな」

 ああ、そんな名前だった。

「アルティナ様が迷惑そうにしていたので助けに行ったのですが、シャルロに先をされてしまって、情けない限りです」

 シジャル様はそう言って頭をいた。

「いいえ、シジャル様もちゃんと助けて下さいました。情けないことなんてじんもありません」

 私が胸を張って言えば、自分の机で書類整理をしていた第一王子のディランダル様がクスクスと笑った。

「アルティナさんは声が出るようになってはっきりと物事を言うようになったね」

 私は以前から、シジャル様以外には言いたいことを言っているつもりだ。

「何がおかしいのでしょうか?」

「いや、アルティナさんの声が出るようになってから私のこんやくしやも毎日ニコニコしていてね」

惚気のろけるおつもりでしたら、クリスタ様の目の前で言って差し上げて下さいませ。ただでさえクリスタ様から砂糖が口からあふれ出しそうなほどの惚気を聞かされるのです。私から助言させていただけるのであれば、周りはたまったものではないので、二人きりでイチャイチャなさって下さい」

 私は一気にまくし立ててそう言った。

 第一王子は顔を赤くして机にした。

 それができれば、第一王子と婚約者は苦労しないのだろう。

「アルティナ、ディランダル様をいじめるな」

「惚気をただただ聞かされる方がいじめです」

 兄があきれたように第一王子を見ている。

「ユーエン、君の妹はオブラートって言葉を知っているのか?」

「知っていますとも、ただオブラートは水分でけてなくなりますから、婚約者とイチャイチャして心にうるおいのあるディランダル様の前では溶けてなくなってしまったのでしょう」

 第一王子は真っ赤な顔で口をパクパクさせている。

「お兄様の方が王子様をいじめてますよ」

ごろ、惚気られているからたまにはいいだろう」

 なら、仕方がない。

 私はそれ以上言うのをやめた。

「自分は妹のようなクリスタの惚気話は幸せそうで安心しますよ」

 シジャル様は、アハハっとかわいた笑いをかべた。

「話を戻すとしよう、インシオン・メデュージアだが」

めんどうなので、モノクルの人としましょう」

「まあ、モノクルの人だが……で、そいつはアルティナがれんあい小説ばかり読んでいる夢見がちな女性だと夢見ている男で、もう一人のダレン・パトリオタは」

「筋肉の人ですね」

 私が説明すると兄はフーっと息を吐き出した。

「マナーのなっていない筋肉ダルマなのは事実だ。早朝、淑女の部屋に許可もなく侵入しようとした時点で犯罪者だと思うが、仮にも父上の客人だしな」

 兄の説明にディランダル様がぜんとしている。

「そのような事実もあるので、今日アルティナ様の部屋に結界を張りに行ってもよろしいでしょうか?」

「司書長の結界なら安心だ。助かる」

 兄は安心したように表情をゆるませた。

「アルティナさんが今危険な状況だと私の弟達に言ったら何か変わるかな?」

 ディランダル様がそう呟いたのが聞こえた。

「ただただ面倒なことになるからやめてくれ」

 ディランダル様は兄ににらまれ口をつぐんだ。

「アルティナ様が心おだやかに過ごせるように自分はできるだけのことをやりますよ」

 シジャル様はそう言って穏やかな笑顔を私に向けた。

 抱き締めて頭を撫で回していいだろうか?

 私がうずうずしているうちに、兄がシジャル様の頭を乱暴に撫でた。

「頼んだぞ司書長」

 私がやりたかったやつ!

 私はその時、兄を睨むことしかできなかった。



 話し合いの後、シジャル様と一緒に図書館に戻った。

 いつも通りに過ごしていたが、家に帰る時間になってしまい、シジャル様に声をかけるとシジャル様は図書館の中庭でひるをしていたフェンリルのリルさんをわきかかえてやって来た。

「では、行きましょう」

 リルさんは私を見るとちぎれそうなほどしつを振ってみせた。

つがい! 久しぶりっす!」

「はい。お久しぶりですリルさん」

「番いの声! 初めて聞いたっす! 可愛いっす!」

 リルさんはひとみかがやかせてシジャル様のわきばらのあたりで手足をばたつかせた。

 私はそんなリルさんの頭を撫でてあげた。

「はわわわわ! 番い大好きっす」

 可愛い子犬が喋る異様な光景だが、シジャル様は呆れ顔なだけで止めるつもりはないようだ。

「リルさん、今は子犬にたいされているのですよね?」

「はいっす」

「なら、人前で人の言葉で話しては駄目ですよ」

 私がそう言うと、リルさんは暫く考えた後、ワンっと一つ鳴いてみせた。

「上手です。喋れる動物はめずらしいのでつかまえようとする人も現れるかも知れませんから、用心に越したことはないはずです」

 私はシジャル様からリルさんを借りると優しく抱き締めた。

 フワフワのモフモフで最高だ。

 そこに兄がやって来た。

「その犬どうしたんだ?」

「リルさんです」

 兄はリルさんの頭を乱暴に撫でた後、リルさんの手を摑み肉球をみしながら目をキラキラさせた。

「捨て犬か? うちで飼うか?」

 兄は犬好きだ。

 今もリルさんを私からうばい取り撫で回している。

「リルさんはシジャル様のお友達です」

 兄はシジャル様を見つめた。

「うちで飼っては駄目か?」

「ユーエン様、かれはフェンリルというものですので、飼うのは無理です」

 すると、兄はリルさんと目線を合わせた。

 リルさんはごこわるそうにシジャル様の方を見た。

「こんなに可愛いのに魔物?」

「そうです。実際は馬車のようにでかいおおかみです」

 シジャル様が諦めるように促すが、兄にはむしろ逆効果だと私は思った。

「馬車だと? お前凄いんだな」

 そう言って兄ははリルさんのおなかを撫で回した。

「ギ、ギャー! 旦那、助けて下せい! 大事なものがガリガリけずられる~」

 リルさんは兄の手からのがれるとシジャル様の頭にしがみついた。

 プルプルふるえるリルさんが可愛い。

 兄は凄く残念そうにリルさんを見ていた。

「リル、少しまんしたらどうだ?」

「無理っす! オラッチは気高いフェンリルなんすからね!」

 シジャル様の頭にしがみつく様は、全く気高くは見えない。

「喋るのか~可愛いな~」

 兄はリルさんを微笑ほほえましげに見つめる。

 目を離さない感じがさらにリルさんをおびえさせているとは気がついていないようだ。

 シジャル様がリルさんを頭から外そうとするが、つめは立てるし離れまいと頭をかじるしでシジャル様は諦めた。

 兄のせいで申し訳ない。

 仕方がないのでそのままうちの馬車に乗ってもらい、家に帰ることになった。



 家に着くと、父がげんかんで待っていた。

「アルティナ、お前部屋でドラゴンを飼っているというのは本当か?」

 開口一番がそれか?

「父上、アルティナの護衛代わりです。何か問題が?」

「ドラゴンなんて、危ないだろ!」

 父の連れてきた客人の方が何十倍も危険だと言ってやりたい。

 でも、話をしないと兄や姉達と約束してしまっている。

「危なくなんてありませんよ。シャルロはアルティナ様が大好きですから、アルティナ様にらちをしない限りこうげきしたりはしません」

 シジャル様の声に、その場にいた全員の視線がシジャル様に向いた。

 凄く残念なことに、シジャル様の頭にはリルさんがしがみついているせいで変である。

「何だこのふざけた男は!」

 それがつうの反応である。

「自分はシジャル・ミルグリットと申します」

「ミルグリットへんきようはくの息子か」

「はい。次男です」

 どうやら父はシジャル様のお父様をご存知なのかも知れない。

「ミルグリットの次男が何故ここに?」

「アルティナ様に本を届けに参りました」

 シジャル様は分厚い本を四冊父に見せた。

 父は呆れたような顔をした。

「それは、ただアルティナに会いに来るための口実ではないか?」

「まあ、そうですね」

 シジャル様はにこやかにそう言った。

 えっ! 嬉しい。

「父上、彼がアルティナの婚約者の司書長です」

 父は目を見開くとシジャル様を指差した。

「こいつが……」

 父の言葉に私はムッとしてシジャル様のうでにしがみついた。

「シジャル様、私の部屋に行きましょう」

 私は父を無視してシジャル様を引っ張った。

「アルティナ!」

 父がイライラしたように私の名を呼んだため、私はメモを書くと父にわたした。

『お父様とは会話もしたくありません』

 父はそのメモを見ると固まってしまった。

 今のうちだ。

 私はそのままシジャル様を連れて部屋に向かったのだった。



 部屋にたどり着くとリルさんはそこでようやくシジャル様の頭から下り、シャルロと追いかけっこをして遊びだした。

 私はそれを微笑ましく見ていたが、シジャル様は手にしていた本をチェストの上に置いて部屋を出て行こうとした。

 私は慌ててそれを止め、シジャル様の腕を摑むとベッドに座らせた。

「アルティナ様、さすがにここはまずいです!」

 挙動しんなシジャル様を見ながら私は部屋の前でオロオロしているメイドに言った。

「お茶の準備をお願いします」

「待って下さい! 二人きりにしないで下さい」

 優秀なうちのメイドはシジャル様に解っていると言いたげに頷いてから去って行った。

 シジャル様がこの世の終わりみたいな顔をする。

 さすがにそんな顔をされるとショックだ。

「シジャル様は私と二人きりになるのはおいやですか?」

 私は泣きそうになりながら、やっとの思いで言った。

「そんなわけないでしょう? 自分は自分が信用できないのです! アルティナ様と二人きりになって理性を保っていられるとでも?」

「シジャル様はしんだから大丈夫です」

 シジャル様は頭を抱えてから小さく言った。

「せめて、椅子に座らせて下さい」

 私は仕方なくこの部屋にゆいいつある椅子にシジャル様に座ってもらい、自分はベッドにこしかけた。

「結界をさっさと張ってしまいましょう」

 何故かぐったりとしたふんのシジャル様に私は口を尖らせた。

「そんなに私と一緒が嫌ですか?」

「違います! アルティナ様がりよく的だから言ってるんです」

 シジャル様に魅力的と言われたのは嬉しいが、二人きりになれないのはさびしい。

「私達はいずれふうになるのに、二人きりになったら駄目なのですか?」

 シジャル様はふわりと私を抱き締めた。

「可愛すぎる」

 耳元で言われた言葉に全身が熱くなる。

「夫婦になったらアルティナ様がびっくりするぐらいイチャイチャする予定ですから、今は許して下さい」

 シジャル様はそう言いながら私の頭に小さくキスすると離れていった。

 シジャル様の顔を見れば私と同じように赤くなっている。

 しかも、凄く幸せそうに笑ってくれたから、私は更にシジャル様を好きになってしまった。

 すでに大好きなのにまだ好きになれるなんて!!

 その後、メイドにれてもらったお茶を飲んでからシジャル様は空中に青白い光のほうじんいくにも描いて私の部屋に結界を張ってくれた。

 女性と兄、それにシジャル様以外は部屋に入れない結界だ。

 勿論、シャルロとリルさんは入れる。

 私が結界に入れる人を頭の中で確認している間に、シジャル様が私のベッドに近づき何やら始めたのが解った。

「念には念を入れてベッドには女性だけしか入れない結界を張りましたので、ご安心を」

「シジャル様は入っても大丈夫です」

「それは駄目です!!」

 シジャル様はかたくなである。

「アルティナ様、自分のためにももっと警戒して下さい」

「私はシジャル様を信じています」

「自分は自分を信用していません!」

 さっきからずっとこんなやり取りをしている。

「お前らは何をやってるんだ?」

 そこにやって来たのは兄だった。

「シジャル様が、すぐに帰ろうとするのです!」

「ユーエン様、帰らせて下さい」

 兄は呆れたようにため息をついた。

「アルティナ、お前は何をしたんだ?」

「何もしていません」

 兄は次にシジャル様に視線を移した。

「司書長は何故そんなに早く帰りたいんだ?」

「それは、アルティナ様が無防備すぎだとか、いいにおいがするとかげきが強すぎで……ここに長時間いたら理性的でいられなくなりそうで」

 兄は遠くを見るとポツリ言った。

せい事実があれば、よめにもらってもらうしかなくなるな」

 シジャル様が青くなったのが解った。

「司書長、ゆっくりしていくといい」

「ま、待って下さい! ユーエン様、駄目です! それは一番駄目なやつです!!」

 兄はニッコリと笑った。

「僕は司書長を認めているし、ちょっとぐらい何かあっても気にしない。司書長は僕の義理の弟になるわけだしな」

 シジャル様は首を横に激しく振った。

「何をおっしゃっているんですか? ユーエン様は兄としてアルティナ様を護ろうとしてくれないと困ります!」

 兄はシジャル様のかたをポンポンとたたいた。

「〝ぜん食わぬは男のはじ〟という言葉があるらしいぞ」

 シジャル様は泣きそうな顔で兄にしがみつき叫んだ。

「今一番、聞きたくなかった言葉です」

 何の話か全く解らないが、兄ばかりシジャル様とイチャイチャしてずるい。

 私は兄にしがみつくシジャル様にしがみついた。

「くっに可愛い! ユーエン様助けて下さい」

「放せ、めんどうくさい」

「見捨てないで!」

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