第26話本当に

「え…ちょ、優弥さん、そんな冗談っ」

「冗談じゃない。学校に登校してないし、こっちにも帰ってきてない。朝出たまんま、帰ってこないんだ」


優弥の深刻な顔に、徐々に青ざめていく千紗と都華咲。


「え、そ、それじゃ、すぐに探しに行かな「その必要は無い」…藤二郎様…?」


しかし、都華咲の言葉に重ねてきた藤二郎の言葉は、残酷であった。


「必要無いって、どういう…」

「これが俺の机にあった」

「「「…っ!」」」


冷めた目をした藤二郎が見せたのは、綺麗な字で書かれた……辞表。


「刹那は、自分の意思で消えたんだ。探す必要は無い」


冷めた目でそう言う藤二郎。

それに対し、千紗たちは少し焦り出す。


「そんなっ、あの子が…刹那が、訳も話さず消えるわけがありません!」

「そ、そうですよ!坊ちゃん!坊ちゃんだって知ってるでしょう?!刹那が突然消えるのなんてしないことを!」

「それが…………それがどうした!!前までの印象がどうであれ、今、確実に!刹那はここにいないだろう!」

「「っ…」」


藤二郎が声を荒げ、千紗と都華咲が怯む。

優弥はその光景を黙って見ていると、


「藤二郎様、落ち着いてください」


と、千紗たちを背に庇った。


「……すまない」


藤二郎は優弥を少し睨むと、ため息をつき、近くの椅子に腰をかける。そしてもう一度深く息を吐く。

酷く疲れているようだった。


「いえ、こちらこそ申し訳ありません。使用人としては、失格です。二人にはよく言って聞かせます」

「あぁ…」


優弥の言葉に、藤二郎は俯いたまま返事をする。

少しして、優弥、千紗、都華咲の3人は静かに部屋の外へ出る。


そして、優弥は廊下で立ち止まり、振り向いて言う。


「いいか。俺たちはな、どれだけ長い時間を共に過ごそうと、どれだけ仲が良かろうと、使用人と主人なんだ。そのことを少しでも頭の中に留めておいてくれ」

「「はい…」」


優弥は優しい声でそう言い、頷いた二人の頭を撫でる。

何だかんだ、彼にとっては可愛い同僚であり、後輩なのだ。

しかし、優弥は少し厳しめの顔に戻り


「刹那のことは確かに心配だ。しかし、辞表を出されちまったからには、一使用人の俺たちじゃあどうしようもできない。…悔しいが、諦める他ないんだよ…」


と、二人に言った。


「優弥さん…」

「…っ…」



特別だった。誰よりも。

癒しだった。何よりも。

大切だった、本当に。


それがどうだろう。

何も助けてあげられなかった。

手の内に留めておくことすらもできなかった。


何が大切だ。何が特別だ。



都華咲と千紗は、そんなことを考える。

それを知ってか知らずか


「おい。険しい顔になってんぞ」

「「あだっ!?」」


優弥が二人にデコピンをする。


「早乙女の使用人がそんな顔をしていいものか。誇れ、早乙女に仕えられることを。責任を持て。俺たちは使用人とはいえ、早乙女の看板を背負ってもいるのだからな」

「……」

「優弥さん…」


優弥は最後にニカッと笑い、


「なぁに。心配はいらない、何とかなるさ。いいや、何とかしてみせる。な?」


二人の目を覗き込む。


「っ、はい!」


と都華咲。


「もちろんです!」


と千紗。


「よろしい」


それだけ言うと、優弥は仕事へ戻るためか、階段を降りて行く。

優弥の背が見えなくなると、千紗と都華咲は、ふぅ、と息をつく。


「本当に…」

「千紗さん?」

「本当に、行ってしまったのね」

「…」


千紗の言葉に、都華咲は黙る。

ごめんなさい、と千紗は微笑みながら謝り


「ただ、あまりにも現実味がない、っていうか…」


と言いながら、夕日が反射する窓辺へと向かう。

灰銀の髪もキラキラと反射し、夕暮れの橙色に少し染まる。それはまるで、日の光に反射した雪のようで、都華咲は見惚れる。

少しして、


「…でも、本当なんですよ。どんな形であれ、刹那が辞表を出した。そうしたらもう、早乙女の使用人ではなくなる。俺たちの管轄外?って言うんですかね」


と、元気を装いながら言う。


「………!…えぇ、そう、そうね。私たち早乙女の管轄ではなくなるわ。…でも」

「?」




「でも、私たちよりも古く、深い縁で結ばれている人たちもいるわ」




千紗がいたずらっ子のように微笑んだ。

都華咲は、頭上に疑問符を浮かべるだけであった。


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悪ノリメイドとお坊ちゃん ひかげ @0208hina

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