現代百物語 第25話 予言
河野章
第1話 現代百物語 第25話 予言
「なあ」
「嫌です」
「……まだ何も言っていないだろう」
「だって、また取材でしょう?」
「と、思うだろう」
藤崎柊輔がふふんと紙を2枚、谷本新也(アラヤ)に差し出した。
「出版社主催の日帰り旅行だ。ご友人とどうぞ、だと」
藤崎は新進気鋭の作家だった。恋愛小説が得意だが、最近ではホラー小説家としても名が売れて生きていた。
「一緒にいく恋人も今はいない。男2人ってのは……と考えはしたんだが。慰労旅行にどうだ?」
隣県への日帰り旅行のチケットだった。
いちご農家でいちご狩りをし、ご当地B級グルメに地酒を飲む。午後は野生の猿の餌付けを見て帰ってくる……というごくありきたりなプランだ。
「良いんですか?」
参加者には地酒1本プレゼントというお土産が嬉しい。
取材でないなら新也には是非もない。
「おう、お前が良いなら」
藤崎が笑う。
それで、日帰り旅行が決まった。
旅行の日は残念ながら薄雲だった。
春先にしては少し寒かったが、午前のいちご狩りはビニールハウスの中、昼食は室内とあってそう寒くもなかった。午後になると日差しも届くようになり、2人はそれなりに旅行を楽しんでいた。
野猿の生息地という山に着いたのは昼時をいくらか過ぎていた時間だった。
1時半から餌付け……とある。
周囲は砂地として整地され、奥には岩山に、さらに奥には大きな樹木が生い茂っていた。
猿たちはまだいない。
時間になると自然と集まってきて、後は係の人間が大声で呼べば奥の山々から集まってくるらしい。
新也と藤崎は他の旅行客と一緒に、会場の端っこの方にいた。
時間になり、猿たちが三々五々集まってきた。
その中にひときわ大きな日本猿がいた。
群れを掻き分けるようにして、山から下りてきてゆっくり砂地を歩く。
そして、ゆさっと巨体を揺らし新也たちの方へ寄ってきた。
2人のそばには岩山から大枝が張り出し、枝を新也のすぐ近くまで伸ばしていた。
そこへ、猿は飛び乗った。
赤い顔、それを覆う白い毛、茶色の体。
新也はとっさに目を逸らそうとした。猿と目を合わせてはいけないというからだ。
声が聞こえた。しわがれた、低く響く声だった。
「お前は苦しんで死ぬ」
はっきりと、目の前の大猿がそう言った。
真っ黒い目が新也をしっかりと捉えていた。
「え……」
新也は何とも返せなかった。
いきなり過ぎて声が出ない。体も金縛りにあったように、目の前の猿の目をただ見つめることしか出来なかった。
猿が牙を剥き出し、笑いのような表情を作る。
顔面蒼白になった新也の横で、ふいに藤崎が言った。
「お前こそ苦しみ抜いて死ぬ」
馬鹿にした、しかし力強い声だった。
はっと新也は我に返った。
猿は今や、ただの猿だった。
黙り込み、後ろ足で首筋を掻くと、餌を呼びかける係員の声に引かれてすっとそちらへ走り出す。何事もなかったかのように、群れの真ん中に陣取ると、餌を食べ始めた。
新也はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。目には思わず涙が浮かんでいた。
それだけ、怖かった。
「大丈夫か」
藤崎が腕を取ってくれる。
「大丈夫、……に先輩がしてくれました」
地を見つめたまま新也は返した。
「何?」
「多分、あの猿に呪詛……呪いをかけられたんだと思います。それを、先輩が即座に返してくれた……本当にありがとうございます」
大丈夫ですか、とツアーのコンダクターが座り込んでいる新也に気づき走ってきていた。
大丈夫です、と返してから新也はもう一度藤崎にありがとうございますと言った。
「何、いつものことだ。気にするな」
藤崎はそう言ってニッと笑った。
【end】
現代百物語 第25話 予言 河野章 @konoakira
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます