【13-39】火計 1

【第13章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429616993855

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

【絵地図】ドリス城塞都市

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330652163432607

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 レイス一行は、ソルを宿に残したまま、早朝のうちにカイサの町を後にした。


 出発に際して、トラフは宿の主人に事情を話し謝礼を包むことで、少女の世話係として女性スタッフを1名を確保していった。


 一行は、これまでと同様、トラフを先頭に休息をほぼ取らぬまま駆け続けた。馬足のペースを乱さず、一日中並足なみあしを維持して。


 おかげで、カイサを出立した11月29日の夕刻には、ドリス城塞を望むところまで到達したのである。



 馬たちは非難のいななきを漏らす気力すらなくなったようで、とぼとぼと歩みを進めている。馬上のレイスとレクレナは船を漕ぎ、何度も後ろにひっくり返りそうになっていた。


 それらの様子を見て、わずかに苦笑したトラフは、再び前方を向く。


 その時である。




 彼女のほほを一筋の風が吹き抜けていった。



 方角は――西。



「中佐……」

 トラフは、灰色の瞳を歪ませて、再び後方に見入ってしまう。


 上官も紅髪を撫でる西風の存在に気がついたようで、ゆっくりとうなずいている。


「……婆さんの予報が的中したな」

 自分たちがドリスに到着した途端に吹き始めるとは――と、レイスは自嘲気味に言い放つ。だが、自信と愛嬌をないまぜた笑みも歪んでいた。


【13-34】老人と気象 下

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***



「閣下、ご覧ください」


「これは凄いな!」


 ドリス城塞の食糧庫では、帝国軍第7旅団長・コナン=モアナ准将が歓声を上げていた。


 酒瓶や酒樽が山のように眠っていたのを、主計兵たちが発見したのだ。彼らは、自分のもののように准将に紹介していく。それらには、アクアビットほか年代物の蒸留酒を示すラベルが、これでもかと貼られていた。


 この禿頭准将は、酒に目がない。ただちに旅団指揮所ほか、麾下の各連隊・大隊本部にも分配するよう命じる。


 友軍である第4、第5旅団の到着も近いと聞く。本国から届いたワイン樽も控えているが、それはそれ、これはこれ、である。後続の各隊が入城する前に、できるだけ良い酒をいただいてしまおう。先着隊の特典だ。


 思い起こせば、ワイン1杯しか提供されぬまでに、一時期の帝国軍は追い込まれていた。ブレギア騎翔隊による輸送妨害――そのつらく苦しい頃を振り返るに、モアナは隔世の感すら禁じ得ない。


【7-1】欠乏 上

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 敵は逃げるのに精一杯だと聞く。


 ここへ入城してからというもの、総司令部からの指示に従い警戒態勢を敷いてきた。だが、ヴァナヘイム軍が襲撃してくるような気配は、微塵も感じられない。


 ――まったくもって肩透かしじゃないか。

 馬鹿らしいので、モアナは一昨日から警戒を解いていた。今夜は各隊に飲酒も許可する予定だ。


 おまけに、今日は寒い。夕方から吹き始めた西風が、いまも冷たい音を立てている。このような時こそ、将兵には酒でも飲んで体を温めてほしいと、准将は切に願う。



 ドリス城塞の執務室に戻ったモアナに、副官の1人が告げる。

本廓ほんぐるわ正門に、先任参謀・レイス中佐以下、総司令部からの使いと申す者たちが到着しておりますが」


 モアナは露骨に嫌な顔をした。


 査問会でやり込められて以来、彼はどうにもあの紅髪の若造が苦手であった。


【3-3】査問 ③

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 会わずに追い返したいのはやまやまだが、彼は総司令官・ズフタフ=アトロン大将からの書状を携えているという。



 モアナは禿げ頭をややかしげ、思案する。


 ブリクリウ派からアトロン派への鞍替えも視野に入れつつある彼にとって、総司令官の書状を無視することはできない。


【13-25】悪夢

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 だが、その書状とやらの起案元は、あの生意気な紅髪の若造なのだ。そこには、必ず無理難題が記されていることだろう。


 この後、酒宴が控えている。興を削がれてはかなわない。



 モアナは腹をくくる。「先送り」という名の決断であった。


「城下の宿にでも留めておけ。明日の昼過ぎに会ってやる」

 書状に目を通していなければ、無理難題に従う義務も後回しにできよう。何よりも優先すべきは酒盛りだ。


 ついでに、を強調した。今夜はとことん飲み、翌朝は遅寝を決め込むつもりだからだ。


 それから、副官への注文をもう1つ付け足した。

「騒がれては面倒だ。ヤツらを宿から出すなよ」






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ついに西風が吹いてしまいました……この先が心配な方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「火計 2」お楽しみに。


「約束の無い者は取り次げない」

火急の知らせだと、いくらトラフが説いても、彼等は感情に乏しい声で事務的に伝えてくるばかりだった。モアナ准将との面会はまかりならん、と。


「風が吹きはじめたのですぅ、このままでは危ないじゃないですかぁ!」

モアナの子分たちは、蜂蜜頭の小娘がなにを言っているのか、理解できないという体で顔を見合わせる。

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