【13-38】重ね合わせ

【第13章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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「かなり熱いわね……」

 トラフはベッドの脇に腰掛けながら、少女の小さな額から手を離した。


 昨夕、ソルは発熱し倒れたのであった。翌未明に至っていよいよ高熱となり、起き上がれないでいる。


「ソルちゃん、ごめんなさいぃ……」

 神妙な面持ちで入室したレクレナの手には、冷水の張られたたらいがあった。なかにはタオルが浸されている。


 蜂蜜頭の少尉は、自身の(再会を果たした感激によるところが大きいらしい)のせいで、少女が体調を崩したと思い込んでいる。


 その診立ては間違っているとトラフは思う。昨日レクレナに遭遇する前から、ソルの様子はおかしかった。どんくさい女少尉にあっさりと後ろを取られるなど、俊敏な少女にとってあり得ないことだからだ。


 おそらく、参謀見習いとしての職責に忠実であり過ぎたからだろう。要は、初任務に気張り過ぎ、体調を崩したのだ。レクレナのスキンシップは、に過ぎない。



 トラフは懐中時計のふたを開ける。時刻は朝4時半に至ろうとしていた。


 西風の吹き始め――敵による火計の発動は近い。彼女たちは、一刻も早くドリスに乗り込むべく、夜半には宿を出立する予定であった。


 問題は、一度眠りについたら、なかなか目を覚まさない上官だった。いかにして、時間をかけずに彼を叩き起こすべきか――さすがに民間の宿での発砲は塩梅あんばいが悪いだろうか――それを一番の仮想難題としてきた。


 それだけに、少女の体調不良により足止めを強いられたのは、トラフにとって想定外だったと言える。


「先を……お急ぎ……さい……」

 茹蛸ゆでだこのようになったソルは、このまま自分を捨て置き、ドリスに急ぐよう、息も絶え絶えに訴えた。己が足手まといになっていることを痛感しているようだ。


 しかし、帝国軍の統治下とはいえ、カイサのこの宿に1人置き去りにするわけにもいくまい。健康そのものならいざ知らず、身動きもままならないとあっては、同性の手助けは不可欠だろう。


 ところが、一行のなかでの女性となると、自身を除けばレクレナしかいなかった。この女少尉に病人を委ねていくことについて、トラフはどうしても不安を禁じ得ない。


「ソルちゃんの看病はぁ、この私におまかせくださいッ」

 レクレナは、上官の不安と逡巡を知ってか知らずか、起伏の少ない胸を張る。しぼり具合の甘いタオルを手にして。


 だが、ビシャビシャの布切れを顔面に置かれたソルは、鼻や口に冷水が入ったのだろう、激しくむせ込んでいる。


 そのような様子を見てしまうと、馬にくくり付けてでも少女を連れて行った方が良いのではないかとも、トラフは頬に手を当てて思い悩んでしまうのだ。


「ひとつだけ……」

 悩める女中尉に、ソルが消え入りそうな声で呼びかけてきた。


 なにか、重要なことを告げようとしている――聴き漏らさぬよう、少女の口元近くにトラフは耳を近づけた。


 その小さな口が訴えていたのは、彼女が完成させた絵地図――そこに描かれているについてだった――。


 伝え終えると、ソルはうっすらと笑った。

「副長……先任参謀を……お願……しま……」


 蒼みがかった黒髪にビリリと緊張が走るのを、自覚する。



『キイルタ、あにさまをお願いね――』



「――ッ」

 紅髪の上官の妹君――かつての言葉と重なり合い、思わずトラフは立ちすくんだ。


【9-41】 もう1つの決意 《第9章 終》

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817139557239437024





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


茹蛸ソル🐙が心配な方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ソルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「火計 1」お楽しみに。


馬上のレイスとレクレナは船を漕ぎ、何度も後ろにひっくり返りそうになっていた。


それらの様子を見て、わずかに苦笑したトラフは、再び前方を向く。


その時である。


彼女のほほを一筋の風が吹き抜けていった。


「……婆さんの予報が的中したな」

レイスは自嘲気味に言い放つ。だが、自信と愛嬌をないまぜた笑みも歪んでいた。

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