【7-1】欠乏 上

【第7章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428974366003

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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「なんだ、これ1杯だけか」


「申し訳ございません。輜重しちょう課からの配給量が、かなり減らされておりまして……」


 帝国士官は、夕食にアルコールを希望することができる。しかし、今夜、右翼・第1師団司令部にて従卒が用意できたのは、将官1人につきグラス1杯の葡萄酒だけだった。


「昨日も、エドラ近辺にて輸送部隊が襲われたらしいです」


「先日はドリスじゃなかったか」


 師団長・ゲイル=ミレド少将は、幕僚たちとの食後の短いやり取りを終えると、空になったグラスを名残惜しそうに見つめた。歪んだ口元からは、前歯がのぞいている。



 帝国暦383年7月上旬、帝国東征軍はヴァナヘイム軍をその首都手前・数十キロのケルムト渓谷にまで追い込んで久しい。


 しかし、同時に東征軍は、帝国東海岸領の副都・ダンダアクから、1,200キロも離れようとしていた。


 ただでさえ帝国軍の補給線は伸びきっていたわけだが、昨今の容赦なく降りそそぐ陽光も加わり、輸送効率は一向に上がらなかった。


 酷暑のなか遠路歩き続けることで、荷駄馬が倒れるケースが続出していたのである。



 このように、弱り切っている帝国の補給線であったが、「泣きっ面に蜂」ともいえる事態が生じていた。


 補給線の各所をヴァナヘイム軍が襲いかかっているのだという。


 ヴァ軍は、巻貝のように自陣に閉じこもっているはずだったが、後方で帝国軍輸送部隊が損害を被るケースが頻発していた。


 つまり、ヴァ軍は、渓谷のどこからか密かに遊撃隊を出入りさせているのだろう。



 先ほどから、伝聞推定の語尾が続いているのには、理由がある。すなわち、襲撃部隊の全貌ぜんぼうをとらえた者が、帝国軍にいないのだ。


 酷暑のせいもあり、帝国東征軍の輜重隊は、夜間輸送も余儀なくされていた。


 重たい食糧を運搬しようにも、大熱に巻かれ、人馬ともすぐに憔悴困憊しょうすいこんぱいしてしまうのだ。


 だが、それ以上に深刻な事情があった。


 昨今、火薬の改善が進み、燃焼力が大幅に向上している。その分、衝撃等に過敏になっており、ちょっとしたはずみで、弾薬が暴発する事故が多発していたのだった。


 40度を超す熱波のなか、兵糧はともかく、そのような弾薬を運ぶことは、自殺行為であったと言える。


 輜重隊はやむなく、気温の落ち着く日没後に動き出したが、それをヴァナヘイム軍が狙い出したらしい。暑いのは敵も同じなのだろう。


 いずれにせよ、暗闇のなかの急襲である。帝国輸送部隊やその護衛の生き残りの証言を集めても、襲来したヴァ軍の全容は、つかみ切れていない。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


晩酌にワイングラス1杯じゃとても物足りない方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします🍷

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「欠乏 中」お楽しみに。


セラ=レイスの小さな部隊でも、食糧不足は人ごとではなかった。


師団司令部ですらアルコールに事欠く有り様である。

まして、大隊に毛が生えた程度のレイス隊では、葡萄酒の配給などとうになくなり、この日の夕食では、付け合わせの野菜すら、人数分揃わなくなった。

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