【13-4】東都の朝 下

【第13章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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「あの……」

 副官・キイルタ=トラフの手に引かれ、少年従卒の制服制帽を身にまとったソル=ムンディルが、戸口に立っていた。


 グンボリ城塞内、参謀部の部屋は静まり返っている。作戦発動前の準備に追われ、ゴウラ、カムハル、レクレナ等、他の参謀たちは不在であった。


「なんだ、まだいたのか」

 セラ=レイスは、体を起こさずに応じた。この日も軍靴を履いたまま、長椅子に横になっている。


 だが、レイスは眠っておらず、かといって何をしているでもなかった。あおい瞳は、古びた天井を見つめるばかりである。


 トラフは知っていた。彼の視界では、この天井にヴァナヘイム国の地図が広がっていることを。天井全体がチェス盤になっていると言った方が正しいだろうか。


 届いたばかりの新式砲や角材を含め、帝国軍各隊をどう動かしていくべきか、駒組みを練り、手筋てすじを何度もシミュレーションしているに違いない。



「あの、まだ、ここに……」

 くすんだ赤髪を揺らし、ソルは小声で何かを尋ねようとしている。


 少女の代わりに、トラフが口を開いた。

「やはり、何のお考えもなしに、慰安所に入りびたっていたわけではなかったのですね」


【6-11】弛緩 下

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【12-15】転進

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 本来であれば、この少女が東都ダンダアクのに納められるはずだった。80門の大砲と1万本の木材の御代として。


【11-18】無心 下〈第11章〉

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「引退を迫られていた年嵩としかさの女郎がいてな。身寄りもなく、行く当てがないと嘆いていたので、転職先を斡旋あっせんしてやった」

 レイスは、天井に視線を向けたまま、口元だけを動かした。


「……いきなり、帝国宰相嫡男の閨室けいしつとは」

 副官の美しい顔に、感心しきれない色が浮かぶ。


 東都ダンダアクでは、上級大将のへの入室に、ろくな検査も施されないことを、紅毛の上官は調べ上げていた。くだんの女郎もとばかりに、話に飛びついてきたそうだ。


「あのラードは、料理の味など堪能しないだろうからな」

 しばらくは夜伽よとぎに我慢してもらうが、飽きられてしまえばしめたもの。そこから先は三食世話係付きの毎日さ――あくびを噛みころしたため、紅毛の青年の言葉は、最後のところで不鮮明になった。



「あの……まだ、ここに……」


 ソルは、お腹に力を込めて、小さな軍靴を半歩進める。


「私は参謀部ここに居てもいいの……?」



 トラフは優しく表情をくずし、上官の発言を待つ。


 レイスの顔が、天井から少女のもとへ向けられた。あおい視線は、いつになく柔らかい。



「早くゴウラ少尉やカムハル少尉たちを手伝ってこい」

 その声には、もちろんだ、と言わんばかりの響きを帯びていた。



 少女の瞳――アンバーが混じった薄い水色――に、ぱっと光が差した。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


大砲と材木の身代わりにソルが東都に送られていなくて良かった、と思われた方、

ソルの居場所が見つかってホッとされた方、

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「浮薄 上」お楽しみに。

東都ダンダアク→東征軍参謀部を映したカメラは、ヴァナヘイム軍総司令部に移ります。


「アッペルマン将軍からの連絡は」


「それが、昨夜から通信が途絶しておりまして……」


「……」

ミーミルは、ため息ともうめきとも言えぬ声を漏らし、沈思する。

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