【13-5】浮薄 上

【第13章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429616993855

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 帝国暦383年10月下旬、ヴァナヘイム軍は、ヨータやストレンドをはじめとする諸都市を奪還しながら、エドラ城塞まで南進していた。


 戦えば必ず勝利を得るヴァ軍は、帝国軍を後方へ押しやること600キロにも及ぼうとしている。


 当たるべからざる勢いながらも、総司令官・アルベルト=ミーミル大将におごり高ぶる様子は見られない。



 ミュルクヴィズ方面に、帝国軍の一部が進出しつつあり――数日前、その総司令部にもたらされた情報にも、ミーミルは適切に対処していた。


 城塞都市・エドラおよびドリスから等間隔の距離にミュルクヴィズの街はある。同方面を帝国軍にやくされると、ヴァナヘイム軍は両都市の横合いをかれることになる。


「ここに帝国が拠点を構えると、ちと厄介だな」

 ミーミルは、つぶやくと同時に、この周囲にある街や村の状況報告書を手に取った。


 この総司令官の方針により、ヴァ軍は周辺諸都市の情報を押さえながら進軍している。


 ミュルクヴィズ近辺では、両軍の交戦がそこかしこで生じる恐れがあることから、住民たちはそのほとんどが遠方へ避難しているという。


 そこでミーミルは、エディ=アッペルマン少将の部隊を先行させるや、この街を押さえてしまったのである。



 ところが、アッペルマン隊は、11月1日、ミュルクヴィズ城塞都市に到着、占拠したまでは順調だったが、その後連絡が途絶えてしまった。


「アッペルマン将軍からの連絡は」


「それが、昨夜から通信が途絶しておりまして……」


「……」

 ミーミルは、ため息ともうめきとも言えぬ声を漏らし、沈思する。


 自らの質問に対する参謀長・シャツィ=フルングニル少将の回答は、満足のいかないものだった。



 ヴァ軍の持つ無電機器は、帝国軍のそれよりも旧式であり、通信範囲をはじめ、あらゆる面で性能に劣った。


 何より蓄電池の技術が未熟であり、電流が枯渇する事態は度々であった。ミーミルは無電機器が不具合を起こした場合に備え、先行部隊には予備の機器を持たせている。


 さらに、予備機も不調の場合、伝騎を走らせる決まりとなっていた。


 ミュルクヴィズは、ここエドラから70キロ程度しか離れてはいない。2日もあれば、伝騎は到着するはずであった。



 ミーミルは、あごに右手を当て、いつものように考えに沈んでいたが、すぐに手を離し、参謀長に命じた。

「よし、ミュルクヴィズへ、こちらから斥候せっこう兵を出そう」


「こちらから、ですか……」

 命じられたフルングニルの反応は鈍かった。


「そのようなことをせずとも、間もなく連絡が入るのでは」

「さよう。通信機器が故障しているのでしょう」

 他の参謀たちもそれに続いた。


「……」

 ミーミルは、口をへの字にしたまま鼻から大きく吐息した。



 ヴァナヘイム軍は、各所で勝利を得、帝国軍をはるか南へ押しやるなど、「向かうところ敵なし」という状況が続いている。


 おまけに、誠実で勤勉な副司令官・スカルド=ローズル中将は、城塞都市・ヨータの占拠のため不在であった。


 そのため、明らかに幕僚たちの言動は、緊張感を欠くものになっている。


 帝国が小細工を弄したところで、何を憂慮することがあろうか――。


 これまでどおり鎧袖一触がいしゅういっしょく、一挙にほふればいいだけである――。


 いつの間にか、参謀長・フルングニルたちの心の隙間を、自信以上の浮ついたものが満たしはじめていた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ヴァナヘイム軍が浮ついたものに支配され始めたな、と思われた方、

ミュルクヴィズ城塞に向かったアッペルマン少将の状況が気になる方、


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ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「浮薄 下」お楽しみに。


ミュルクヴィズへの斥候派遣の手配を見届けたアルベルト=ミーミルは、総司令官に割り当てられた部屋に1人入った。途中、彼宛の通信筒を副官から受け取りながら。


送り主は、軍務次官行きつけのバー・スヴァンプの女主人・レリル=ボーデンだった。ミーミルも次官と共にこのお店には足繫く通っていた。

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