【12-10】ケニング峠の戦い 2

【第12章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 ――敵の総司令官やっこさんが、手の届く距離に居る。


 先任参謀・セラ=レイス中佐は、思考の泉に潜行する。


 彼の立てた帝国軍全軍における当座の方針は、「各城塞都市を捨てるとともに、敵との交戦は極力回避する」というものだった。


 それに従うのであれば、このケニング峠でも決戦は避け、キンピカ――第1師団長・リア=ルーカー中将――には、迂回うかい路を探させるべきだろう。


 

 だが、現地の帝国軍第1師団は2万5,000、敵ミーミル麾下はつかみで1万8,000――兵力は、帝国軍の方が勝っている。


 しかも、指揮官はキンピカだ。黒狐――東都のターン=ブリクリウ大将――の子分のなかでは、最も優秀な部類に入るだろう。胸にズラリと下げた宿将の勲章は、伊達じゃない。



 何より、アルベルト=ミーミルが、帝国軍を散々悩ませている敵の総司令官閣下が、のこのこ出て来たわけである。


 ミーミルは、存在そのものが帝国軍の悪夢になりつつある。


 ヴィムル河流域会戦では完勝を阻止され、イエロヴェリル平原では右翼を粉砕され、エレン郊外では暗夜の同士討ちに誘導された。


【2-14】芋虫

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【8-26】陰日向 下 第8章 終

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【11-7】夜襲 ④ 終結

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 戦場だけに限った話ではない。


 囚人や失業者の兵員転化は、乾季の慈雨のごとくヴァナヘイム軍各隊を潤わせた。


 骨肉の争いを繰り広げてきた草原の国・ブレギアを味方に引き込み、帝国の補給を各地で寸断している。おかげで俺たちは日々の食事にも事欠く有り様だ。



 快進撃を続けて来た帝国軍が、たった1人の存在によって、ここまでつまずくことになろうとは――これを「悪夢」と表現しても差し支えはあるまい。


 逆に言えば――この男さえ討ち取ってしまえば、帝国・ヴァナヘイム戦役は、早期に終結することだろう。



 味方の兵力は敵に勝り、味方の指揮官は優良な部類に入り、諸悪の根源たる敵の司令官が手の届くところに居る。


 おまけに、いまのレイス中佐の上官は、ズフタフ=アトロン大将である――先任参謀の決断は、参謀長兼総司令官が否定することはない。この作戦期間における全軍の指揮命令権をレイスが一任されているも同義であった。



 ここまでの好条件が揃うことなど、この先もそうそうないだろう。


 勝機は十分にある――レイスは戦場の魅惑に負けた。


 間接的とはいえ、アルベルト=ミーミルという男と、サシでできる誘惑にあらがえなかった。



 作戦方針どおり、迂回路を明示させようとした副官・キイルタ=トラフを呼び止めるや、レイスは自身も通信室へと軍靴を進めた。



 無電機器が数台置かれただけで、さして広くもない部屋に、赤髪長身の参謀長が突然入室した。


 通信兵たちが驚いた視線を一斉に向けるも、それらを掻きわけるようにして、蒼みがかった黒髪の副官が前に進む。

「中央・第1師団に向けて発令をしてください」


 総司令部から無電を通じ、ルーカー師団へ命令が飛んだ。



 目の前に展開するヴァナヘイム軍を撃滅し、退路を確保せよ、と。


 レイスは、自ら立てた作戦方針を自ら放棄したわけである。



「それから、こいつもキンピカに伝えてくれ……」

 紅髪の上官の耳打ちを受けて、黒髪美しい副官は驚いた表情を浮かべた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レイスVSミーミルの対局の行方が気になる方、ぜひこちらから、フォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「ケニング峠の戦い 3」お楽しみに。

帝国・ヴァナヘイム両軍において、戦いの火蓋ひぶたが切られます。


ルーカーの意図は、ヴァナヘイム軍の頭を押さえていくものだろう。


いにしえの巻狩りのごとく、射掛けるように――遠巻きに砲弾を送り込み、次第に近づいて長距離射程の銃弾を見舞おうというのである。


――悪くねぇな。

赤駒の配置を眺めながら、レイスは1人頷うなずいた。

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