【2-14】芋虫
【第2章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428630905536
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ヴィムル河沿いにて、新たな戦場が生まれようとしている。
「正面に展開するのは、対岸で我が軍を打ち破った小賢しい相手に違いない」
イース少将は頬の
ヴァナヘイム軍「上流組」と、帝国軍「対岸迎撃隊」との間で激しい銃弾の応酬が始まった。
しかし、後者のイース隊は、この場に急いで駆け付けていた。せっかちな司令官を先頭に、騎兵が先行するといった、バラバラの状態で進軍していたのである。
そして、あろうことか、そのまま戦闘を開始してしまったのであった。
もっともイースにも言い分はあった。
4月26日も14時を回ろうとしていた。じっくりと部隊を編成していては、すぐに夕暮れ・日没を迎えてしまうだろう。ぼやぼやしていては、夜のとばりを幸いにして、ヴァナヘイム軍は逃亡してしまうのである。
敵を討ち漏らすことを危惧した彼は、全軍が整うのを待たずして、攻撃開始を命令したのであった。
水際を叩けなかったのは残念だが、一刻も早く逃げ帰りたいヴァ軍が、組織的な反撃など試みることはあるまい――それが、イースの
前面の敵は、手傷を負った味方を抱えている。それらを守りつつ、徒渉したばかりの弱々しいヴァ軍など、恐るるに足らず――イース隊の幕僚たちも
だが、強引な追撃をかけた時点で、彼らは敵の術中に陥っていたといえる。
両軍の激突した場所は、ヴィムル河に沿った細く狭い地形であった。帝国軍はたとえ全軍の態勢が整っていたとしても、その数を生かすことはできなかっただろう。
結果として、帝国軍は敵の火点へ兵を
「閣下、狙い撃ちにされます。御馬からお降りください」
イースの鼻先をヒステリックな音を立てて銃弾が飛び去っていった。
幕僚の進言に従い、彼は慌てて馬を乗り捨てた。さらに、悪目立ちする赤いマントも急ぎ脱ごうとするが、手が震えて思うようにいかない。
それにしても、ヴァナヘイム軍の展開の見事さには、イースとその幕僚たちも脱帽するほかなかった。当初の目論見がまるで見当違いであったことを、銃火を交わして彼らは思い知らされている。
相手は、簡易な野戦陣地まで築いていた。まさか、敵の指揮官は、ヴィムル河を渡った直後、この場で戦闘が開始されるのを予想していたとでも言うのか。
「ええい、撃ち負けておるではないか……そうだ、機関砲はどうした。あれで押し返せッ」
「し、司令官閣下、現在、機関砲は我が軍の手もとにございません」
イースのまるい拳が再び空を切った。
「なんだとぉ……」
そうであった。この作戦が始まる前に、参謀部の連中に野砲だけでなく機関砲まで徴発されていたのだ。
――こんなことなら、もっと
地面に伏せながらイースがケチなことを頭に浮かべている間に、彼の麾下の攻撃は急速に弱まっていた。
敵はその呼吸に合わせるように、自ら築いた野戦陣地を乗り越え、前進を開始する。
ヴァナヘイム兵の無数の軍靴が生み出す地響きを知覚するや、イースは
生きた心地がしなかった。
マントに覆われた丸い背中が、味方兵を押しのけながら地を這っていく。セラ=レイスが見たら、「赤い芋虫」とでも形容したことだろう。
しかし、その後退も数メートルで停止した。
押し分けていた土に腹がめり込んだためと、彼自身の少ない体力が、限界に達したためであった。
腹這のまま、イースは前方を振り返った。
敵の旗印――
彼は泥まみれのまるい尻を敵に向けていた。そして、口から涎を、股間から小便を垂らしながら、断末魔の叫びを上げようとした時だった――。
地を震わすようにして迫ってきたヴァナヘイム軍が、突如停止したのである。
そして、それ以上は前進せず、潮が引くように整然と後退しはじめていく。
「閣下!」
「閣下!お怪我は!?」
汗と涙と鼻水と涎と小便……全身体液まみれになった指揮官は、幕僚たちからの問いにも応じず、敵に尻を向けたまま奥歯をカチカチと鳴らしていた。
「閣下、追撃をなさいますか」
いつの間にか、後方から多くの味方が到着したらしい。前方の敵は、既に姿が見えなくなりつつある。
「つ、追撃だと……」
――あんな恐ろしい相手と、これ以上やり合えるか。
イースは、なんとか体を起こしたものの、腰が抜けて、立ち上がることができない。何よりも全身からただよう臭気がひどかった。
「着替えをもてッ」
幕僚たちは、司令官の見苦しい姿をさらすまいと、悪臭に耐えイースをとり囲んだ。
そして、ヴィムル河の水でひたした冷たいタオルで体を拭い、軍服を改めることで、ようやくイースは人心地ついたのだった。
しかし、彼の脳裏には、敵の戦旗に描かれた狼の紋章が、いつまでも消えなかった。
「……我らはこれより、下流の敵を迎え撃つ」
指揮官の力ない命令を合図に、イース隊は、川下に向けて静かに軍を返していった。
***
ミーミル隊が救援にかけつけられなかったヴァナヘイム軍「下流組」は悲惨であった。
下流組の指揮官、ディック=フューリス准将は、数時間にわたって河畔で待ち続けたが、ヘルゲ=ウプサラ准将の部隊は現れなかった。
僚友の合流を諦めきれないように、フューリス率いる下流組は、ヴィムル河を左手にゆっくりと南下して行った。
その先、天然の袋小路に迷い込み、帝国軍の銃弾によって
だが、彼らには、血路を切り開いてくれる味方は姿を見せなかった。
銃弾入り乱れるなか、かろうじて生き延びたヴァナヘイム兵は、広場の入口に引き返そうとしたが、前方の様子を知らない味方兵は、次々とここに向けて進んでくる。
ヴァ兵同士で押し合い、へし合うところへ、周囲から帝国軍の銃弾が輪をかけて襲いかかった。
それでも、下流組のうち、生への執着が強い者は存在した。味方兵の死体を盾にして銃弾の包囲を逃れると、ヴィムル河まで這い出したのである。
広場の帝国軍から逃れるため、彼らは勢いそのままに、河の流れに身を躍らせた。
しかし、それらのほとんどは、あまりにも冷たい水流に体の自由を奪われた。そして、水面下に没すると、2度と姿を現さなくなった。
その少数も、待ちうけていた帝国軍――上流から反転したイース暫定師団――に、次々と殺傷され、再び河のなかへ蹴落とされていった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
戦旗「咆哮する狼」が赤い芋虫……イース少将のトラウマになりそうだなと思われた方、
ミーミルがもう1人(下流にも)居れば……と思われた方、
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👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758
レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「【イメージ図④⑤⑥】ヴィムル河流域会戦」を掲出します。
ヴィムル河流域会戦の図面つきまして、こちらの3枚が最後です。
これまでのものと合わせて計6枚、会戦全容の把握の一助となれば幸甚です。
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